唐突に始まる三国志【下】
文字数 3,003文字
「ちょっと休憩でもしましょうか。」
どこから取り出したかも分からないコンロとフライパンでホットケーキを焼きながら先輩が言った。
料理のためか、髪を後ろで1つにまとめ、雰囲気に似合わないピンクのエプロンを着けた先輩は、ちょっと可愛かった。
「ちなみに人間は、一般的に集中力は40分以上続かないとされているの。だから、学校の授業でもない私の歴史語りは40分ごとに休憩を入れるわ。」
「ご丁寧な説明ドーモ。……でも何でホットケーキを?」
「何となくよ。ホラ、出来上がったわ。」
先輩が差し出した皿の上には、四枚ほどの良い焼け具合のホットケーキが盛られていた。
「あと、ただのホットケーキじゃつまらないだろうから、チョコレートソースもあげるわ。ホラ、使いなさい。」
「あっ、ありがとうございます。」
「……せ、せっかくだし、私が何か書いてあげましょうか?」
「えっ……マジですか?」
「ええ。マジよ。……というか凄く食いついてくるわね。」
そりゃ当然でしょう!
これは……アレだろ!アレ!
先輩がホットケーキの上に、『佐々木 佑真くんへ』とか『愛しのご主人様へ』とか書いておきながら、『べっ……別にあなたのことが好きなワケじゃないんだからね!』とかツンツンしながらも言ってくれる感じでしょ。
いやもう……最初は顔かわいいだけのただの歴女だと思ってたけど、こんなサービスまで用意してくれているとは思わなかったぜ!
「じゃ、じゃあ……書かせてもらうわね。」
「はい!お願いしますっ!」
そう言って先輩は顔を赤らめながらこちらに近づき、パンケーキののった皿を挟む形で二人の息がかかるくらいの場所に立ち―――――
「じゃあ後漢のあとの勢力図を書いていくわね。後漢の後、魏、蜀、呉の三国がこのように中華世界に登場したわ。」
さっきの緊張したような雰囲気とは一変し、先輩は淡々とホットケーキの上に三国志の勢力図を書いていった。
……いや知ってたよ!知ってたけども!
俺のドキドキ返してよ。少し期待しちゃったんだからさ!
しかし、そんな俺の気持ちは、この歴女に伝わるわけもなく、先輩は説明を始めた。
「華北全土を占めるかたちで魏があり、その下、江南の左が蜀、右が呉よ。……ところで、蜀と呉は同盟を結ぶ前は、戦争をするほどではなかったけどそこまで仲は良くなかったらしいわ。なのに魏と戦うときに手を結んだ。どうしてか分かる?」
「えっ……どうして、ですか?」
「分からないかしら?魏という大国を滅ぼすには、蜀には海軍力が足りなかった。そして、呉にはそれがあった。海軍国家の呉と同盟を結べば、陸路と海上の両方面から魏を攻撃できる。だから、呉と手を結んだのよ。」
「なるほど……そういうことだったんですか。」
「……しかし、天下三分の世が始まって数年後、劉備は病死、諸葛亮孔明も後の戦いの最中病死してから、蜀は一気に滅亡、魏に取り込まれたわ。」
先輩はそう言うと、蜀の部分を消し、魏の枠の中に入れた。
「そして、天下統一まであと一歩まで迫った魏は、突然終わりを迎えるわ。」
「まさか……それって……」
「ええ。晋……西晋よ。……当時魏の武将であった司馬炎が、一応は禅譲という形で文帝から帝位を譲り受け、武帝として即位し、晋を建国。その後、呉を滅ぼし、中華全土を支配下に置いたわ。」
先輩はホットケーキを切り分けて小皿にもりつけ、新しいホットケーキに『晋』と書いた。
ところでホットケーキのお味は……うん、美味しい!
大体こーゆーやつは不味いのがテンプレなはずなんだが……うーん。これは普通に美味い。
「晋に関しては、都は洛陽、主に有名な政策としては*占田・課田法と*戸調式という二つの制度を覚えておけば問題ないわ。」
「その二つってどういった制度なんですか?」
「占田・課田法は土地制度、戸調式は税制よ。まあ詳しいことは最後の用語解説でも読んどきなさい。」
いちいち話がメタいっつの。
まあこの頃の中国は豪族や貴族が力をつけるのを恐れてたから、土地制度やら整備するのは当然と言えば当然か。
「まあ晋が中華を統一してめでたく中華世界に平和が訪れた……となれば良かったかもしれないけれど、それではこれからの中華世界は始まらないわ。武帝の死後、まだ幼かった恵帝が即位すると、いままで押さえ付けられていた外戚……まあ政治家ね。彼らの政権争いが表面化したわ。」
「それは知ってます。八王の乱でしたっけ?」
「そうよ。しかし、彼らはただのお馬鹿な雑魚キャラでしかないわ。本当に恐ろしいのは、彼らが中華世界に呼び込んでしまった最恐の戦士たち……遊牧騎馬民よ。」
「遊牧騎馬……っていうと*匈奴ですか?」
「ええ。彼らを含めた五つの遊牧騎馬民族……五胡と呼ばれた彼らによって、中華世界は小国が乱立する混乱期……五胡一六国時代へと突入していくわ。」
先輩はそう言うと、パンケーキの上にぐしゃぐしゃとチョコレートソースをかけた。
それは、まるで混沌とした中華世界を暗示しているかのようであった。
「……さて、それじゃあ五胡一六国時代の話だけど―――――」
『最終下校時刻となりました。校舎内にいる生徒は速やかに帰宅してください。』
先輩の言葉を遮るように、最終下校時刻を知らせる放送が流れてきた。
「……こう言うわけだから、続きは明日ね。……さ、帰りましょう。」
「分かりました。……しかし先輩も物好きですね。」
「……少なくとも私自身はそうは思ってないのだけれど。何故かしら?」
「だって俺みたいな会って間もない人にいきなり世界史を教えるなんて、中々できないでしょ?」
それを聞くと、先輩が帰る準備をしていたてをピタリと止めた。
「あなた……それ、冗談で言っているの?」
「まさか……ここで冗談を言うと思いますか?」
「それなら……もしかして、覚えてないの?」
「へ?何をですか?」
「……いや、あなたが覚えていないならそれでいいわ。私はこれで帰るから、戸締まりよろしく。」
そう言うと、先輩は教室から出ていった。
その後ろ姿は、どこか寂しそうであった……
――――――――――――――――――――――
【三国志まとめ】
党錮の禁(二世紀後半)
黄巾の乱(184年)
赤壁の戦い(208年)
【天下三分】
『魏』(220年~265年) 都:洛陽
↑↓(対立関係)
『蜀』(221年~263年) 都:成都
↓↑(協力関係)
『呉』(222年~280年) 都:建業
【晋による統一】
『晋』(265年~316年) 都:洛陽
八王の乱(291年~306年)
【用語解説】
占田・課田法…性別、年齢に応じて土地所有を制限もしくわ給与する決まりを占田法、農民に土地を割り当てて一定数を国に納めさせる決まりを課田法と呼んだ。どちらも豪族勢力を押さえ付けるために作られた。
戸調式…貧富の差にこだわらずに戸(家のこと)毎に絹や綿を税として徴収する制度のこと。
匈奴……(モンゴル系又はトルコ系とされている)遊牧騎馬民族。後48年に南北に分裂した。晋の時のはその内の南匈奴の方。前漢の劉邦とも戦っており、これに勝利している
どこから取り出したかも分からないコンロとフライパンでホットケーキを焼きながら先輩が言った。
料理のためか、髪を後ろで1つにまとめ、雰囲気に似合わないピンクのエプロンを着けた先輩は、ちょっと可愛かった。
「ちなみに人間は、一般的に集中力は40分以上続かないとされているの。だから、学校の授業でもない私の歴史語りは40分ごとに休憩を入れるわ。」
「ご丁寧な説明ドーモ。……でも何でホットケーキを?」
「何となくよ。ホラ、出来上がったわ。」
先輩が差し出した皿の上には、四枚ほどの良い焼け具合のホットケーキが盛られていた。
「あと、ただのホットケーキじゃつまらないだろうから、チョコレートソースもあげるわ。ホラ、使いなさい。」
「あっ、ありがとうございます。」
「……せ、せっかくだし、私が何か書いてあげましょうか?」
「えっ……マジですか?」
「ええ。マジよ。……というか凄く食いついてくるわね。」
そりゃ当然でしょう!
これは……アレだろ!アレ!
先輩がホットケーキの上に、『佐々木 佑真くんへ』とか『愛しのご主人様へ』とか書いておきながら、『べっ……別にあなたのことが好きなワケじゃないんだからね!』とかツンツンしながらも言ってくれる感じでしょ。
いやもう……最初は顔かわいいだけのただの歴女だと思ってたけど、こんなサービスまで用意してくれているとは思わなかったぜ!
「じゃ、じゃあ……書かせてもらうわね。」
「はい!お願いしますっ!」
そう言って先輩は顔を赤らめながらこちらに近づき、パンケーキののった皿を挟む形で二人の息がかかるくらいの場所に立ち―――――
「じゃあ後漢のあとの勢力図を書いていくわね。後漢の後、魏、蜀、呉の三国がこのように中華世界に登場したわ。」
さっきの緊張したような雰囲気とは一変し、先輩は淡々とホットケーキの上に三国志の勢力図を書いていった。
……いや知ってたよ!知ってたけども!
俺のドキドキ返してよ。少し期待しちゃったんだからさ!
しかし、そんな俺の気持ちは、この歴女に伝わるわけもなく、先輩は説明を始めた。
「華北全土を占めるかたちで魏があり、その下、江南の左が蜀、右が呉よ。……ところで、蜀と呉は同盟を結ぶ前は、戦争をするほどではなかったけどそこまで仲は良くなかったらしいわ。なのに魏と戦うときに手を結んだ。どうしてか分かる?」
「えっ……どうして、ですか?」
「分からないかしら?魏という大国を滅ぼすには、蜀には海軍力が足りなかった。そして、呉にはそれがあった。海軍国家の呉と同盟を結べば、陸路と海上の両方面から魏を攻撃できる。だから、呉と手を結んだのよ。」
「なるほど……そういうことだったんですか。」
「……しかし、天下三分の世が始まって数年後、劉備は病死、諸葛亮孔明も後の戦いの最中病死してから、蜀は一気に滅亡、魏に取り込まれたわ。」
先輩はそう言うと、蜀の部分を消し、魏の枠の中に入れた。
「そして、天下統一まであと一歩まで迫った魏は、突然終わりを迎えるわ。」
「まさか……それって……」
「ええ。晋……西晋よ。……当時魏の武将であった司馬炎が、一応は禅譲という形で文帝から帝位を譲り受け、武帝として即位し、晋を建国。その後、呉を滅ぼし、中華全土を支配下に置いたわ。」
先輩はホットケーキを切り分けて小皿にもりつけ、新しいホットケーキに『晋』と書いた。
ところでホットケーキのお味は……うん、美味しい!
大体こーゆーやつは不味いのがテンプレなはずなんだが……うーん。これは普通に美味い。
「晋に関しては、都は洛陽、主に有名な政策としては*占田・課田法と*戸調式という二つの制度を覚えておけば問題ないわ。」
「その二つってどういった制度なんですか?」
「占田・課田法は土地制度、戸調式は税制よ。まあ詳しいことは最後の用語解説でも読んどきなさい。」
いちいち話がメタいっつの。
まあこの頃の中国は豪族や貴族が力をつけるのを恐れてたから、土地制度やら整備するのは当然と言えば当然か。
「まあ晋が中華を統一してめでたく中華世界に平和が訪れた……となれば良かったかもしれないけれど、それではこれからの中華世界は始まらないわ。武帝の死後、まだ幼かった恵帝が即位すると、いままで押さえ付けられていた外戚……まあ政治家ね。彼らの政権争いが表面化したわ。」
「それは知ってます。八王の乱でしたっけ?」
「そうよ。しかし、彼らはただのお馬鹿な雑魚キャラでしかないわ。本当に恐ろしいのは、彼らが中華世界に呼び込んでしまった最恐の戦士たち……遊牧騎馬民よ。」
「遊牧騎馬……っていうと*匈奴ですか?」
「ええ。彼らを含めた五つの遊牧騎馬民族……五胡と呼ばれた彼らによって、中華世界は小国が乱立する混乱期……五胡一六国時代へと突入していくわ。」
先輩はそう言うと、パンケーキの上にぐしゃぐしゃとチョコレートソースをかけた。
それは、まるで混沌とした中華世界を暗示しているかのようであった。
「……さて、それじゃあ五胡一六国時代の話だけど―――――」
『最終下校時刻となりました。校舎内にいる生徒は速やかに帰宅してください。』
先輩の言葉を遮るように、最終下校時刻を知らせる放送が流れてきた。
「……こう言うわけだから、続きは明日ね。……さ、帰りましょう。」
「分かりました。……しかし先輩も物好きですね。」
「……少なくとも私自身はそうは思ってないのだけれど。何故かしら?」
「だって俺みたいな会って間もない人にいきなり世界史を教えるなんて、中々できないでしょ?」
それを聞くと、先輩が帰る準備をしていたてをピタリと止めた。
「あなた……それ、冗談で言っているの?」
「まさか……ここで冗談を言うと思いますか?」
「それなら……もしかして、覚えてないの?」
「へ?何をですか?」
「……いや、あなたが覚えていないならそれでいいわ。私はこれで帰るから、戸締まりよろしく。」
そう言うと、先輩は教室から出ていった。
その後ろ姿は、どこか寂しそうであった……
――――――――――――――――――――――
【三国志まとめ】
党錮の禁(二世紀後半)
黄巾の乱(184年)
赤壁の戦い(208年)
【天下三分】
『魏』(220年~265年) 都:洛陽
↑↓(対立関係)
『蜀』(221年~263年) 都:成都
↓↑(協力関係)
『呉』(222年~280年) 都:建業
【晋による統一】
『晋』(265年~316年) 都:洛陽
八王の乱(291年~306年)
【用語解説】
占田・課田法…性別、年齢に応じて土地所有を制限もしくわ給与する決まりを占田法、農民に土地を割り当てて一定数を国に納めさせる決まりを課田法と呼んだ。どちらも豪族勢力を押さえ付けるために作られた。
戸調式…貧富の差にこだわらずに戸(家のこと)毎に絹や綿を税として徴収する制度のこと。
匈奴……(モンゴル系又はトルコ系とされている)遊牧騎馬民族。後48年に南北に分裂した。晋の時のはその内の南匈奴の方。前漢の劉邦とも戦っており、これに勝利している