「やっと叶った」1-4

文字数 2,331文字

 浅くもなかなか興味を惹かれる題名と共に内容を流し読み。
 ザックリとした内容では、ここ一ヵ月の間で指では数え切れないほどの人間が行方不明となっているらしい。行方不明者の共通する部分は、記載と添付されている右京区にあるトンネルへ最後に言い残していること。性別は女性が多く、悩みを抱えている子ばかり。トンネルの話は風の噂で聞いたりしたことが多く、ここ最近の話ではないとか。あるところでは有名となっているが、真相は不明。
 それ以上は記者の思い込みや感想が綴られているだけ。
 本屋で時間つぶし程度に読むのなら読み応えのある内容ではあるだろう。

「ふーん……お願いを叶えてくれるトンネル、通称『お願いトンネル』ね。願いを叶えてもらった者はあの世へ連れていかれると」

 ネーミングセンスのダサさと等価交換の大小の不釣り合いは後ろの女にでも押し付けておいて。
 しかし、文面からどうにも引っかかる部分が。

「あの世へ連れていかれるっていうのに、これまで死体は見つかっておらず。まるで」
「――神隠しに遭ったみたい、でしょ?」

 代弁してくれた彼女の顔には、含みのある笑みが浮かんでいた。
 これは……あまりいい方向に進んでいるとは思えないな。

「ふーん、あっそ。うんうん、そうか。神隠しね。まあ、毎年行方不明者なんて十万人もいるらしいぜ。見つからなかった人は千人くらいの統計が出ているらしいけどね。そう考えるとなんら不思議じゃあない。その雑誌を取材した記者が誇張させただけに過ぎないだけだよ」
「じゃあ、この一ヵ月で十人以上が同じ場所へ向かったと最後に残して消えたという点にはどう説明するの?」
「長い家出じゃない? 趣のある古都を代表する京都で大量行方不明事件を大々的に取り上げることにより、購買率のアップを見計らった作戦だろうよ。さっきもチラリと見えたが、その雑誌の表紙もいくつかあるゴシップ文の中でその記事が一番で取り上げられていただろ。つまり、そういうことだよ。これから夏が始まるってんで、余計に盛り上げていくつもりだろうぜ」
「家出じゃないかもしれないよ! だって、いなくなってる人は二十代。十代の子供は一人も入っていない、大人の女性ばかりが対象なんだよ!」
「これは僕の憶測だけど、その人たちもトンネルを行くとか言って、実は旅行ってのが口実だろ。悩みを抱えているとも書いてあった通り、仕事で上手くいっていないから意味深な言い残しをしているんじゃない」
「でも、でもだよ? こんな失踪事件が相次いでいるのにただの旅行の口実っていうのはあり得ないと思う。他の理由もいくつか考えてはみたけれど、やっぱりどうにも何か引っかかる……」
「真心ちゃんは、それが憑き物と関係していると言いたいんだね」

 力ない頷きと共に項垂れてしまった。
 沈黙と重苦しい空気が辺りを包み込む。
 誰かに助け船を頼もうと後ろの彼女へ向かって振り返るが、そいつの唇を尖らせた顔つきから「貴方のせいでしょうが」と言わんばかりの思いが汲み取れた。
 まあ、確かに僕のせいではあるんだけれど。しょうがないだろ。決して憑き物が原因とも言えないわけだし、全く無関係の僕らが首を突っ込むことではない。所詮は独り善がりだ。
 だがしかし。
 そんなこと、彼女が一番よく分かっている。例え自分の鬱憤晴らし、過去への懺悔、てめえの自己満足であっても目の前で手を伸ばしている人を放っておくことが出来ない。
 それが安心院真心だ。
 だから僕は、現実を突きつける。例え嘘が吐けないことであっても、彼女が傷付くと分かっていても。余計に傷付けないために。
 それこそ、自分の満足と懺悔。これが僕の使命だ。

「それじゃあ、ちょっと出かけるかな」
「どこ行くの? 授業は?」
「自主休講」
「それを俗にいうサボりっていうんだよ。しかも休んでいいの? 早めにサボり癖を付けたら後戻りできないよ」
「別にいいよ。この学校、特に思い入れも好きで入ったわけでもないし。ただ単純にまだ子供のままでいたいがための入学と現実からの退避。いくら休んだって構わない」
「ダメだよ。しっかり授業受けなきゃ。次は何? もし被ってなかったら付き合うよ?」
「真心ちゃんの隣で授業を受けるなんてこれほどない幸福の一時ではあるけれど、それでも今日は自主的に我がままを貫くことにした。あと、次は四限目。単位取得条件は期末レポート。一日休んだところで取り返しは十分につく」
「そう言って単位を落とす人がこの世に五万といるんだよ」
「そういうオタクはどうなのさ。授業は?」
「今日は先生が休みで一限目だけ。あとはフリーだよ」
「あっそ。じゃあ、途中まで送るよ。二条駅だろ? お迎え」
「そうだけど。授業はいいの?」
「はぁ……何と言うか、ねえ」

 僕もジレッタイクソ野郎だけれど、気付かない真心ちゃんもどうかと思う。

「僕は今、暇を持て余しているわけ。つまり、フリー。そちらのお迎えまで一緒ということだ」
「?」
「……話くらいは聞いてあげますぜ、お嬢様」
「…………っ!」

 もっとマシな台詞やストレートに言えないのか、自分の中でツッコミするのは置いておく。
 頭を掻きながら食べ終わったゴミをダストボックスへこぼしていると、後ろから肩を突かれる。振り向いてみるとそこには、浮遊霊がえくぼ付きで嫌らしい顔をしていた。

「何だよ」
「私、一周回って恰好付けようとする主様のこと大好きですよ」
「奇遇だな。僕も一周回ってぶん殴りたくなる自分が大好きでたまらない」

 回らずともこんな中途半端な自分をまずは修正しなくてはならいのでは?
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