文字数 800文字

「飴玉をあげようかい?」といった雰囲気で、アタシの横を一緒に歩いている女性が話しかけてくる。
「飴はいいよ。それより、よそ見してないでちゃんと歩きなよ」

小柄ながらも活発な彼女は、つい先日もうっかり転んでしまったらしいのだ。
年齢を考えれば仕方ない部分はあるのかもしれないけど、そうも言っていられない。

申し訳なさそうに頭をさげ、微笑む彼女の顔は少しだけ寂しげだった。
「ああもう、落ち込まないでよ! ほら。その飴玉やっぱりちょうだい!」
小さな手から飴玉の入った袋を受け取って開き、口の中に入れると甘酸っぱい味が広がっていった。

「ウメ味の飴とか、ひさびさに食べたよ……」
通っている教室で流行ってるらしい。嬉しそうに話す彼女の姿に、上がりきった遮断機の影が柔らかく重なった。

「それじゃ、行こうか」
踏み切りを渡れば、あとは家まで数十メートルほど。スーパーの袋をさげながら歩く彼女は軽快そうだ。
しかしながら、この程度の距離で息が切れるなんてアタシもなんだかんだで年だな、と思う。

そうこう思ってるうちに家に着いた。辺りは電灯もつき始め、すっかり薄暗くなっている。
「今日もありがとうね。良かったら夕ご飯、一緒に食べられないかな?」
そんな感じで引き留めてくれる彼女の気持ちは嬉しかったが、確か夕食の内容は油っこい系の料理と聞いた気がする。

「最近、若者向けの食べ物が受け付けなくってね。気持ちだけもらっておくよ」
残念そうに手を振る彼女が家に入っていったのを見届けて、敷地内のアタシの住む離れの家へと向かう。
それにしても、あと2年もすればアタシが買ってあげたランドセルから卒業するとは月日が経つのは早いものだ。

アタシよりも30歳は年下なのか。ポケットの中から取り出した「発売から40周年」と書かれた飴玉の袋を眺める。
「……アタシも今度、買ってこようかな。これ」
自分と同じ名前の飴玉は、いつの間にか口の中で溶けてなくなっていた。
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