第1話

文字数 1,449文字

「じゃあ、あとよろしくね」
「お疲れ様です」

 やっと1人になれた。営業していくのがやっとな雑貨屋なので、ほとんど客が来ない閉店前1時間は1人で店を動かす。レジ締め、掃除、すべて自分でどうにかする。防犯的にどうなの? という部分はあるが、他の社員が居ないこの時間はとても気は楽で、私は好きだ。

「うわーお花いっぱいだー!」
「造花だろ? でも、確かにリアルだなぁ」
「綺麗だねー」

 駅ビルの中にある店舗なので確かに老若男女がビルに入ってくる。でも、ここは1番テナント料が安い地下の1番奥にあって、ここまで来るのは迷子になってしまった人か、うち目当ての女性客くらいだ。だから店頭で男性の声がするのは珍しい。少し離れた位置でモップをかけながら「いらっしゃいませー」と声かけをしておく。小柄な男性と、少し荷物が多めの男性の2人組だ。

「俺少し中見たーい」
「えぇ、まぁ、時間あるから良いけど」

 閉店まであと30分。珍しく店内に人、しかも私と同じ20台後半くらいの男性が2人入ってきた。こんな日もあるか、と思いつつレジ周りの拭き掃除を進める。荷物多めの男性はキョロキョロしながらニコニコしていて、表情が豊かだ。後ろの小さめの男性も渋々一緒に入ってきたようだが、商品を見る目は楽しそうで安心した。

「すごいねー、食器、文房具、入浴剤、なんでもあるじゃん」
「本当に雑貨屋だなぁ」

 店内を楽しそうに歩かれると、店員として嬉しいものがある。買い物してくれれば尚のこと嬉しいが「こんな店あったのか」とか「また来たい」と思ってくれればそれで良い。ニヤニヤしないよう気をつけながら、店内でできる範囲の閉店準備を進めていく。

 閉店まであと15分。そろそろ一度バックヤードへ行って音楽と一部の照明を消さなくては。でも、あの2人何か買うかもだし、少し様子見する? なんてぼんやり2人を見ながら考えていると、小さめの男性がスマホを取り出し、時間を確認していた。

「ホテルのチェックイン9時だから、そろそろ行くぞ」
「はーい」

 返事をした男性が、私の方を見て会釈したので、あわてて私も「ありがとうございます!」と声を出して頭を下げた。私なんかにも頭を下げるなんて、礼儀正しい人だな……。


 家に帰り、同じく接客業をしている友人とビデオ通話しながら晩酌。お互いに翌日が休みの時は時間を合わせてダラダラと話をするのがいつからか恒例になっている。パソコンの画面に映る少し顔の赤い友人に、今日のあの男性2人組の話をした。

「今時珍しいね、そんな人」
「本当、びっくりしちゃった。でも、さりげなくそういうことできる人良いよね。わたしもそうなりたいわ」

 接客業はほとんどお礼を言われない。道を聞かれても、商品の説明をしても、「ありがとう」という言葉は相手の口から聞こえない。きっと当たり前だと思われてるんだろう。常にビル内のお店情報を把握していて、入ってくる雑多な商品のすべてを使ったことがあって、聞かれればしっかり説明できると思われてるんだろう。この努力分は給料に含まれていないのに。

「その人たち、この辺住んでそうな人なの? あの店の立地だと県外の人?」
「うん。ホテルのチェックインがどうのって言ってたから、県外の人みたいだった」
「残念。そういう素敵な人が常連になってくれたら嬉しいんだけどね。うちの服屋にも来ないかな」
「訛りとかなさそうだったから、東京の人なんじゃないかな? ちなみに、面食いなあなた好みでしたね」
「本当!? それ楽しみに連休明けから仕事頑張るわ」
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