第1話「ピクニック」

エピソード文字数 2,874文字

空は、赤。

 動き始めた地上の街は、朝焼けにより色濃く染まる。

 

 ――今日もいい天気。

 

 空が青に変わるにつれ、明るい声が増えていく。

 高い空、僅かに浮かぶ雲の白。

 並び立つ赤茶色の家々は、すっかり晴天のものになる。

 この街の名は、ロフターン。

 無数に張り巡らされた石造りの街道は、やや狭さを感じさせるが、行き交う人々の活気から、ここの景気が伺えた。

 厚い衣服に身を包み、せわしなく歩く人の波。雑貨屋の前で談話し、休息を取る者…… 皆、今日という時間を歩いていく。

 その中に、小走りで歩を進める男が居た。

 薄い生地の黒服に、冷たい風が一声唸る。短い無造作な黒髪は、靡(なび)く事は無かったが、体はぶるると小刻みに震えた。

 しかし、立ち止まって見る先には、眩しい光と青い空。

 

「こっちはいい天気だ」

 

 隣を歩く、荷を積んだ馬の鳴き声を耳に、男は一人微笑し呟いた。

 

 男の歩は少しづつ加速する。

 周りの環境音も、増えていく。

 やがて、両脇に広がっていた煉瓦造りの家々が消え、開けた空間が眼前に広がった。

 ここが街の中心部、そう確信。息をつくが、未だに両足は完全に地につかない。

 広間のメインとも言える巨大な噴水前。歩みはそこに来てようやく止まった。

 賑やかな光景を呑気に眺める。と、ふらふらと泳いでいた視線が、ある場所を見るなり固定される。そこには、白い息を吐き興奮する二〇歳程の男が二人居た。

 

「……それにしても遅いな」

 

 ふわりと会話が聞こえた。雑音を振り払い、会話を拾う。 視界をすぼめ、そこに見入る。

 二人の横では、同じ年齢位の長い黒髪の女性が、静かに佇んでいた。

 二人を見る眼差しは、知り合いを見るそれであるが、どうやら圧倒され輪に加わる事が出来ない様だ。

 

「まさかこのまま来ないんじゃ無いか?」

 

 耳より下に伸びた赤髪の男が、声をやや落ち着かせ尚も話す。

 話し相手の、短い灰色の髪の男は心なしか不安げだ。黒髪の女性は、会話の内容を気にしてか、そわそわと辺りに気をくばる仕草をする。

 

「あ……」

 

 右方からの噴水の飛沫が、僅かに女性の頬に触れた。だが、今しがた小さく発した声はそれとは関係ないらしい。

 

「あ、来てたんだ! 久しぶり!」

 

 今度は、短い灰色髪の男が一声。すると、噴水前の三人の視線が、眺めていた薄着の男にどっと押し寄せた。

 

「みんな、随分早い……」

 

 少し威圧感を覚えつつ、薄着の男は声を出す。が……

 

「遅すぎだぞ、ルーカン!」

 

 〝少し〟だった威圧感に、さらなる威圧が加わった。

 薄着の男〝ルーカン〟は、小さく謝ると、

大声を上げた赤髪の男から順に握手を求める。

「ゾア、久しぶり。テムとルイナも変わらないな」

 

 ようやく、場の空気がほぐれた。

 見合わせた顔たちは笑顔だった。事に、黒髪の女性〝ルイナ〟の、幼さの残る相貌(そうぼう)の綻び様は、印象深い。

 

「テム君が一番乗り。次にわたしで、ゾアは今来たばかり。言うほどルーカンは遅くないよ」

 

 ルイナの言葉を受け、そっと隣を伺う。

 そこには、いかにもばつが悪い、といった表情のゾアが居た。

 

「で、でもお前は間抜けだな。そんな薄着で来るなんて」

 

 話題逸らしを兼ねた反撃、である。

 こういう負けず嫌いな所は〝昔〟と変わらない…… そう思うが、言うのを止めた。

 

「そういう所は昔と変わらないね」

 

 と、留めたはずの言葉が、背後から聞こえて来た。

 驚き、振り向き、そして…… 開口。

 

「セ、セレア!」

 

 ルーカンの呼び声は、同じく驚いていたゾア達の呼び声と見事に重なった。

 注目の先には、茶色のセミロングに、青いワンピースをすっと着こなす美しい女〝セレア〟が。

 童顔のルイナと比べ、凛とした表情からはどこか大人の色香が感じられた。

 

「みんな、久しぶり!」

 

 セレアは上下に大きく揺れる力強い握手を、一人一人と交わして行く。

 ゾアは「昔と変わらない」との言を受けたからか、その際は妙に落ち着きがなかった。うっすら赤らんで見える表情に、ルーカンはゾアの体調を懸念する。

 そんな中、握手の番が来る。

 薄着のためかセレアは蒼白気味だった。

 柔らかな感触を内包した時、暖になればと僅かに力を強く入れる。

 

「みんなごめんね。列車が遅れちゃって。ここも思ったよりも寒くって……」

 

 オイオイと嘘泣きだとわかる仕草をするセレア。同じ理由で遅刻をし、寒い思いをしているルーカンは、ウンウンと何度も同調。が、隣でクスクスと笑うルイナとテムに、少し恥ずかしさを覚えてしまう。

 

「と、とにかく、ルーカン! 俺はみんなを呼び出しておきながら遅刻をしたお前が許せんのだ」

 

 ゾアは、間接的にセレアを小馬鹿にしていた事に動揺しているらしい。

 ルーカンは気付き、思わず笑いを吹き上げる。それは周りにも伝染し、必死で叫ぶゾアの罵倒を掻き消した。

 

「 ……でもまだ信じられない。ホントに会えるなんて」

 

 笑い終え、セレアは遠い目で言った。そしてさらに一言零す。

〝奇跡〟だと。

 

 ……それもそのはず。 皆、長い間互いの居場所を知らずにいたのだ。

 その状況で全員こうして会えた事は、確かに奇跡と呼べた。

 

「……前にも聞いたが、お前どんな手を使ったんだ?」

 

 言いながら、ゾアは服のポケットから小さな石ころを取り出した。

 それに釣られ、ルーカンも、いや、周りの仲間も、同じような石ころを懐から現した。

 これは〝コーカトリスの石〟という貴重な代物である。ルーカン達は古くからそれを肌身離さず所持していた。

 

「お前の声が〝ここから〟聞こえて来たんだぞ? どう考えてもおかしいだろ」

 

 聞いて、ルーカンは頬を掻き、とぼけ顔。

 ゾアの背後で「奇跡だ」とはしゃぐセレアを見、自らも奇跡だと言いのける。

 

「……まあ、時間も惜しいしそろそろ行こう。そのために集まったんだからね」

 

 傍観していたテムの一言が、間を伝う。

 瞬間、ルーカンは空気が変わる感覚を覚えた。

 ……そしてもう一つ。

 困惑顔だったルイナ、はしゃいでいたセレア、しつこく質疑をしていたゾア。その全てが、一つの表情へと変わった事も。

 

 晴れた空に、大きな雲が流れ来る。それが街を通過し、五人の姿を僅かに暗くした。

 時に、〝精暦〟八五七年、一一月一四日。

 頭上の雲や澄んだ空は、もうすぐ冷気を纏って落ちてくる。 そんな肌寒い時期、ちょっとした〝ピクニック〟が今始まろうとしていた――
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