かくれんぼ

文字数 1,662文字

 おじいちゃんが死んで、お父さんの田舎まで慌てて帰る。そのせいで七夕祭りに行けなかったと、弟がずいぶんとふくれて宥めるのが大変だったけど、初めて乗るフェリーに興奮して機嫌が直り、わたしも一息つく。
 おじいちゃんというのはお父さんのお父さんなわけで、わたしや弟にとっては何度か会ったことがあるような、ないような、そういう遠い人だけど、お父さんにとってはとても近い人なわけで、わたしも、もしお父さんが死んでしまったら悲しいだろうなと思うから、いまきっと、お父さんは悲しいんだろうという推測くらいはできるし、だから弟がフェリーに興奮して楽しそうにしてたりするのは、たぶん今の状況において正しい態度ではないのだろうとも思うけれど、なにしろ子供なので、お葬式だからといって神妙にしてろというのもなかなか難しい話だ。
 おじいちゃんの家は山奥の大きな古い建物で、わたしも弟も何度かは来たことがあるらしいけど、小さい頃のことだし、わたしはギリギリなんとなく記憶にあるけど、弟にとってはほぼ初めて訪れる場所で、増築改築で入り組んだ構造をしているうえに、色んなところに古いガラクタが置きっぱなしになっているから探検にはうってつけで、弟はおじいちゃんの御遺体との対面もほっぽり出して、ひとりで勝手に探検に出掛けてしまう。
 お父さんは気丈に振る舞ってはいるけれど、やっぱりそれなりに憔悴してはいるようで、体力おばけの野生動物みたいな弟に構っている余裕はなさそうだし、お母さんもお父さんのフォローで手一杯で、必然的に弟の面倒を見るのはわたしの役目になる。
 初日はおじいちゃんの家や、その周辺の探検を嬉々としてしていた弟も、すぐに飽きてしまってお通夜まで持たない。グズグズとグズッて迷惑を掛けるので、わたしは大勢の親戚のおじさんおばさんたちがいる一階を離れ、邪魔にならないよう、二階の一番奥の客間まで弟を引っ張っていく。
 暇だ退屈だつまらないと駄々を捏ねる弟を、なんとか宥めすかせて二階に足止めしていると、不意に襖を開けて女の子がふたり顔を覗かせる。どちらも初めて見る顔だけど、たぶん親戚の誰かなのだろう。わたしよりは年下っぽいけれど、弟よりは年上かもしれない。
「退屈っちゃね」「一緒に遊ぼっちゃ」と、ふたりが笑う。弟が「なにして遊ぶの?」と訊くと「かくれんぼしよう」と、声を揃えて返事する。
「かくれんぼするなら、名前が分からないと」という弟の言葉に、ふたりは「そっちゃね。わたしはミワ」「わたしはエミ」と、名乗るけど、ふたりは良く似ているので、わたしにはどちらがどちらかよく分からない。
 これからおじいちゃんのお通夜だというのに、そんなことしてる場合なのかな? と、わたしはちょっと思うけれど、弟は「エリアどこまでにする?」と、やる気満々で機嫌も直っているし、正直なところ、わたしひとりで弟の面倒を見切るのはそろそろ限界だし、三人がかりで弟の相手をできればかなり楽だから、わたしも一緒になってかくれんぼをする。
「下は大人がいっぱいおるっちゃから、二階だけね」
 最初は女の子のうちのひとりが鬼になり、弟は簡単に見つかってしまうけど、わたしは最後まで見つからない。女の子がギブアップして、わたしは隠れていた天袋から這い出す。女の子の片方が「そんなとこ分かるわけないっちゃ」と言い、もうひとりが「次はヨシくんが鬼ね」と、言う。
 わたしは裏の裏をかいて、また同じ天袋に隠れる。襖を完全に閉じ、暗闇の中で耳をすませていると、弟の「ミワちゃんみーっけ!」「エミちゃんみーっけ!」という声が聴こえて、それっきり弟は消えてしまい、おじいちゃんのお葬式が終わると、わたしだけが両親と一緒に家に帰る。
 たぶん、弟はあの女の子たちの名前を呼んだから連れていかれてしまったのだろう。家にはまだ弟のものがそのまま残っているのに、両親は弟が消えたことになんの疑問も持っていないようだ。わたしも、そろそろ部屋が手狭になってきたので、弟の机を捨てようと思う。
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