八、スノウドロップ

文字数 8,699文字

「よかったじゃん! 月海。あの後、出版社からも特に何も言われなかったんでしょ?」
「はい。『花鳥風月とは別のドラマ化できる作品をすぐ納品する』っていう特約で、なんとか父も業界に残れることになりました。でも、五日であげる約束だったので、ほとんど寝られなくて」
「まぁ、お父さんにはいい薬になったと思うよ~? ボクは」
 楓梨先輩は素直に喜んでくれているけど、瑚己羽先輩はクリームソーダをかき回しながらクールにつぶやく。いつもの陽気で甘い感じの雰囲気じゃない。
 そう言えば、発表会のときもいつもとは思えないくらい本気モードだったな……。何かあったのだろうか? 私がじっと先輩を見つめていると、楓梨先輩も気になったようだ。
「どうしたんだ? 瑚己羽。なんかすねてないか?」
「もう! ふうちゃんも月海ちゃんもわかってないじゃん! ……この間の件がきっと、最後になったんだと思うから。菖姉と何かするの」
 いつも座っている奥の席。今日は誰もいない。いつもだったら本を読みながら七百円のコーヒーを飲んでいる菖先輩が。
今日は受験日らしい。菖先輩は本当にギリギリまで、私の小説に付き合ってくれたんだなと思うと、少しだけ申し訳ない気持ちになる。
「それに今後どうするのかもわからないもん……。雪咲会はボクら三人だけでやっていくことになるでしょ?きっと。 でも……花鳥風月は?」
「その、『花鳥風月』なんですけど」
 今まで話したことはなかったけど、今ならもういいかな。秘密というわけでもなく、本当に偶然だった話だから。
「気づいてましたか? 私たち四人じゃないと『花鳥風月』にならないって」
「え……」
 そう。花・鳥・風・月。花は菖先輩。鳥は瑚己羽先輩。風は楓梨先輩で、月が私。四人そろって『花鳥風月』。これも小説の内容通りだった。だから余計に愛着がわいたのかもしれない。
私の説明を聞くと、ふたりも「あ」と気づく。
「菖姉は気づいてたのかもね~。ボクも珍しく小説読んだけど、菖姉がすぐに『気に入った』っていう作品、あんまり聞かなかったから」
「ああ、そう言えばそうだな。『これは情報だ』とか『話題のものだから』って本はよく読んでたけど、月海の小説には固執してた気がする」
 でも、そんな菖先輩も卒業してしまうんだ。たった二、三か月だったけど、濃くてスリリングで、楽しかったな。
「で、でも、雪咲会は代替わりするんですよね」
「菖先輩の次は、月海。君だよ」
「わ、私?」
「ほ~ら、元から雪咲会は三人だったじゃん? ボクとふうちゃんと月海ちゃん。これで三人。ね?」
 三人……。そうだった。元々私は三人を遠くから見ていた存在だったじゃないか。雪咲会だけだったら私たちだけでもいい。それなら、花鳥風月は? 四人じゃなきゃ成立しない。リーダーというかヘッドがいないと、動けない。だったら……。
「花鳥風月は、解散なのかな」
 楓梨先輩がため息をつくと、瑚己羽先輩もクリームソーダをつまらなさそうにかき混ぜる。
「ヘッドがいないとチームにならないからねぇ。……といっても、ボクらの後輩で元ヤンは他の学校に行っちゃったし。雪咲会はこのまま三人編成だと思うけど、少し寂しいな」
 お通夜モードの私たちを、千種さんが遠くから見つめる。私が視線に気づくと、知らん顔でまたグラス拭きに戻ってしまう。千種さんだって、菖先輩がいなくなったら寂しいと思う。それとも平気なのかな? ただのお客のひとりってだけで。――そう言えば。
「あの、今更なんですけど、雪咲会ってどういう組織なんですか?」
「それはあたしが前に説明しなかった? ヘッドだった元レディース超絶美人をみんなが奉りあげて、『お嬢様クラブ・雪咲会』へと進化したって」
「その雪咲会……いえ、レディース集団・スノウドロップについては知らないので、聞いてみたいなと」
「あはは、あたしらの黒歴史を知りたいんだ」
「覚悟が必要だよぉ~?」
 ふたりは笑いながら私に詰め寄る。やっぱりヤンキー世界の裏側を知るのには覚悟がいる。ごくりと唾を飲みこむと、先輩たちの言葉に耳を傾ける。楓梨先輩は自分のスマホをスッと私の前に出すと、画像を見せた。それには特攻服を着た中・高生くらいの女の子が写っている。
「この人が主埜羽弩露斧(スノウドロップ)のヘッドだった人で、冬ヶ瀬学園初代雪咲会のトップだよ」
「へぇ、画像だとメイク濃いように見えますけど、本当に美人ですね」
 楓梨先輩が画面をスライドさせていく。瑚己羽先輩はその写真の状況を一枚一枚解説してくれる。
「これは、賄賂をもらった市議会議員を成敗したときのだね。次のは大手企業の社長をボコったんだっけ?」
「な、なんか偉い人ばっかり襲ってません?」
「だから、それが主埜羽弩露斧ができた由来なんだよ」
 瑚己羽先輩も大きくうなずく。説明は瑚己羽先輩から楓梨先輩にバトンタッチだ。
 楓梨先輩はストローに口をつけると、話を始める。
 主埜羽弩露斧の構成員……つまり、画像に映っているメンバーは全員お嬢様。しかも、襲撃した賄賂をもらった市議会議員や大手企業の社長の実の娘。つまりは自分の親や親類を成敗していたという。
「ボクたちはいわゆる『お嬢様』なわけだけど、その分親や親族が行っている不正も知っていた。世間にバレてなければいくらでも悪さをしていいと勘違いして、おいしい思いをする。そんなの間違ってる! って、初代ヘッドが立ち上げたのが主埜羽弩露斧だよ」
「スノウドロップ……花言葉は知ってるかい?」
 私が首を左右に振ると、先輩たちが教えてくれた。
「逆境のなかの希望、恋の最初のまなざし……そして『あなたの死を望みます』。ボクらは悪い大人を心底許せなかった」
「あたしたち『お嬢様』はただ、親に溺愛される存在なんかじゃない……っていう反骨精神? それでグレたわけ」
 今度スマホ画面に現れたのは、美人な三人の女子学生。制服はセーラー服に白いブレザー。冬ヶ瀬学園のものだ。これが初代雪咲会。そして、スノウドロップのヘッドと側近の素顔。
「今、この初代ヘッドは? どことなく見覚えがあるような……」
「去年の衆議院選挙に出馬したからじゃないかな? 見覚えあるのは」
「えぇ!」
 私はまじまじとスマホ画面を見つめる。そう言えば、無所属で出馬していた美人のポスターを見たことがある。それがこの人だ。
「詠観(よみ)先輩はスノウドロップ時代に倒せなかった相手を、表の世界で倒そうとしてるんだよ」
 詠観……そうだ。百城(ももしろ)よみ。元首相の、百城源一郎氏の孫娘だ。美人ではあるが、衆議院選挙には落選。美人過ぎてダメだったというやつだ。彼女がスノウドロップのヘッドということは、きっと、祖父の行っている悪行を白日の下に晒そうとしたのかもしれないな。
 私の想像は当たっていたようで、ふたりの先輩たちは目を見つめてうなずいた。
「あたしたちも、何度も源一郎氏の不正の現場を目の当たりにした。だけど、たくさんのボディーガードがいて、手出しできなかったんだ。だから詠観先輩は表舞台に上がったってわけ。あたしら後輩にこの組織を託してね」
 学園の雪咲会の本当の姿。スノウドロップというレディース集団だった。だが、ヘッドがいなくなり、『雪咲会』だけが学園に残った。そして代替わりしていき、今の菖先輩、楓梨先輩、瑚己羽先輩の代になったってことか。
「確かに倒さなくちゃいけない悪はいっぱいいるよ。でも、その前に守るべきものもある。ボクらはまず、守るべきものを守らなきゃいけないって、菖姉が言ったんだよ」
「それが、冬ヶ瀬学園の生徒だったり、あたしらみたいな仲間だったり。だから月海の小説に出てくる花鳥風月に惹かれたんだよ。でも、そんな菖先輩がいなくなってしまったら……あたしらだけで誰かを守ることなんてできるのかな?」
 楓梨先輩のつぶやきに、瑚己羽先輩もため息を落とす。
倒すべきもの。私にとってはお父さんだったのかなと今感じる。だからと言って恨むほどではないし、作品を取られていたことについても憎しみはない。
守るべきものは確かにあった。それが作品。でも今は、戻ってきた。私には倒すべき悪も守りたいものもない。こんな私が雪咲会に所属していていいのだろうか? もちろん花鳥風月にだっている資格はない。
「あの、先輩」
 私が顔を上げると、ふたりの先輩たちは慌てたような顔をする。
「待ってよ、月海。雪咲会を抜ける、なんて言わないでよ? 後任を選んだのは菖先輩なんだから。あの人にも考えがあるんだと思う」
「そうそう! ボクらだけだと今後の作戦だって考えられないし、月海ちゃんに抜けられたら困る!」
「でも私は――」
 私はどうしたい? 菖先輩みたいに、学園の生徒を守るなんてこと、できるのだろうか。私は小説だけは書けるけど、肉弾戦はできない。運動は苦手だし、楓梨先輩みたいに警察にコネもない。拳銃も使えない。瑚己羽先輩みたいにハッキングみたいな真似もできない。ハッキリ言って戦力外だ。
「すみません!」
「えっ! 月海!」
「月海ちゃん!」
 私はテーブルにお金を置くと、スノウドロップを出た。

部屋に入ると、ベッドの中に潜り込む。菖先輩が卒業したら、どうなるんだろう? 雪咲会
にいたところで、私は本物のお嬢様でもなんでもない。他のみんなとは違い、美人だったりかわいいわけでもない。本性はメガネで三つ編みのダサい子だ。趣味は小説を書くこと。文芸部の佐々木先輩や菖先輩は絶賛してくれたけど、こんな趣味、ネクラだ。
これから先、どうすればいいんだろう……。雪咲会にいても意味がない。私のいる場所は、もうどこにもない。雪咲会を辞めてしまえば、きっと今度は私がいじめられるだろう。だって、お嬢様のフリをしていたのだから。美しく咲いた花ほど、朽ち果てたとき惨めにしぼむ。私は美しく咲くことができたのだろうか。菖先輩みたいに凛として、自分を強く持つ可憐な花になれたのだろうか。
 私はまだ、自分に自信がない。ひとりで何かするという自信が。
 ああ、もう眠ってしまえ。何も案が浮かばないときは、眠るに限る。スノウドロップから帰ってきてしょぼくれていた私をお父さんが心配してくれていたが、今日は夕飯を食べる気すら起きない。明日になったら何かが変わっていて欲しい。そんな願いを込めて、私は目をつぶった。

ブブブ、というバイブ音がベッドに振動して、私は無理やり起こされた。時間は午前六時。もうこんな時間か。朝食を作らないと。と、その前にスマホの確認だ。
「ん……」
 身を起こしてメガネをかけ、スマホを見つめると、菖先輩からだった。
『普段通り迎えに行くので用意しておくように』。
 先輩、受験はもう終わったのだろうか。それに三年生はもう自由登校なのに。いつものファンのため、ってやつか?
「おう、今日は大丈夫か?」
「んー……まあね」
 挨拶をすると、先にトーストを食べていたお父さんが声をかけてくれる。私の分も朝ご飯は用意してくれていたみたいだ。昨日の夜食べていない分、少しお腹はへっている。席につくと、私は目玉焼きをトーストに乗せて、それを口に入れた。
「心配事があれば、お父さんに言えよ? 頼りないかもしれないけど」
「ありがとう」
 お礼だけ言うが、お父さんに相談して何か変わるとは思えない。小説を取り返したとき、私がレディースの格好をしていたのは知っているけど、他にももっと危ないことに関わっていたと知ったら、花鳥風月を脱退するようにいうかもしれない。やっぱり私は花鳥風月にはいらない存在なのか。それでも吹っ切れない自分に、もやもやする。
 朝食を済ませ、シンクに皿を置くと、インターフォンが鳴った。先輩たちだ。いつもは急いで扉を開けるが、今日はゆっくり。どんな顔で先輩たちに会えばいいのか、正直わからなかったのだ。
「おはよう、月海」
「もう、昨日はびっくりしたよ。突然帰るからさ」
「月海ちゃん、だいじょ~ぶ? 雪咲会とか、花鳥風月のことで悩んだりしてるんじゃない?」
 私は三人の先輩たちの顔を見まわして、うつむく。その仕草を見た菖先輩は、リムジンに
乗るように私を促した。
 運転手さんにドアを閉めてもらうと、さっそく車は走り出す。車内は無言だ。みんな菖先輩が話し出すのを待っているのだろう。私はというと、菖先輩の表情をうかがう事しかできないでいる。自分から話を切り出すのが怖いのだ。だって私は、雪咲会にも花鳥風月にもいらない存在だから……。
 ポットに入ったコーヒーをこくんと飲むと、ようやく菖先輩は口を開いた。
「月海はどうしたい?」
「えっ……」
 漠然だが、きちんとした答えを要求するような質問。先輩の目は、私の瞳を捕えている。少したじろいだあと、ぼそりとつぶやいた。
「私には向いてないと思います。雪咲会も、花鳥風月も」
 コーヒーを飲み終えた菖先輩は、ふうとため息をつく。鋭い視線を私に向けると、ぴしゃりと言った。
「私とは意見が違うな。私は月海こそが雪咲会にも花鳥風月にもいるべき存在だと思っている。だから、私は自分の後継者にあんたを選んだんだから」
「それがわからないんです! なんで私なんですか? 小説……作戦を考えるくらいだったら、私じゃなくてもいいじゃないですか。雪咲会にだって、他に適任者がいるはずです」
「……私の父が学園長だということは知っているな」
「はい、まぁ」
 突然の話題転換。学園長――菖先輩のお父さんと雪咲会や花鳥風月に、何の関係があるんだ? わからない、といった表情で菖先輩の話の続きを聞く。
「私が言うのも滑稽だが、冬ヶ瀬学園はお嬢様学園だ。四分の三以上の生徒の親が、社長だとか医者、弁護士、官僚など、高給取りの家に生まれている。数少ない『一般生徒』はごく少数。その少数の生徒を、お嬢様たちがいじめる。悔しいが、私たちも所詮お嬢様なんだよ。だから、一般の生徒の話をちゃんと聞いてあげられる存在……月海がいないといけないんだ」
 確かに私はクラスメイトがいじめられていたのを知っていた。無力な自分では助けられない。そう思っていた。そこで起きたのが立石さんの事件だ。立石さんはただ、一般の家庭に生まれたというだけでいじめにあって、援助交際までさせられていたんだ。出自なんて、自分でどうこうできるものじゃない。さらに言うなら、どんなに貧乏な家庭に生まれても、幸せに暮らしている家族だっている。その『当然のこと』が、ここの学園では通用しない。この学園評価されるのは、『お金』と『親のステイタス』、それと『美醜』だと何度自分に言い聞かせただろう。
「うちの学園に通っている生徒の価値観がおかしいのは理解している。冬ヶ瀬学園は小さな社交界だ。一般の生徒がそこにいることを、よく思っていない生徒も多い。だから、一般生徒である月海が雪咲会に入ることで、認識を改めて欲しいというのが私の思いだ」
 私はお嬢様じゃない。作家の娘ではあるけど、儲けてはいないし、特殊技能を思った親というちょっと違うジャンルだ。美醜についてもだが、もともとの私は三つ編みにメガネの地味子。先輩たちが三つ編みを解けというから、学園では解くようにはなったが。それに勉強も運動もできない。できることと言ったら、小説を書くことだけだ。
「……私が雪咲会にいることで、いじめは減ると思ってるんですか?」
「少なくても抑止効果はあると思う。横浜の事件があった後、あまりいじめられている生徒を見なくなった」
「まぁ、無視されてる~とかはあるかもだけどね?」
 瑚己羽先輩は新しいキャンディを口にする。
「でも、援交よりはいいと思う。それに、そういう子を見つけたら、あたしらが声をかけてあげればいいし」
 菖先輩はさらに続けた。
「いじめの問題だけじゃない。家族の問題も、恋の問題も……『想像力』を持っている人間じゃないと事件は解決できない。月海、あんたはその点でも合格だ。人の気持ちに立って考えられる」
「でも、花鳥風月は? 私は戦えませんよ?」
「あ、ああ……そのことなんだが……」
 菖先輩が珍しく言い淀んでいて、私や瑚己羽先輩、楓梨先輩は顔を見合わせた。花鳥風月は四人いないと成立しない。三人でも戦えなくはないが、私は戦力外。作戦を立てることくらいしかできないし……。それに、瑚己羽先輩や楓梨先輩は、まだ免許を持っていない。車を使う場面になったら、運転する人がいない。……まぁ、千種さんに頼むという手はあるか。
 菖先輩はあごに軽く触れると、はっきり宣言した。
「花鳥風月は不滅だ。私と楓梨、瑚己羽、月海の四人体制は変わらない。後継者が見つかるまでな」
 後継者って……菖先輩は大学へ行ってしまうじゃないか。それはみんな同じ考えだったようだ。
「菖姉、大学行きながら戦う気? 無理だよ」
「そうだよ。大学生は高校生と違って、忙しいでしょ?」
「まぁ、忙しくなりそうだな。冬ヶ瀬学園から後継者を探し出すのは」
 二年生の先輩たちが菖先輩に声をかけるが、先輩はもう決めてしまったみたいだ。こういう頑固なところは菖先輩の強みではあるけど、頑固すぎるのも困りものだ。
「だけど、冬ヶ瀬学園から後継者を見つけるって、どうやって? 先輩は大学に……」
「ああ、大学には行くさ。冬ヶ瀬学園系列のフェリア大学にな」
「フェリア?」
 そうか、フェリア大学に入学するって言う手があったか! 
私は隣駅にあるお洒落で小さなチャペルがついた大学を思い出す。フェリア大学は男女共学ではあるが、二年前まで女子大だったこともあり、男子率が少ない。それに、『お金持ち大学』とか『お嬢様大学』と揶揄はされているが、有名大学で偏差値も高い。冬ヶ瀬学園の系列大学だったら、菖先輩のお父さんも学園についてよく内情を把握しているだろうし、高校生の私たちの様子をうかがいにくることだって容易だ。
「合格通知が見たいなら、見せてやっても構わない。私は環境学部に入学することにした。まぁ、親も安心したみたいだしな。……ということで、花鳥風月は私が現役を引退できるようになるまで、今のスタンスで続ける。わかったな?」
「了解っス!」
「菖姉ともう少し一緒に居られるんだぁ~! よかったぁ♪」
 それぞれ喜ぶ楓梨先輩と瑚己羽先輩。
 菖先輩がいるのなら……私ももう少しだけ、続けてみようかな。ここから先は延長戦だ。私が成長するための、ね。今の私じゃただ作戦を練ることしかできない下っ端だ。けど、花鳥風月は私の作ったストーリー。自分の描いたストーリーの主役になり切るなんて笑っちゃうけど……人生は一回きりだから、私の人生のストーリーを、自ら描いてみたい。雪咲会と花鳥風月の一員としてね。
「菖先輩。私はただ、小説を書くことが好きなだけの、普通の生徒です。でも、これからはきちんと雪咲会や花鳥風月を支える存在になりますっ! 楓梨先輩も、瑚己羽先輩も、無力な私に力を貸してくださいっ!」
「言われなくても、だよ☆」
「あたしはスイッチ入ると厳しくなるけど、いい?」
「もちろんですっ!」
 菖先輩は私たち、次世代雪咲会を見て、満足そうにしている。そのとき、車が止まった。今日もきっとファンが待っている。私たちはセーラー服のリボンを正すと、仮面をかぶる。
「行きますわよ、みなさん」
 車のドアが開くと、そこにはたくさんの生徒たちが待っていた。

「……へぇ。月海がやる気を出したのか。これも計算か? お嬢」
 喫茶店スノウドロップのカウンターには、菖がいた。他にも数人、カウンターには座っている。
いつものメンバーには、ここへ来ることは言っていない。それに、もう時間は午後十時。補導されないように、一旦私服に着替えてから来たのだ。
「お嬢って、あのね……」
「まぁ、妹を呼ぶ言葉じゃないか」
 千種は他の客の相手をしながら、菖にジュースを出す。スノウドロップは夜、バーに変わる。それでもあまり儲けていないところが残念だ。しかし、だからこそこうして妹である菖の話も聞けるというものだ。
「雪咲会は、これからだんだんお嬢様組織ではなく、一般化していってほしい。それこそ本当にみんなが憧れる優等生だとかそういう人材が集まるようなね」
「花鳥風月はどうなんだ?」
「あれは当分、私が在籍する。千種、小さい頃言ってたよな。『アクションヒーローになりたい』って。私も、同じこと考えてたんだよ。だから、もうちょっと遊ばせてもらう」
「へぇ? だから親父が上機嫌だったのか」
「どういうことだ?」
 千種はカクテルを作りながら笑う。それにムッとした菖は、聞き返す。
「『菖は自分の手のひらので、いつまでもお遊びを続けていてかわいい』ってな」
菖はそれを聞き、余計イラついて小声で文句を垂れた。
「何がお遊びだ。私はいつでも本気だし、チャンスさえあればあの男を引きずり降ろしてやろうと思ってるんだ」
「それは心強いな。俺からも頼むよ。親父を引きずり降ろしてくれ。あいつの悪事は俺が聞いてるだけでも相当だ」
「そう思ってる千種こそ、いつ学園に帰ってくるんだ? 一応まだ親父が学園長ってことにはなってるけど、本当はあんたが……」
 菖は途中まで言って、黙った。千種の正体。それは――。
「まぁ、そのうちな! 俺はまだ、女子高生の溜まり場みたいなカフェを経営してるほうが楽しいんだ」
「このモラトリアムめ」
「お前もだろ?」
 兄妹はお互いの顔を見て、にやりと笑い合う。ふたりの思惑は完全に同じ。『いつかこのニヤリ顔を困らせてやる』という、根性の悪いものだった。
 
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