第50話:東北への石油輸送作戦7

文字数 1,432文字

 狭い車内に運転士2人のほか、線路整備、機関車接続技師など5人が搭乗し、郡山方面にひた走る。2時間もあれば停止場所に到着するはずだ。「頼んだぞ」JR東日本会津若松駅長・当時の渡辺光浩さんは、DE10に手を合わせたい心境だった。停止場所近くの橋から見守るJOT渡辺さん。会津若松方面のレールを眺め応援が来るとしたらこちら側からだろう。独り言をつぶやく。「あ、なんかきたぞ」現場にいた誰かが叫んだ。「こんなに早く、嘘だろ」、渡辺さんは眼鏡についた雪を払いながら、遠くを見た。

 停車してからまだ2時間ほどしかたっていない。DE10は石油列車の最後尾に近付き停車。警笛が2回鳴った。乗車していた職員らが線路に降り、状況を確認、再び警笛が2回鳴り、DE10がさらに接近し、石油列車の後尾に接続された。DD51の運転席と通信しながら、DE10が動き出しのタイミングを合わせていく。立ち往生していたDD51運転士の遠藤文重さんが無線で叫ぶ。お願いします、DE10が押す力がタンク貨車から機関車側へ伝わっていく。遠藤さんは再びノッチを入れ、ゆっくりブレーキを解除していく。

 一瞬甲高い金属音が響いたあと静かに、しかし力強く石油列車が動き始めた。「よし、動いたぞ」遠藤さんが声を上げた。「おお、すごい」現場にいたJOTの渡辺さんらも思わず叫んだ。予想より早く到着した。救援機関車。近くで待機していたんだと思うと、胸が熱くなった。再始動した石油列車は何ごともなかったようにカーブの向こうへ消えていった。午前10時前、石油列車が郡山貨物ターミナル駅に入線した。遠藤さんは時計に目をやった。約3時間の遅れだった。やり遂げたという思いとともに停車の悔しさも込み上げてきた。

 駅にはテレビや新聞など報道陣が集結している。カメラのレンズが運転席を狙い盛んにフラッシュがたかれJR貨物郡山総合鉄道部の幹部が運転席に声をかける。
「ご苦労さんだったね。無事に運べて良かった良かった」
「ところでマスコミが運転士のインタビューしたいっていうんだけど、どうする」
「遠藤さんは、ごめん、なんか遅れちゃったし、そんな気分じゃないんだよね」
「すんません!運転席にこもったまま、遠藤さんは目を閉じた」
「停車までの手順に誤りはなかったかノッチやブレーキの操作、速度を思い返した」
 それでも石油輸送は明日以降も続く。

 次こそは時間通りに石油を運ぶ。そう誓った。3月27日早朝、会津若松駅長の渡辺さんは、磐越西線の翁島駅付近を歩いた。昨日朝、石油列車の初便が走行不能となった場所はすぐに分かった。苦闘を物語るように、レールには車輪の空転による幾筋もの傷がついていた。渡辺さんは氷のように冷えたレールを指でなぞりながら、郡山方面に視線を向けた。被災地の復旧はまだ始まったばかりだ。「はやく通常ダイヤに戻さないとな」磐越西線ルートでの石油輸送は順調に行われ、4月1日以降は1日2便に増便された。

 しばらくは会津若松から猪苗代駅までの登りのみディーゼル機関車DE10を補機として連結し、空転に備えた。石油輸送に選ばれた運転士の一人、JR貨物郡山総合鉄道部の渡辺勝義さんは3月30日から乗車した。雨が降る中、磐梯町からDE10の後押しをいったん止めてみたところ、やはり車輪が空転し走行困難に陥った。間もなく郡山に到着する地点で渡辺さんは線路脇で揺れるものを見た。列車に向け、大きく、ありがとうと書いた段ボールを女性が掲げていた。
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