第9幕
文字数 1,634文字
真澄の後を引き継いで、物語に体温を与えたのは、竹光だった。
「ラウは、目の前にある半透明の卵形の物体を、試しに拳で叩いてみた。
コンコンと、とても固そうな澄んだ音がする。
続いて、傷一つない滑らかな表面を、掌で撫で回してみる。
すべすべした触り心地が気持ちいい。
それから、その物体に両腕を回し、持ち上げようと試みた。
しかし、どんなに顔をトマトのように真っ赤にして踏ん張っても、全然びくともしない。
これでは、この寝床で眠るのは無理だ。
ラウは大きく溜め息を吐き、卵形の物体に、脱力したように凭れ掛かった。
すると、ふと伝わってきた微かな気配に、薄桃色の耳朶がぴくんと反応する。
何かを吸収しているような音と、泡が弾けるような音。
それらが半透明の卵形の物体越しに、ラウの耳をくすぐるように伝わってくる。
そのことから察するに、儚げな蒼白い光を放っている花の蕾は、どうやら生きて呼吸をしているらしい。
そのことに気付いたラウは、世界一寝心地の良い寝床を、仕方なく譲ることにした。
そうして自分は、微風に舞うタンポポの綿毛のように、ふわふわと大樹の上の方へと飛んでいき、繁殖期が終わって、ちょうど空になっていた鳥の巣の中へと、ごそごそと潜り込んだ。
そこは彼にとって、少し固い寝床だったけれど、今夜一晩くらいは、あの奇妙な物体にも良い夢を見させてあげようと思いつつ、そのままストンと深い眠りに落ちた」
その時晶の中に、豊かに沸き上がってくるイメージと言葉があり、それらが彼自身を媒介として、外へと溢れ出そうとしていた。
けれどもそれらのイメージは、自分で考え出したものではなく、宇宙からの尊い授かり物であるという、不思議な感覚があった。
支離滅裂に絡み合うイメージの塊の中から、少しだけはみ出している糸を、言葉に置き換えて引き出すことに成功すると、後はそれに続く文章が、イメージをあるべき所へと収めていく役割を果たした。
そのように、最初のきっかけさえ上手く捕まえることが出来れば、物語というものは、面白いようにするすると展開していくものなのだ。
晶の唇から、物語という名の音楽が流れ出す。
「翌朝は、空が蒼硝子のように澄み渡る快晴だった。
そしてラウの頬を心地好く撫でていく風の中には、清々しいミントの香りが含まれていた。
それというのも、ジルの飼う風達の主な餌は、ハーブの香りだからだ。
ラウは起き上がるとすぐに、大樹の洞の中へと、花弁のように舞い降りていった。
昨晩の状況とさほど変化はなく、例の奇妙な物体は、相変わらずラウの寝床を占領しているままだった。
ただ、花の蕾の内側から滲み出るようだった蒼白い輝きは、この時は完全に失せていた。
もう枯れてしまったのだろうか。
ラウは少し不安になった。
その後で、ジルと合流したラウは、早速半透明の卵形の物体を、彼に見せた。
しかし、ジルも初めて目にする物体らしく、物珍しげに匂いを嗅いだり、舐めてみたりしていた。
それで何が分かるわけでもなかったが、好奇心旺盛なジル流の、一種のスキンシップのようなものなのだろう。
ジルは少しの間考え込んでいたが、やがて何か閃いたような顔をして、ラウの方を振り返った。
〈エリュなら、これが何なのか、知っているんじゃないかな。
何しろ彼は、世界中を巡っているんだもの〉
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・・・ 第10幕へと続く ・・・
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