千羽鶴の贈り物(8)

文字数 1,680文字

 金曜の夜は、体力を少し温存する心算で三十羽ばかりに押さえ、僕は早めに床についていた。
 僕はこの週末、それも土曜日の今日に全精力を傾けて大半を折り、誕生会開始までに残り百七十羽を折り切ろうと思っている。

 僕が朝食を食べ終わり、片付けを始めようとした時の事だった。僕の携帯に電話の着信があった。
 これは異星人警備隊のアプリではない。普通の電話、天空橋さんからのものだった。
「あ、鈴木君、どう? 大丈夫そう?」
「大丈夫です。日曜の夕方、誕生会までには、何とか持ち分を折り終ります」
「それじゃ遅いよ。だって、糸で繋ぐんだよ」
 僕はそれをすっかり忘れていた。折れば終りじゃない。その後があったのだ。
「これから、鈴木君の家に行っていい?」
「いいえ、そんな心配しなくても大丈夫ですって。日曜の朝になるかも知れませんが、徹夜してでも、必ず折りきりますから……」
「でも、鈴木君、怪我をしてるんでしょう?」
「え、誰に聞いたの?」
 誰がって、鳳さんしかいないじゃないか。我ながら馬鹿なことを言ったものだ。
「鳳さんと鈴木君が話してるのが聞こえちゃって、私が鳳さんに話して、教えて貰ったの。ごめんね、気付いてあげられなくて」
 ストラーダ隊員、その話、教えちゃ拙いでしょう?
「鈴木君たちが何しているか分からないし、多分手伝ってもあげられない。でも、折り紙位なら、私だって鈴木君のお手伝いが出来るんだよ」
「ありがとう天空橋さん、でも……」
「今から行くね」
 天空橋さんは、そう言って電話を切ってしまっていた。

 今からでは、部屋の掃除などをしている暇はない。
 洗濯物の部屋干しが無いのだけがせめてもの救いだ。食器はもう無視。部屋を眺めて、脱いだままの下着さえ無ければ問題なしだ。
 僕がこの最小限の準備を終えるや否や、家のチャイムが聞こえてくる。天空橋さんに違いない。
 今日の彼女はトレードマークの長い髪に、グレイのパーカーと少し短めのスカートという出で立ちで、いつもの制服姿より若干スポーティーなイメージがある。
 天空橋さんは、僕が玄関で彼女を出迎えると僕に申し訳なさそうに一言こう言った。
「ごめんね……」
 勿論、謝ってもらう理由なんてない。僕は彼女が来たことを迷惑になんか思っていない。ただ、ちょっと照れくさいだけなんだ。
「チョウ、彼女の謝罪は、別の意味だと思うけど……」

 僕はリビングに天空橋さんを招き入れ、折った折り鶴を入れた箱と、残りの千代紙をテーブルの上に置いて作業を開始した。
 天空橋さんは、僕の朝ごはんの片付けをしてから、僕の折り紙を手伝ってくれる。彼女は昨日のうちに五百羽折り切ってしまったとのことだ。恐らく、今日、僕を手伝う心算で無理して頑張ってくれたのだろう。
 そして、彼女はあくまで主は僕のサポートと言うスタンスで、昼飯をコンビニに買いに行ってくれたり、後片付け、お茶やコーヒーを淹れたりもしてくれた。僕はそんな彼女の、細やかな心遣いが本当に嬉しかった。

 そんな天空橋さんのフォローもあり、夕陽が傾いてくる頃には、何時しか終了が見えて来ていた。
「天空橋さん、今日は親父もお袋もいないので、ここで僕は徹夜も出来ます。だから後はもう大丈夫です。朝一に折った鶴を持って行きますから」
「駄目だよ、鈴木君は疲れてるんでしょう? きっと知らない間に寝ちゃうよ。そしたら、これまで鈴木君が頑張ったのが無駄になっちゃうじゃない? 全部折って、糸を通すまで一緒にいるからね」
「遅くなっちゃいますよ」
「そしたら、今日はおじさんも、おばさんもいないのでしょう? ここに泊めて貰おうかな、サーラの家に泊まるって、家に電話するから」
「え!!」
「嫌なら頑張ってね」
 いや、嫌ではないが……。そんな、僕には、この状況で、理性を保てる自信なんかない。
「冗談だよ。でも、そうなっても私は心配してないよ。鈴木君のこと信じているもの」
 それは、いくら、天空橋さんの信頼だって、僕には、無理だと……、思うのだけれど……。
 僕の心配を他所に、折り鶴は二人掛かりで何とか、八時前には千羽に到達することが出来たのだ。
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登場人物紹介

鈴木 挑(すずき いどむ)


横浜青嵐高校2年生。

異星人を宿す、共生型強化人間。

脳内に宿る異星人アルトロと共に、異星人警備隊隊員として、異星人テロリストと戦い続けている。

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