第1話 家族のこと

文字数 842文字

「一人の子供が殺された」

 と、佐原メダカは教室中に響く声で言った。

 夏休みが終わって、二学期の授業の、一時限目。

 空美市立空美小学校。四年二組。

 佐原メダカが、自分のつくった作文を読み上げたのだ。

 

 クラス中の生徒がきょとん、として無言に包まれた。

「一人の子供が殺された。殺されたのは、わたしの姉だ」

 

 作文のお題は「家族のこと」。古典的なテーマの作文だ。

 四年生らしく、くだらなくなってトリッキーなことを書いて、メダカはそれを読み上げたのだろうか。

 

 担任の教師がメダカに問う。

「佐原さん。あなたにはお姉さんなんていないでしょう? 一体なんなの?」

「一人の子供が殺された。殺されたのは、わたしの姉だ」

 メダカはもう一度、同じことを言う。

「妹のわたしは、今も姉の帰りを待っている。けれども、それは叶わない」

 

 担任教師は足音を立ててメダカの机まで来ると、椅子から立ち上がって読んでいるその原稿をメダカから奪う。

 担任がメダカの原稿用紙を読もうとすると、そこには、赤ペンの大きな字で、

「わたしの人生を返してください」

 とだけ、書かれていた。

 メダカは機械仕掛けの人形のように、

「一人の子供が殺された。殺されたのは、わたしの姉だ。妹のわたしは、今も姉の帰りを待っている。けれども、それは叶わない」

 と、何度も繰り返した。

 十回は同じ言葉を繰り返しただろうか。

 メダカは、今度はいきなり横向きに倒れ、床に頭を打ち付けた。

 頭部からの出血。

 メダカは私立空美野学園大学付属病院へ搬送された。

 クラスの生徒達には、なにも見なかったことにしろ、という通達が回った。

 

 だが、噂は回る。憶測はひどい方へ向く。

 その噂から隔離されるように、メダカは病院で鎮静剤を打たれ、眠る。

 その眠りはまどろみのままメダカの心にまとわりつき、病室のベッドにメダカの身体を縛り付けた。
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登場人物紹介

佐原メダカ(さはらめだか)

 朽葉珈琲店で働く元気いっぱいの女の子。

朽葉コノコ(くちはこのこ)

 朽葉珈琲店の一人娘。飄々とした性格。

空美野涙子(そらみのるいこ)

 私立空美野学園の生徒会副会長。ちょっと粗暴な性格。

金糸雀ラズリ(かなりあらずり)

 学園の風紀委員。コノコのことが好き。コノコを「お姉さま」と呼ぶ。

近江キアラ(おうみきあら)

 涙子と付き合っているというのだが?

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