1.小梅、『舌切りスズメ』で危機一髪

文字数 3,741文字

 スズメに変身中のあたし(「機構」職員番号M2108、通称「小梅」)は、「スズメのお宿」から、これまたスズメ姿のM2415、通称、浩太を、外に連れ出した。
「浩太、おじいさんにご馳走するはずの料理は、どこに行った?」
あたしは、浩太を怒鳴りつけた。といっても、あたしたちはラムネ星で作られたクローン人間で、お互いはラムネ語のテレパシーで話すから、おじいさんに聞かれる心配はない。
 もっとも、お宿の中にいる3人の(今は、3羽に変身中の)新米クローン達には聞こえていて、連中が震え上がる気配が伝わってくる。

「みんなで食べました」浩太が、ケロリと答えた。
「食べた! なんで?」
「おいしそうだったから。ホント、おいしかったです。小梅先輩にも、食べさせてあげたかった」
―—あたしの分も、ないんか!

「それで、お酒は? お爺さんには手が届かない高級酒を用意してある」
「あゝ、あれは、いまいちの味でしたね」
「味見したんか! でも、残ってる。そうだな?」
「いいえ、飲んじゃいました。少しまずくても、酔えましたから」
そう言われてみると、スズメに変身した浩太の脚がなんだかレロレロしている。

 あたしは、天を仰いだ。今、「スズメのお宿」で親切なお爺さんの前に並んでいるのは、缶ビールと柿の種とポッキーだ。全部、「日本昔話成立支援機構」が職員のオヤツに100年前の地球から輸入したものだ。それのどこが、ご馳走なんだ! ここまでのあたしの苦労を、どうしてくれるんだ、このボケナスどもが!

 あたしは、地球の並行世界・ラムネ星から、時空転移装置に乘って日本の「むかし、むかし、あるところに」飛んできた。日本昔話『舌切りスズメ』の主役で、意地悪婆さんに舌を切られるスズメを演じるためだ。
 脇役の浩太と新米三人も、それぞれの時空転移装置に乗ってきた。時空転移装置は、時々、ラムネ星と地球の間の暗黒宇宙で消失してしまう。リスク分散のため、一人乗りが標準となっている。

 スズメへの変身は、地獄の苦しみだった。元々のあたしより身体が小さい動物に変身すると、全身が押しつぶされるような痛みに襲われ、気が狂いそうになる。それでも変身をやり遂げ、目ざす老夫婦の家に転がり込んだ。チュンチュン鳴いて可愛らしいしぐさをして、お爺さんとおばんに――いや、もっぱらお爺さんに気に入ってもらった。

 お爺さんは、『舌切スズメ』プロジェクトの企画書に書いてあったとおり、本当に、優しく親切な人だった。お婆さんの方は、優しいお爺さんが、よく、こんなひでぇババァと夫婦をやってられんなと思うくらい、冷たくて意地悪だったが、これも、企画書どおりでは、ある。
 
 あたしは、お婆さんが作った糊を全部食べて、お婆さんを怒らせた。おばあさんは、お仕置きだと言ってあたしの舌を切り、あたしは、山に逃げ込んだ。
 山にあたしを探しに来てくれたお爺さんと出会って、「スズメのお宿」に連れてきた。ここまで、企画書通りバッチリ進んでた。次は、お爺さんをご馳走で接待する段取りだったのに、肝心のご馳走が、ない!

 えっ、なんで、あたし達がこんな芝居をしてるかって? それは、日本が消滅するのを防ぐためだ。地球の現代時間は、2205年。30年前は、日本人の8割が昔話『舌切りスズメ』を知っていたそうだ。それが、2205年の現在では、6割を切っているという。
 日本昔話の5割が日本人の記憶から消えると、日本人と日本の国土がまるごと消えてしまうことが、理論的に予想されているのだという。
 それがラムネ星とどう関係するのか、サッパリわからないのだけど、なぜかラムネ星に「日本昔話成立支援機構」が出来て、あたし達みたいに変身能力を持ったクローン人間を作って、日本昔話を演じるクローン・キャストとして派遣するようになった。
 同じ昔話を繰り返し、繰り返し成立させて、日本人の記憶を補強しようってわけ。あたしが『舌切スズメ』を演じるのは、脇役だったころも含めると、これで、10回目だ。2205年の日本人はどんだけ頭が悪いんだと、あたしは、いつも呆れている。

 しかし、今日の『舌切りスズメ』が昔話として成立する見通しは薄くなってきた。肝心のご馳走をクローン・キャストのスズメたちが食べてしまったなんて、前代未聞だ。暗黒宇宙に張られた結界の中で、あたしたちの『舌切りスズメ』の進行を見守っている「昔話成立審査会」が、こんなプロジェクトを成功と認めるはずがない。
 と言っても、あたし達が勝手にプロジェクトを中断することは許されてない。「成立審査会」が中止と言ってくるまでは演じ続ける決まりになってる。あたしは、浩太に、「済んだことは仕方ないから、後を、なんとかしな」と言いつけ、気を取り直して「スズメのお宿」に戻った。

 あたしが中に入ると、おじいさんが、「これは、お酒じゃろうか?」と、ビール缶に手を出すところだった。「むかし、むかし、あるところの」日本人が、缶ビールを開けられるわけがない。慌てて止めようとしたが、間に合わなかった。
 ところが、おじいさんは、何の苦労もなく缶を開けると、シュワシュワ出てくる泡をすすった。おじいさんが、ちょっと微妙な表情になる。あたしの全身の羽根が震える。
 おじいさんは、ビールを、さらに、喉に送り込む。「おっ、いける。こんなウマい飲み物はじめてじゃ」と、おじいさんが、一缶を、いっきに空けた。
 今度は、おじいさんの手が、柿の種に伸びた。一口つまむ。「おお、こんなウマいものは、はじめてじゃ。こっちは、どうかの?」とポッキーに手を出し、「これは、珍味、珍味」と喜ぶ。
 浩太たちが、あたしには意味不明な歌と踊りをはじめた。これを、おじいさんが、手を打って、大喜びで見ているから、不思議だ。

 ビール缶が二ダース空になり、浩太たちが疲れてフラフラになったころ、おじいさんが、「ばあさんが待っとるで、そろそろ、帰ろうかの」と言い出した。
 あたしは、いったん「お宿」の外に出て、大きいつづらと小さいつづらを取って戻ってきた。どちらかをお持ち帰りくださいと勧めると、謙虚で欲のないおじいさんは、小さい方を選ぶ。すると、そこには、宝物が入っている。それを見てうらやましく思った意地悪なおばあさんが、翌日、「スズメのお宿」に来て、大きい方のつづらを持って帰ると、そこには、化け物が詰まっているというのが、企画書の展開だ。

 あたしは、おじいさんに、「おみやげにお好きな方をどうぞ」と勧めた。おじいさんが、「せっかくだから、大きい方にしようかのぉ」と言った。あたしは、心臓が止まりそうになる。親切なおじいさんのあなたが、ここに来て、あたしを裏切らないでください。

「昔話では、良い人は、みな、小さい方を選びます」と、浩太が、ニコニコしながら言った。あたしは、全身の血が凍りそうになった。どぉ~して、お前は、そんなネタバレをするんじゃ!
 ところが、おじいさんは、まったく不思議がらずに、「ほほぉ、それで、わしは、良い人かのぉ、それとも、悪い人かのぉ?」と浩太に尋ねるではないか。浩太が「もちろん、良い人です」と自信たっぷりに答えると、おじいさんは、「では、小さい方にせんと、いかんのぉ」と言って、小さいつづらを担いで、家路についた。
 おじいさんが山の中の細道を曲がって姿が見えなくなると、あたしは、ほっとして、あやうく変身を解除しそうになった。

 「審査会から中間指示」と、あたしが恐れていた言葉が、頭の中の異世界間通信装置から流れ出した。あたしは、息を飲み、身を固くして、次の言葉を待つ。「『舌切りスズメ』続行。引き続き、おばあさんに対処せよ」と、ラムネ星人の審査員が言った。
 あたしは、驚いた。驚いたあまりに、自分に不利になることを、思わず、問い返していた。「あたしたち、おじいさんに、ごちそうを食べてもらっていませんが」
「その点は、審査会でも議論になりました。しかし、企画書を良く読み直すと、あなたは、おじいさんをご招待するわけではありません。山の中で、たまたま会って、『スズメのお宿』に案内するのです。ですから、必ずしも、ごちそうが用意されている必要はありません。大事なのは、おじいさんが喜んでくれることと、小さい方のつづらを持ち帰ってくれることです」
審査員が、いたって、冷静な口調で答えた。

「小梅先輩、バッチリでしたね」ごちそうでお腹いっぱい、アルコールも大量に入って、上機嫌この上ない浩太が、話しかけてきた。
「結果オーライだっただけじゃない。これから、いったん、『機構』に戻って、意地悪なおばあさんにふるまうご馳走を用意するよ」
「えっ、ビールとおつまみが、まだ、残ってますよ」
「あんた、阿呆か。今度は、意地悪で欲張りなおばあさんが相手だ。ちゃんとした、ご馳走が、絶対、必要だからね。そして、今度、盗み食いしたら、あんたを暗黒宇宙に飛ばしてもらうからね」

「ひえーっ、今度は、マジにやります」
なんだ、今まで、マジにやっとらんかったのか!




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登場人物紹介

小 梅 「日本昔話成立支援機構」登録番号M2108

ラムネ星から「むかし、むかし、あるところの」日本にやってきて日本昔話の成立を助ける遺伝子改造型クローン人間(クローン・キャスト)の一人。

『舌切リスズメ』のスズメなど、もっぱら、動物変身が担当。

濃ゆい人間関係と組織の縛りが嫌いな、一匹狼だが、実は、他人の涙に弱く、困っている相手には、つい、手を差し伸べてしまうタイプ。

浩 太 「日本昔話成立支援機構」登録番号M2415

クローン・キャストの一人。

動物役、人間の脇役、人間の主役のすべてが務まるオール・ラウンダー。

それだけに、便利屋として使いまわされて50年のクローン寿命をすりつぶしてしまうのではないかと不安にかられている。

その一方で、かなりお調子者で、適当なところもある。

美 鈴  日本昔話成立支援機構登録番号2488

クローン・キャストの一人。

浩太と同じ日に培養器から出てきて、同じクローン人間養育所で育った、幼馴染。

心が優しく、無欲なタイプだが、浩太を気にかける思いが強すぎて、周りを巻き込んで迷惑をかけることも。

ア ユ 「日本昔話成立支援機構」登録番号M2297

小梅のクローン人間養育所での後輩。そのころは、弱虫、泣き虫だったが、今は、したたかな悪党に成長し、沙紀のワイロビジネスの手先を務めている。

沙 紀 「日本昔話成立支援機構」登録番号M2119

クローン・キャストの中でも指折りの美人。「乙姫」、「かぐや姫」などの美しい主人公を演じるスター・キャストの一人。

キャスティング部長と組んで、ワイロと引き換えにスターのポジションを提供する裏ビジネスをしている。陰で「日本昔話成立支援機構」の上層部、さらに、ラムネ星と地球が合同の「昔話成立審査会」ともつながっているらしく、非常に危険な存在。

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