悪女・対・眼鏡ボス女

文字数 865文字

「……」

「……」
……何を話しているのか、さっぱり聞こえない。

 つい、背を屈めて引き戸に歩み寄ってしまった僕は、窓の下にしゃがみこんだ。

何話してんだろ。
戻れ。
 静かな囁き声には、妙な凄みがある。僕は後ろ髪を引かれる思いで、すごすごと元の椅子に戻らないわけにはいかなくなった。
大丈夫かな……。
力関係はほぼ拮抗してるらしい。
 伝聞報告だけが再び、簡潔な言葉だけで述べられた。

力って……。

奏野が睨みを利かせてるんだ。新島も証拠隠しが精一杯だろう。
 僕たちのやっていることまで詮索している余裕はないということか。

 安心した僕の口からは、ぼやきが漏れ出た。

あんなことしなけりゃもっとモテるのに。

 まともな神経を持った男なら、いくら可愛くても相手にしないタイプだ。

 多賀は多賀で、僕が疑問を抱いた点を、別の角度から分析してみせる。 

スケープゴートさ、自分がやられないための。
 やられる、という言葉にちょっと卑猥な妄想をしかかったが、もちろんそれは、「多少ひどい目に遭っても自業自得だ」というくらいの意味だ。
新島が? 誰に? 何で?

 奏野でさえどうにもならない相手を痛めつけられる女子がいるんなら、味方に引っ張り込みたいくらいだ。

 だが、多賀は具体的な答えを返さなかった。

ぱっと見がいいから、同じ女子に。

 やっぱり、女子の人間関係って怖い。

 そこで思い出したのは、井原のことだ。

 化学の実験のとき、目の前で見せるあの笑顔……。

……遠田君?
 ……新島なんかの同類だとは思いたくなかった。

 ちょっとムキになって打ち消す。

井原は関係ないだろ、そういうの。
知らんのか、競争率高いぞ。

 ズキン、と胸にきた。

 知らなかった……ライバルがそんなに多いとは。

 真っ先に思い出したのは風間のことだったが、すぐに競り合うリストから除外する。ランキング外だ。

 むしろ問題は、敵の多さを知っている多賀だった。

 自覚があるんだろうか、男として。

……お前は?
そういうの興味なし。

 パソコン画面から目を離さずに即答する。

 本当だと信じたかった。

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登場人物紹介

遠田勝昭(とおだ かつあき)


自他ともに認める高校2年の優等生。内気でシニカルな割に、感情に任せて突拍子もない行動を取ることがある。ちょっとムッツリスケベ。

奏野弓(そうのゆみ)


 一見クールだが、脳に回る栄養までプロポーションに吸い取られた感のある高2女子。ワープロ操作が異様に早い情報処理部部長。正義感は強いが責任は取らないクラスの裏ボス。

多賀久平(たが きゅうへい)


 思考もスタイルもスマートな高校2年男子。合理主義者で必要なことしか言わないし、やらないが、仕事は早い。女性への観察も鋭いが、そっち方面はストイック。

井原佐紀(いはら さき)


 小柄で、実験中でも時々いるのかいないのか分からなくなるくらい物静かな高校2年の女の子。几帳面な化学部部長。頭は切れるがそれを表には出さず、困っている人を人知れずフォローするのに生かす、心優しく奥ゆかしい少女。

風間邦衛(かざま くにえ)


 人はいいが動作もカンも鈍い巨漢。高校2年生。訥弁でコミュニケーション能力に乏しく、付き合うには忍耐を必要とする。

新島真由(にいしま まゆ)


スタイル抜群で顔も可愛い高校2年生女子。性格のねじ曲がった女子グループのボス。自分以上に可愛く、男子にモテる女子をいびるためなら、肉体的・精神的にどれほどの労力も厭わないサディスト。

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