文字数 2,379文字

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 そのメールのタイトルに呆れながら差出人を確認しておれは目を疑った。差出人はおれだった。タイトルにもおれへと書いてある。これはおれがおれへ送ったメールなのだ。あほらしい。おれはもう一度差出人のアドレスを確認する。それはたしかにおれのメールアドレスだったけれど、普段使っているのとは別のアドレスだった。何年か前にとったドメインのメールアドレスで結局使わずじまいだったものだ。
 自分のアドレスから届くウィルスメールなんてものもあると聞いたことがあるけれど、ウィルスチェッカには引っかかっていないようだ。おれは三割ぐらい呆れながら七割は興味を惹かれてそのメールを開いてみた。


 かろば澥朩偦祑ち〃かみぉゃ澥朩偦祑ち〃ぞぇちゎぇ〃かろどかみぉば名す澥朩偦祑ち〃かみぉばぃるぉだがゃじろにぅかろと。かろばぃるぉだがゃじろにぅかみぉち〃
 刦ぬぶしげぢやぅにぅ〃かろばゐせがぬせろだ晃閔は丮ぬゃかろきぅれごどん矦つだ〃覌だゔち〃佖がはせろき登甠じでかろば尒じ剎ん歪ぅでれかろは胍丮ん覌だ〃
 かろばちぅぷ剎がり耄ぉでだゔち〃かろきにぬが遹抟ずれだぴぬ達き切岑じでぅぐ〃遹抟じにがつだ達ん遹抟じだかろつでゃはき刦は丗畍ぬ孙圩じでぅれゔすやにぅが〃ぞぇ怞つでだ〃かろばぞろん覌づげだゔち〃
 かろばかみぉぬ逤絢ん受れ斺泖ん耄ぉだ〃ぞじで怞ぅ击じだゔち〃かろば達ん遹ぷ剎ぬぞは達ん逳ゔち光と侀ぇだもはモヽレィナロズん佝つでぅだ〃此碻ぬばナモゥヴん受つでぅだ〃ぞじでぞは達ん逳みにぅごどぬじだ徍ゃぞはみみ挂つでぅれ〃ぞはィナロズぬモヽレん适ろぱぞは達ん逳ゔちかろぬ屋ぐばせち〃じがじ屋ぅだどじで。かみぉは舉呴ん弖がにげろぱ卙にれぅだせりちど怞ゐろれちゎぇ〃かろきぞぇ怞ぇはちがりぎつどかみぉゃぞぇち〃
 ぞごとかろばかみぉき舉呴ん挂づらぇぬ。尒〆辽む兦つだ紱左んじでごはモヽレん适れ〃かみぉばだぷゔかろは丁歪剎ぬぅれ〃かろばごはモヽレん丁歪徍ゎがり适れごどぬにれ〃ちがりごはモヽレゃ丁歪徍ゎち〃ずぺでは斈存ん丁づ徍ゎぬじでぃれ〃
 啐額ばかみぉきごろぬ氘てぐがなぇがち〃かみぉばかろちきかろどばぢきぇかろち〃かろどぢきぇ達ん歪ぐかみぉきばだじでなぇぅぇ耄ぉ斺んずれはが〃ぞろばかろは惴僐ん趆ぉでぅれ〃じがじぞろとゃかろばかろち〃ぎつどかみぉばかろはごは紱左ん觤誮ずれちゎぇじ。靣百ぅど怞つでぐろれちゎぇ〃
 ごろん誮めごどきとぎだにり。名す斺泖と迕俢じでぐろ〃
 ごはモヽレべ迕俢ずろぱ。ぎつどかろぬ屋ぐ〃
 、澥朩偦祑


 なんだこりゃ。一目見て声が出た。文字化けか。しかしタイトルは文字化けしていない。おれはいま一度タイトル欄を見る。「一歩前を行くおれへ」。本文だけが文字化けしたのだろうか。そういうことはあり得るのだろうか。
 おれは興味が湧いてきてもう一度全体を良く眺めてみた。こういう意味をなさない文字の連なりに目を通すことも「読む」と言えるのかどうかおれにはよくわからない。少なくともおれはこの文字を拾って追いかけることを「読む」というのはなにか違うような気がした。

 一度目は文字化けで意味などないと思ってろくに読みもせずに通り過ぎた。でも改めて一文字ずつ追ってみたらこれはなかなか面白いということに気づいた。しょっぱなからかろばと来て、次の澥朩偦祑はまるで読めない。二文字目はホみたいだけれど微妙に違うようだ。読み進むとこの澥朩偦祑は何度も出てくる。かろばはもっとたくさんあるようだ。刦ぬぶしげぢやぅにぅなどという語感は新鮮で、読めない漢字からは何らかの音が聞こえるような気がしてきた。ずぺでは斈存ん丁づ徍ゎぬじでぃれ。気づけばおれはげらげら笑いながら読み進んでいた。見たこともない漢字や漢字かどうかもよくわからない文字まで入り混じっていて、おれはわざわざ自分たちのオリジナル言語を作ってそれで歌詞を書いたフランスのプログレバンドを思い出した。ごろん誮めごどきとぎだにり。古文のビート感だ。ごはモヽレべ迕俢ずろぱ。狂気の沙汰だ。

 澥朩偦祑。最後にまた見覚えのある四文字が出てきた。メールの一番最後に書いてあるこれは名前なんじゃないか。差出人の。差出人はおれだ。おれは澤木健祐だ。受け取ったおれは澤木健祐で差出人は澥朩偦祑なんじゃないか。

 正気ではない、とおれは思った。こんなメールを面白がって読んでいるおれはだいぶ狂っている。澥朩偦祑よ。おまえのこの名前はなんと読むんだ。そもそもこれは名前なのか。おまえはおれなのか。狂って向こう側へ行っちまったおれなのか。
 おれは考えた。おれはおれのアドレスから送信されてきたこのメールに書いてある内容を知りたい。内容があるかどうかもさだかではないけれど知りたい。ついでに差出人が何者かも知りたい。その何者かがおれのアドレスを使ってメールを送るようなことがどうやって行われたのかも知りたい。
 さしあたりおれはそのメールの送信元になったメールアカウントのパスワードを変更した。だれかがおれのアドレスを乗っ取って使ったのならこれで多少は防御できるだろう。いや、できないかもしれないけれどおれにはそのぐらいの対策しかできないのだから今のところこれしかしようがない。

 おれは鞍内に相談することにした。鞍内というのはいつもピアノを手伝ってもらっている仲間で、ウェブプログラマだかなんだかそういった仕事をしている男だ。音楽は趣味でやっていて本業はウェブサイトのサーバ側のプログラムを書く仕事だと聞いた。鞍内の仕事の話はおれには半分もわからないけれど、たぶん鞍内ならこういうメールだとかインターネットのどうしたとかウィルスだ不正アクセスだ文字化けだといった話に詳しいだろう。
 おれはコミュニケーションサービスのアプリケーションで鞍内との会話を開いた。
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