糖蜜入り揚げ団子

文字数 3,036文字

 

 蒼の里の馬繋ぎ場には、今日は毛色の違った馬達が繋がれている。
 草の馬と同じように空を飛ぶ異形の馬だが、こちらは草ではなく、全身鈍(にび)色の鱗におおわれていた。

 少し離れた集会所の広場に絨毯が敷かれ、宴席が設えられている。
 旅装を解いた若い男性が十数人、キョロキョロと落ち着かない感じで席に付いていた。皆、北方系の顔立ちで、髪や目の色は、蒼の一族に比べて碧(みどり)がかっている。


 坂の上の執務室では、今年修練所を卒業したばかりの見習いの少年が、そわそわと窓から下の広場を覗き見していた。
 坂を登って、執務室の統括者ホルズが、恰幅のいい身体を揺すりながらやって来る。

「ほぉい、ご苦労さん。交代してやるから、共同釜でご馳走のお相伴に預かってこい。お前の好きな糖蜜入りの揚げ団子もあるぞ」
「はい……あの、僕もあそこに、ちょっと参加して来てもいいんですよね?」

「ん?」
「だって『交流会』でしょ? 同級のピルカなんか、給仕で呼ばれたって朝から大騒ぎで、髪の毛をウサギみたいに結っちゃってさ。僕も、『竜使いの術』を持つ風波(かざな)の一族の方々と、お話がしたいです」

「ああ~~~」
 ホルズが困惑顔で額に手を当てた。
「お前、『交流会』って言葉、真に受けていたのか」
「えっ?」

「あのな、それ表向き。これってそんな爽(さわ)やかなモンじゃないぞ」
「???」



 集会所広場の上座。
 宴席より少し離れたテーブルに、蒼の里の長ナーガと、ホルズの父で前長のノスリが、斜向かいで座っている。

「こんなもので良かったんでしょうかね」
 長い髪のナーガは、いかにも妖精族の長という、優雅で凛々とした風貌。優し気な外観と裏腹な圧倒的術力は周辺部族も知る所で、蒼の一族の盤石な地位の礎となっている。

「まあいいんじゃないか、ナーガはあまり乗り気ではなかったんだろ?」
 対峙するノスリは、ホルズと同じく恰幅のいい庶民的な外見。長の血筋ではない中継ぎ長だったが、ナーガからの信頼厚いので、引退した今でも相談役としてこういう場に同席する。

 二人は、小鳥のように軽やかに宴席の世話をする娘たちを眺めながら、複雑な顔を見合わせた。
「風波の一族は、風の妖精の最も古い分派の一つ。申し入れは筋が通っていましたし、断る理由もありませんでしたから……ね」
「まあ、俺達に出来るのは、文字通りお膳立てだけだ。あとは、まあ……な」

 ひそひそ話している所に、客人の中で一人年配の、鉤型(かぎがた)に曲がった髭の男性が、酒瓶を差し出しながら寄って来た。
「蒼の長殿、感謝の一献(いっこん)を差し上げつかまつる」
 若者達を引率して来た、世話役の男性だ。

「いえいえ、この度は、遠路遥々……」
 長い口上の返盃の仕合いが始まってしまった。

「しかし、若者同士だけというのはやはり心許ないのでは? 私は娘達の親御殿と直接お話したかったですな。その方が話が早く進むでしょう」
「蒼の里では、若い者達に時間を掛けて自分で相手を見付けさせるのです。子供の直感力に勝るものはありませんから。大人が出張るのはその後です」
「そういう物ですかね」

 イマイチ不服そうな鉤髭(かぎひげ)の男性は、ナーガの前に座り、自分が今回の段取りを如何に苦労して進めて来たのかを語り始めた。
 社交辞令の苦手なナーガを気の毒に思いながら、ノスリは遠目に、今回の招集に快く集まってくれた娘達を複雑な気持ちで眺めていた。水差しを持ったホルズの末娘のピルカが、祖父である自分を見付けてウインクをする。



「は・・お見合い? あれって集団お見合いなんですか?」
 執務室の少年は、もう一度窓から宴席を見直した。

 ホルズも肩を並べて窓辺に立つ。
「ぶっちゃけて言うと、風波の男連中が、蒼の里に女の子を漁(あさ)りに来てんだ」
「うへぇっ」

「うへぇだろ? ナーガも最初渋ったんだがな」
「そりゃそうでしょう。ええーっ、ええーっ、高貴な一族って聞いて憧れていたのに」

 ホルズは肩をすくめた。
「高貴過ぎて、長年純血を守り過ぎたんだ。おかげで近年、子供がさっぱり生まれなくなったとか。さすがにヤバイと思い直して、ここ十何年かは他所の血を入れるようにしていたらしい。
 が、今度は血が薄まって、貴重な太古の術の継承が危うくなって来たんだと。それで同じ風の術を使う系統であまり交流のなかった蒼の里に、縁談の打診をして来たんだ」

「はあ……」

「風波(かざな)に伝わる竜使いの能力は、確かにお前さんが憧れるように唯一無二の代物だからな。あれはやっぱり守らにゃならんだろうし」
「…………」

「まあ、血が濃くなり過ぎる問題は、蒼の里だって多少は抱えている。次回はこちらの男性陣があちらに訪問する事になっているのだが……ああ、お前、行くか?」
「えっ、いいんですか?」

「いいぞ。ただし、多分お前一人だぞ。誰も行きたがらんだろうからな」
「な、なんでです?」
 いろいろ怖い想像をして、少年は青くなった。

「あちらに行ったら、こんな交流会なんて無い。決められた女の子が待っていて、お前が拒否しなければ即決、その日に祝言だ」
「ひえっ」
「そういう習慣の所だ。行くか? 行くんなら今話しておいてやるぞ」
「いえっ、いえいえいえっ!」
 少年は頭をぶんぶん振った。

「なんだ、面白くなりそうだったのに」
「面白いだけで僕の人生を決めちゃわないで下さい。祝言の用意をして待っているって、拒否出来ないの前提じゃないですか。どんな娘(こ)が待っているのかも分からないのに。
 えっと、その……女性も、術の継承の為に、能力に合わせて縁談を組むって事ですか?」

「いや」
 ホルズは声のトーンを落とした。
「風波の場合、術の能力は男性にしか継承しない」
「………」
「だから、あの部族の女性に対する色々は、蒼の里とは、随分、違う」

 少年は口を結んで、改めて広場に目をやった。食事が一段落し、女の子たちが自己紹介らしき事をしている。
「僕がもし女の子だったら、女性の扱いがそういう部族に嫁ぐのは、あまり積極的になれないです」

「確かにな。今回カップルなんて成立しやしないだろう。しかし蒼の里の女の子達が、『頭数合わせで集められただけです~』なんて態度を取ったら、身も蓋もないだろ? 
 だからピルカにも、皆を先導して明るく振る舞えって言ってあるんだ。見せかけだけでも盛り上げとかんと気の毒だろ、風波の若い連中が。せっかく遠路遥々来てくれたのに」

「………」
 少年はがっかりした息を吐き、窓から目をそらせた。
 なんだかなあ……竜って聞いただけで心躍らせていた自分が気恥ずかしくなった。
 そういえばナーガ様も、朝から浮かない顔をしていたっけ。

 と、反対側の放牧地から、誰かが坂を登って来る。よく見ると馬を曳いている。居留地の往来には馬を使わない決まりになっているのに、どうしたんだろ? 

 馬は何か荷物を積んでいる。そして馬の横を歩く二人は……ああ、リリさん? さっき術の練習をして来るとか言って居なくなったんだっけ。
 あとは……あれ? 外に仕事に出ている筈のユゥジーンさん? 何だか凄く怖い顔してる……






***草の馬***
 蒼の一族専用の空飛ぶ馬。七つの時に一人一頭あてがわれ、生涯を共にします。

***中継ぎ長***
 長の能力を継承する者が少なくなって、制度を継続させる為に無理やり制定されました。
 ナーガはやっと生まれた能力者という事で、蝶よ花よと育てられましたが、苦労人のノスリを尊敬しています。


 





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登場人物紹介

リリ:♀ 蒼の妖精 

蒼の長の一人娘。体質上成長が遅くて、いつまでもチビッコなのが悩みの種。

ユゥジーン:♂ 蒼の妖精 

リリの幼馴染。執務室の若手エース。リリにチョッカイ出しては追いかけ回される。

シルフィスキスカ:♂ 風波(かざな)の妖精 

太古の術、海竜の使い手。友人に頼み込まれて仕方なく訪れた蒼の里で、リリに出逢う。

出逢った瞬間変なスイッチが入り、一人だけ別世界を邁進。

ナーガ・ラクシャ:♂ 蒼の妖精

当代の蒼の長。リリの父親。能力は歴代長の中でトップクラスだが、父親としてはポンコツ。

ノスリ:♂ 蒼の妖精

先代の蒼の長。ホルズの父親。苦労人で人望が厚く、いまだナーガに頼られる。

ホルズ:♂ 蒼の妖精

ノスリの長男。執務室の事務を一手に取り仕切るスーパー管理職。


ピルカ:♀ 蒼の妖精

ホルズの末娘。ノスリの孫。同年代の娘達のリーダー格。祖母の作ったノスリ家女性の家訓に忠実。

リィリヤ:♀ 

ウスユキソウを輪にして指輪にするのが好き。

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