少女

文字数 2,549文字

 山と畑と田んぼしかないど田舎じゃ、遊びに行く場所だってなくて、ウチの親はアタシを十八で産む事になった。
 親になるためには、親になれるだけの資質が必要だ。それなのにアタシの両親は、ほんの一欠片だってその資質を持って生まれなかったらしい。
 自分の頭の足りなさは差し置いて、両親は小さいアタシが何かしくじるたびに「出来損ない!」と罵って打った。
 親としての資質がない人間は子供を産むことを禁止する法律でも作ればいい。いくら少子化が問題だって言ったって、そんなバカが子供を産んでいいわけがない。
 政府がまともにバカ親を管理できないお陰で、アタシの両親はアタシよりももっと優秀な子供を欲したのだ。
 アタシが六歳のころ、アタシにそっくりな女の子を作った。
 両親はアタシを殴ることはあっても、アタシにそっくりな女の子を殴ることはなかった。なぜならあの子はアタシより、実際に賢かったからだ。アタシのように、何かをしくじることもなかったし、アタシの様に、敵意を剥き出しにすることもなかった。
 アタシが中学生になるころ、両親はアタシのことには無関心になった。アタシにそっくりな女の子の小学校受験に必死だったからだ。自分達のバカを他人で埋めようなんて、出来るわけもないのに。バカだからきっとそんなことも理解出来なかったんだろう。
 バカの子供が賢いわけもなく、アタシにそっくりな女の子は、もちろん受験に失敗した。
 その頃のアタシといえば、両親の無関心を良い事に、友達の家に入り浸る生活をしていた。
 友達って言ったって、本当の友達なんかじゃない。話すことって言ったら、どこのクラスのどの男子がカッコいいだとか、テレビのアイドルのことばっかりだし、地元じゃ一番大きなショッピングモールのダサい洋服売り場で買った、ダサい洋服を褒め合うような人間ばかりだった。一緒に居たのは、仲間はずれにならなきゃイジメられることもないからだ。話を合わせてあげてれば、ダサい格好をほめてあげてれば、バカは機嫌がよかった。
 あれは、夏休み、近所の市民プールに出かけた日のことだ。盛りのついた猿みたいな男の子たちに色目を使う友達に飽き飽きしていたアタシは、一人、パラソルの下で本を読んでいた。
「ナボコフだね」
 ページをめくろうとしたその時、優しくて柔らかい声が降ってきた。
 猿はアタシがどんな本を読んでいるのかになんて興味を持たない。驚いて見上げると、そこには地元の盛場のような市民プールが似合わない、知的な笑顔がアタシを見下ろしていた。それがジュンジさんとの出会いだ。
 ジュンジさんは東京の芸術大学で絵を勉強している大学生、アタシは十四歳で、ロリータと同じ歳だった。
 普段は東京のアパートで一人暮らしをしているというジュンジさんは、夏休みの間だけ実家に戻っているのだと言った。
 同級生の男の子達とは違う大人の魅力が、ジュンジさんにはあった。それに、ジュンジさんはアタシが知ってるどんな大人よりも賢かった。
 アタシはすぐにジュンジさんに夢中になった。夏休み明け、学校でどんな目に会うかはもちろんわかっていたけど、バカな友達と一緒にいるより、アタシは一秒でもジュンジさんと一緒にいたかったのだ。
「絵のモデルになってくれない?」
 そうジュンジさんが言った時、アタシはそれがヌードモデルだとわかっていても、アタシはジュンジさんに描かれることを強く望んだ。もちろん、それだけでは済まないかも知れないことも、ちゃんとわかっていた。
 もうすぐ夏休みが終わるという、とても暑い日、アタシはジュンジさんにアタシの全てを捧げた。
 アタシとジュンジさんの関係は、夏休みが終わった後も続いた。アタシはバカ親の財布から時々お金をくすねては、ジュンジさんの暮らす東京へと出かけた。
 夏休みが明けた新学期がどんなに地獄でも、アタシが自殺なんてしなかったのは、ジュンジさんがいたからだ。
 アタシに会う度、ジュンジさんはアタシに優しくしてくれた。このまま世界が終わったって構わないと思ったほど、幸せだった。
 高校生にってアルバイトを始めたアタシは、自分のお金でなんでも出来る様になっていた。
 地元のショッピングモールの、ダサい洋服売り場で買った、ダサい洋服は全部捨てた。代わりにアタシはフリルがたくさん着いた、可愛いドレスを身に纏った。
 ジュンジさんが喜んでくれたからだ。
「可愛いよ」
 そう言ってくれたからだ。
 その反面、高校生になってから、少しずつ、ジュンジさんに会える回数は減っていった。ジュンジさんが就職活動で忙しくなったからだ。本当のことは知らない。だけど純粋でバカなアタシは、ジュンジさんの話を疑うこともしなかった。
 高校三年のクリスマスの日、アタシはどうしてもジュンジさんに会いたくて、彼のアパートに押しかけた。
 そこでアタシが見たのは、ジュンジさんに寄り添う、中学生の頃のアタシだった。垢抜けないダサい洋服を着た、化粧の仕方だって知らない、女の子だ。
 ジュンジさんが愛したのは、アタシなんかじゃなかったのだ。十四歳の、何にも知らない、少女のアタシだったのだ。
 アタシはジュンジさんを奪った少女と同時に、アタシが許せなかった。
 少女らしさを失って、大人になっていくアタシが、ジュンジさんが愛したアタシが消えていくことが許せなかった。
 それを補う為に、アタシは沢山のドレスや小物にお金を注ぎ込み、ロッキンホースバレリーナを履き続けた。
 少女らしさを維持する為なら、アタシはソープランドで体を売ることだって厭わなかった。
 去年、アタシは自分の店を持った。
 体で稼いだお金を全部叩いて、小さなお店を持ったのだ。フリルやリボンが沢山ついたドレスや、ボンボネットやヘッドドレスを、アタシに憧れてやって来る本物の少女に売る為の小さなお店だ。
 それが、アタシの復習だ。
 アタシはアタシからジュンジさんを奪った少女をゆるさない。
 化粧をしなくても、フリルのついたドレスを着なくても、彼女らは十四歳のロリータなのだ。
 アタシはもう二度と戻ることなんて出来ない。
 だから、アタシは、彼女らにお化粧の仕方を教えてあげるし、その愛くるしい少女らしさを覆い隠すドレスを選んであげるのだ。

終わり。
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