その2 「小さな仕立屋さん」(エリナー・ファージョン作)
文字数 2,246文字
ロタは、「小さな仕立屋さん」です。じつは、国じゅうでいちばんの腕前なのですが、奉公している「大きな仕立屋さん」がその事実を隠しているために、自分が天才だということに気づいていません。それでも、いつもきげんよく仕事をしています。
さて、この国の女王さまはご高齢で(七十歳)、将来あとを継いでくれるはずの甥っ子である隣国の若い王さま(二十五歳)がなかなか結婚しようとしないので、やきもきしています。
ついに、舞踏会を開くから、来て花嫁を選びなさい、と言いつけます。
困った若い王さまは「年が十九歳半で、ウエストが五十センチの人」と無理難題を言うのですが、幸か不幸か、その条件にぴったりあう令嬢が三人もいました。
王さまは観念して、出席を承諾します。ただし、「仮装舞踏会にしてくださいね」と念を押して。
三人の令嬢は先をあらそって、大きな仕立屋さんにドレスを注文します。
デザインするのも縫うのもロタなのですが、大きな仕立屋さんがその功績をちゃっかり横取りしようとしていても気づかないようです。夢中でドレスを作っていきます。
一人目の令嬢には、日光のドレス。
二人目の令嬢には、月光のドレス。
三人目の令嬢には、虹のドレス。
毎日一着、三日連続。ロタ自身もウエスト五十センチなので、仕上げたらすぐに自分で着て、王宮へ駆けつけます。
王宮のひかえの間には、いつも、王さまの従僕だと名乗る若者が待っていて、ロタがドレスを令嬢たちに渡してしまう前に、ぼくと踊っていただけませんかと申し込みます。
ロタは彼と、楽しく踊ります。誰にも見られず、ひかえの間で。日光として、月光として。
でも、三日目の虹の日、ロタはもう踊れません。疲れすぎていて、そして――彼女の目から涙がこぼれます。今夜、王さまの花嫁が決まったら、従僕の若者も隣国へ帰ってしまうのです。
若者はロタを抱いて、キスをします。
ところが、疲れきって帰ってきたロタを、さらに残酷な仕事が待ちうけていました。
明日までに花嫁衣裳を仕上げろというのです。
しかも、雪のように白い布を断ちながら、彼女が聞いたのは、
王さまは、舞踏会のあいだ、
エリナー・ファージョンのファンタジーでは、女の子が「王子さま(または王さま)と結婚して、幸せに暮らしました」というエンディングが、ほとんどありません。
王女さまたちは、木こりや羊飼いの若者と結婚して幸せになります。ふつうの娘たちは、やっぱりふつうの若者と結婚したり、しなかったりして、幸せになります。
そう知ってはいましたが、初めてこの「小さな仕立屋さん」を読んだとき(私は小学生でした)、さすがに胸がとどろきました。ああ、この素敵な若者は、仮装した王さまだったんだ。ロタとは結ばれないんだ。どうしよう。
あまりに悲しすぎて、先を読むことができなくて、いったん本を閉じたほどです。
でも、やっぱりファージョンさんは、ファージョンさんでした。
ここから先はネタバレになりますので、ご自分で読みたいかたは、いますぐ書店か図書館へどうぞ!
* * * * *
真っ白な花嫁衣裳を、いつもどおりモデルとして身につけて、ロタは迎えに来た馬車に乗りこみます。今日はなんと、あの若者自身が迎えに来てくれました。
ロタはうとうとしながら、自分の結婚式に行く夢を見ます。
若者と。
小さな教会で、式を挙げ、
また馬車に揺られて。
そのあいだじゅう、これは夢ね、と思っているのです。
「気がついてみると、ロタは、何がなんだかわからないまま、人びとの歓呼のうちに、従僕に腕をとられて、ご殿の階段をのぼっていました。そして、階段の一ばん上の段には、にこやかな笑みをうかべて――若い王さまその人が、ふたりを出迎えていました。
そうだったのです。なぜかといえば、従僕は、やはり従僕だったのですもの」
このどんでん返しがわからなくて、あまりに嬉しすぎて信じられなくて、今度はくりかえしページをめくって読み返したことを思い出します。笑
従僕くん、王さまの替え玉と見せかけて、王さまご自身だった。と見せかけて、なんと本当に王さまの替え玉の従僕くんだった!というね!
もっとも好きなハッピーエンドのひとつです。
無私で無欲で謙虚で、いつでも明るくて、がんばりやさんで、すなおで。
しかも、天才で。
小さな仕立屋さんのロタは、夢見る頃をとうに過ぎた今でも、私の憧れです。
「小さな仕立屋さん」
『ムギと王さま 本の小部屋1』所収、エリナー・ファージョン作、石井桃子訳、岩波少年文庫、2001年。
この「本の小部屋」(文庫では1と2に分かれています)、他にも素敵なおはなしがいっぱいです。
「七ばんめの王女」(1所収)も、王子さまと結婚してお妃さまに「ならない」、意表を突くハッピーエンドで、私はすごく影響を受けていると自分で思います。
最後を飾る「パニュキス」(2所収)は、何度読んでも泣いてしまう哀しいお話なのですが、でもすがすがしくもあるのです。ぜひぜひ、大人男子の皆さまに読んでほしい一編です!^^
(2021.10.12追記)
「パニュキス」の紹介を「大人(男子)にこそおすすめの おんなのこものがたり ~アンコール~」として書きました。ぜひぜひあわせてお読みください。^^
https://novel.daysneo.com/works/7d032122068eb015856efe5386199347.html
さて、この国の女王さまはご高齢で(七十歳)、将来あとを継いでくれるはずの甥っ子である隣国の若い王さま(二十五歳)がなかなか結婚しようとしないので、やきもきしています。
ついに、舞踏会を開くから、来て花嫁を選びなさい、と言いつけます。
困った若い王さまは「年が十九歳半で、ウエストが五十センチの人」と無理難題を言うのですが、幸か不幸か、その条件にぴったりあう令嬢が三人もいました。
王さまは観念して、出席を承諾します。ただし、「仮装舞踏会にしてくださいね」と念を押して。
三人の令嬢は先をあらそって、大きな仕立屋さんにドレスを注文します。
デザインするのも縫うのもロタなのですが、大きな仕立屋さんがその功績をちゃっかり横取りしようとしていても気づかないようです。夢中でドレスを作っていきます。
一人目の令嬢には、日光のドレス。
二人目の令嬢には、月光のドレス。
三人目の令嬢には、虹のドレス。
毎日一着、三日連続。ロタ自身もウエスト五十センチなので、仕上げたらすぐに自分で着て、王宮へ駆けつけます。
王宮のひかえの間には、いつも、王さまの従僕だと名乗る若者が待っていて、ロタがドレスを令嬢たちに渡してしまう前に、ぼくと踊っていただけませんかと申し込みます。
ロタは彼と、楽しく踊ります。誰にも見られず、ひかえの間で。日光として、月光として。
でも、三日目の虹の日、ロタはもう踊れません。疲れすぎていて、そして――彼女の目から涙がこぼれます。今夜、王さまの花嫁が決まったら、従僕の若者も隣国へ帰ってしまうのです。
若者はロタを抱いて、キスをします。
ところが、疲れきって帰ってきたロタを、さらに残酷な仕事が待ちうけていました。
明日までに花嫁衣裳を仕上げろというのです。
しかも、雪のように白い布を断ちながら、彼女が聞いたのは、
王さまは、舞踏会のあいだ、
従僕の仮装をしていた
、といううわさでした。エリナー・ファージョンのファンタジーでは、女の子が「王子さま(または王さま)と結婚して、幸せに暮らしました」というエンディングが、ほとんどありません。
王女さまたちは、木こりや羊飼いの若者と結婚して幸せになります。ふつうの娘たちは、やっぱりふつうの若者と結婚したり、しなかったりして、幸せになります。
そう知ってはいましたが、初めてこの「小さな仕立屋さん」を読んだとき(私は小学生でした)、さすがに胸がとどろきました。ああ、この素敵な若者は、仮装した王さまだったんだ。ロタとは結ばれないんだ。どうしよう。
あまりに悲しすぎて、先を読むことができなくて、いったん本を閉じたほどです。
でも、やっぱりファージョンさんは、ファージョンさんでした。
ここから先はネタバレになりますので、ご自分で読みたいかたは、いますぐ書店か図書館へどうぞ!
* * * * *
真っ白な花嫁衣裳を、いつもどおりモデルとして身につけて、ロタは迎えに来た馬車に乗りこみます。今日はなんと、あの若者自身が迎えに来てくれました。
ロタはうとうとしながら、自分の結婚式に行く夢を見ます。
若者と。
小さな教会で、式を挙げ、
また馬車に揺られて。
そのあいだじゅう、これは夢ね、と思っているのです。
「気がついてみると、ロタは、何がなんだかわからないまま、人びとの歓呼のうちに、従僕に腕をとられて、ご殿の階段をのぼっていました。そして、階段の一ばん上の段には、にこやかな笑みをうかべて――若い王さまその人が、ふたりを出迎えていました。
そうだったのです。なぜかといえば、従僕は、やはり従僕だったのですもの」
このどんでん返しがわからなくて、あまりに嬉しすぎて信じられなくて、今度はくりかえしページをめくって読み返したことを思い出します。笑
従僕くん、王さまの替え玉と見せかけて、王さまご自身だった。と見せかけて、なんと本当に王さまの替え玉の従僕くんだった!というね!
もっとも好きなハッピーエンドのひとつです。
無私で無欲で謙虚で、いつでも明るくて、がんばりやさんで、すなおで。
しかも、天才で。
小さな仕立屋さんのロタは、夢見る頃をとうに過ぎた今でも、私の憧れです。
「小さな仕立屋さん」
『ムギと王さま 本の小部屋1』所収、エリナー・ファージョン作、石井桃子訳、岩波少年文庫、2001年。
この「本の小部屋」(文庫では1と2に分かれています)、他にも素敵なおはなしがいっぱいです。
「七ばんめの王女」(1所収)も、王子さまと結婚してお妃さまに「ならない」、意表を突くハッピーエンドで、私はすごく影響を受けていると自分で思います。
最後を飾る「パニュキス」(2所収)は、何度読んでも泣いてしまう哀しいお話なのですが、でもすがすがしくもあるのです。ぜひぜひ、大人男子の皆さまに読んでほしい一編です!^^
(2021.10.12追記)
「パニュキス」の紹介を「大人(男子)にこそおすすめの おんなのこものがたり ~アンコール~」として書きました。ぜひぜひあわせてお読みください。^^
https://novel.daysneo.com/works/7d032122068eb015856efe5386199347.html