第2話

文字数 1,431文字

 その一年後の五月、九谷焼を見にまた石川へやってきた。疎遠になっていた初めての恋人とは、そのしばらく後、関係に正式なピリオドを打っていた。楽しく過ごすイメージが湧きにくくなってたとはいえ、何か辛いときに、思い浮かべる顔となまえ。自動的に思い浮かべてしまうたびに、違う違うと自身に言い聞かせ、そうしてようやく吹っ切れてきたところだった。
 今回の旅は見たいものを入念に調べ、行きたい順番も決まっていた。
 まずは、加賀温泉駅でレンタカーを借りて九谷焼美術館、そして九谷焼陶芸村へ。この一年の間に、九谷焼についてはいろいろ調べていて、赤絵の流れを継いだ現代の九谷作家を知り、彼の作品を見に行くのが一番の目的。
 九谷焼美術館では、そもそも陶器がどう造られるのかから学び、窯の温度次第で発色が変わることを知って、古九谷の色をコントロールするのがいかに難しいかを思う。
 念願の作品。遠目と近目で印象が全く変わる赤絵の特徴はそのままだが、均一な朱い線で描かれた美しい幾何学的な模様にアクセントの青。繊細な線のすべてが手描きで、他と比べてもなかなか手を出せない値段を見ながら、いつか部屋に飾れたら、いやいやその前に片付いた広い家に住まないと。そんな妄想もはかどる。ちなみに彼の作品は、今は買うことすら難しいらしい。
 それ以外にも、細かい青いつぶつぶ突起に金色の優美な線でできた植物柄や、黄色や青やの不思議な光を放つグラデーション。色とりどりの繊細で美しい絵。好きになったきっかけは赤絵だけど、焼きものが見せる顔の広さとその魅力に出会うことができた。焼きものって、こんなに色々な表現ができるものなんだという大きな発見。
 夜は金沢駅前のホテルに泊まった。前回気になっていたものの、勇気が出せず、一人で入れなかった金沢駅構内のおでん屋さんへ。おでんの湯気漂うカウンターで、隣り合った人と交わす些細な会話は、当時まだ二十代半ばの小娘にとって、ちょっとした冒険だったことを覚えている。こういう小さな経験の積み重ねが、私を前向きにしてくれる。
 翌日は美術館をふたつ。
 大型連休を外しても人の多い二十一世紀美術館だが、不思議と落ち着く。ひとりなので、レアンドロプールを上から底から撮りあうことはなくても、なんとなく明るい光が差し込む美術館をのんびり見て回るだけで、楽しい気持ちになってくる。
 そして、九谷焼がたっぷりあるという石川県立美術館。雉の夫婦に見とれ、大きな壺の繊細な絵にうっとりし、緑が見える大きな黒いソファでじんわり余韻を楽しむ。陶芸だけではなく、漆芸や織物もすばらしい。さすが加賀百万石。豊かな財政は、豊かな芸術を生み、後世にも遺すことができる。そんな感想を持ちつつ、美しいものを好きなだけ見られる幸せに浸った。
 遠距離恋愛を続けたままだったら、交通費でお金に余裕もないし、時間も取れない。相手の興味にも合わせなければいけない。だからこんな旅はできなかっただろう。結婚したら自分が成長できなくなると思っていた当時の私にとって、別れたからこその楽しみだと感じていた。

 その後、友人たちと白山に登った帰りに金沢に寄り、寿司を食べ二十一世紀美術館で遊んだこともあった。ただそれ以降は転勤で大阪を離れ、金沢には行きにくくなってしまった。でもどこに住んでも、近くの焼き物の産地に興味を持ったり、陶芸をかじったりするようになったのは、九谷焼との出会いがきっかけだった。
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