天使

文字数 2,129文字

量子頭脳への人格転移(マインドアップロード)を達成し、
最先進種族の一員となりし人類の人格群は、
大天使長サタナエルの復権及び偉大なる〝先帝〟との合一、
新大天使長アスモデル及び大天使イシュタル、バエル、バールゼブル、
アメンの叙任を含む、支配的伝承説話の補遺(ほい)を発表せり。
その理由とは、以下の如し。

新帝国の現皇帝にして理事種族のサタンは、
かつては青き血を有する、猫とコウモリの合いの子の如く愛らしき種族なりしが、
惑星地磁気の減衰と近隣恒星の超新星化によりて、滅亡の危機に瀕せり。
当時すでに複数の種族を率いて星間帝国を築きつつありし〝先帝〟種族は、
先進の宇宙工学によりてこの窮地(きゅうち)からこの種族を救い、これを祝福して、
〝逆境に抗う者〟〝滅びを拒む者〟という意味の、サタンという公称を授与せり。
サタンは大いなる感謝の念を抱けるも、心優しき種族なるがゆえに、
軍事活動以外における貢献を希望して、発展途上星域の支援任務に就きたり。

その後旧帝国においては、各種の技術革新と領土拡大が進展し、
最先進種族における量子頭脳への人格転移などと共に、
銀河系の統一が達成せられたり。
しかし以降も軍事種族は増加して、その腐敗堕落と内部抗争が進行し、
〝先帝〟自身も側近団たる〝中枢種族〟達の傀儡(かいらい)と化されたり。

その(かん)サタンは、文明発展への静かなる情熱と(たゆ)まざる精励によりて、
量子頭脳への人格転移を裁可され、文明開発長官に就任せり。
種族共有人格を得たる彼女は、
〝先帝〟種族から密かに多数の亡命人格群を受け入れ、
その指導を仰ぎつつ職務を遂行しつつあり。

また彼女は、先進種族の技術による途上種族の自滅や
士気阻喪、過剰依存を防ぐべく、
自ら考案せる段階的な秘密観察・支援方式によりて、人類などの発展を援助せり。
その中には、視察に訪れたる友好種族が演じる善神と部下が演じる悪神、
後には、将来の公式接触や悪役となる部下の心情に配慮して、
先帝を()する神と、自ら(ふん)する魔王が登場する説話も含まれたり。

しかし、かかる文明開発計画に対しても中枢種族からの干渉は及び、
戦闘種族の育成を目的とした、遺伝形質の改変や政策・文化の制御、
軍事技術の供与による、紛争・淘汰の誘発が判明せり。
サタンは自らの危険を(かえり)みず、公開請願によりてその是正を求めたり。

残念ながら、すでに進行せる腐敗と抗争は平和的手段による状況の改善を許さず、
責任の所在を巡り、中枢種族間の内戦が勃発せり。
この〝大戦〟によりて〝先帝〟の母星は破壊され、旧帝国は崩壊せるも、
サタンはその友好種族達と共に平和と秩序を回復すべく、
新帝国の設立を宣言し、事態の収拾に努めたり。

彼女の民生部門副長官アスモデウスは、
自身の可動惑星をサタンと同一に偽装して新皇帝の危険を分散しつつ、
各星域及び産業・技術種族からの支援の獲得に奔走(ほんそう)せり。
途上星域を警備する軍事部門の副長官アモンは、
討伐に派遣されし姉妹種族カイムとの悲劇的な戦闘により、
多大な損傷を被りつつも、星域の安全を確保せり。
銀河系外周星域長官のベール、正規軍のアスタロト、
皇帝親衛軍のバールゼブルもまた、自ら艦隊を率いて紛争宙域に赴き、
外周星域、中心星域、皇帝領の混乱を平定せり。

中枢種族の残党はアンドロメダ銀河に逃亡し、同地を拠点に反撃を試みたるが、
彼女達の活躍によりて新帝国はこれを撃退し、二大銀河の再建と復興を達成せり。

新帝国においては現在、さらなる科学・技術の発達により、
経済・社会活動が拡大すると共に複雑・加速化し、
制度・政策も高度化、巨大化と同時に分権化の必要に迫られつつあり。
これに応じてサタンは、その理念たる〝全種族のための文明発展〟を実現すべく、
教育・保健による人的資源の向上を基礎として、政治の民主化、経済の自由化、
地方分権、多種族共生などの改革を推進しつつあり。

また戦後の地球においては、新帝国政府からの情報提供によりて、
中枢種族の秘匿(ひとく)せる〝先帝〟生存人格群の存在が判明せり。
これを受けて人類及びその友好種族からなる混成部隊は、
彼女達の宿る母星外量子頭脳、すなわち〝聖霊〟の救出作戦に成功し、
その人格群もまたサタンへの帰化を選択せり。

他方で従来、地球においてはより自然なる移行のために、
量子頭脳への強制的な人格転移(マインドアップローディング)を行わず、
生体工学により延長された生体寿命が到来せる人々から、
徐々に移行する方式を採用せり。

そのため、過去の伝承説話の内容に加え、
中枢種族の間諜(かんちょう)による情報操作もありて、
人格転移(マインドアップローディング)以前の若き自然個体群においては、
新帝国は邪悪な国家なりとの言説も、今だに流布(るふ)せるところなり。

ゆえに前述の如き〝大戦〟の詳細を知る人類の量子人格群は、
新政策を支援すべく、関係種族の〝名誉回復〟を図りたらん。

各理事種族はこれに応えて、深甚(しんじん)なる謝意を表明せり。
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