童話:ヘリこぶた

文字数 3,019文字

 こぶたくんは自分がキライでした。こぶたのぬいぐるみなんかに生まれたくなかったし、こぶたのまま一生終わるなんてまっぴらごめんだって思っていました。小さなお店で兄弟たちと並んでいるところをおねえさんに買ってもらって、かわいがってもらっていたんですが、そういうことって、かえって「本当のぼくはこんなんじゃないんだ」ってこぶたくんが考えるようにしちゃうもんなんですね。

 じゃあ、こぶたくんは何になりたかったの? ですか。……こぶたくんは、ヘリコプターになりたかったんです。おねえさんがお出かけをしているお昼どきに、パタパタって音が近づいて来ると窓まで飛んでいって眺めます。え? 『ぬいぐるみは歩いたりしないよ』ですって? そうですね。みなさんが見ている前ではね。でも、だるまさんがころんだって遊び知ってるでしょ? ぬいぐるみはとっても上手なんですよ。

 冷たく澄んだ青空にきらきら光るヘリコプターが見えると、眠気がいっぺんに吹っ飛んで、カーテンのはじっこをつかんでずっと見つめます。

『いいなぁ。どこにでも飛んで行けるし、どこにでも降りれるんだ。どんな鳥だってヘリコプターほど大きくて、堂々としてないよね』

 そう、こぶたくんは空を飛んでみたかったんですね。空が飛べれば何もかも違った自分になれるような気がしたんです。いつも笑ったような同じ顔をして、おねえさんが楽しそうにその日に起きたことをお話してくれるのを聴いたり、たまにお話の途中に涙を流しているのを見つめていたりするだけの毎日がだんだんつまらなくなってしまったんです。

 ヘリコプターになったら、おねえさんを乗せて野山にピクニックに行ったり、夜の街をデートしたりしたいなって思ってたんです。そうしたらきっとおねえさんが悲しい顔をすることもなくなるんじゃないかって。

 でも、どうしたらいいかわかりません。わかんないんですけど、ヘリコプターを作ってる工場を見つけて頼んでみようって思いました。それである日、おねえさんの部屋の窓からぴょんって飛び降りて、歩いて行きました。

 街はずれの野原まで来たとき、ふと思いついて、来た道を戻りました。お部屋にうんせうんせとよじ登って、自分が置かれていた棚に開きかけたたんぽぽを置いて、また出て行きました。書置きの手紙の代わりに、おねえさんが夜に帰ってきたときにちょうど咲いているように。……

 なかなかヘリコプターの工場って見つかりませんでした。最初はおもちゃ屋さんに行って訊いてみましたが、本物のヘリコプターのことはわかんないって言われました。

 次に町の小さな工場に行きましたが、そこはネジを作っていて『ヘリコプターに使われてるかもしれないよ』と油で汚れた手をズボンの裾で拭きながら、おにいさんが笑いました。

 ずいぶん遠くまで歩いて、飛行場に着きましたが、ここじゃ作ってないんだよって言われました。

 でも、そこで場所を教えてもらいました。ヘリコプターの工場はとっても遠いところでした。田舎に行く電車に何時間も乗って、それから一両だけの気動車で山の方に向かいました。

 山に囲まれた終点から誰も乗っていない古いガタガタ揺れたバスに揺られて、ようやく着きました。工場は深い谷の中にぽつんと建っていて、なんだか高いビルが地面に沈んだような不思議な形をしていました。

 中に入っていくとしんとしていて、とてもヘリコプターを作っているようには見えませんでした。がらんとした倉庫みたいなところにおじいさんが古い木の机に向かって、何か書き物をしていました。

「こんにちは」
「ああ。何か用かね?」

 顔を上げて、小さなメガネ越しにこぶたくんをじろっと見ます。

「ぼくヘリコプターになりたいんです」
「やれやれ。とうとうぬいぐるみまで来たか」
「ほかにもそういう人が来るんですか?」
「来るさ。若いのも、年寄りも。何がいいんだ? ヘリコプターなんて」
「だって空を自由に飛べるじゃないですか」
「そんなもんじゃないんだが。……みんなそう言っても聞く耳持たんがね」
「やっとここまで来たんです。どうしてもなりたいんです」
「この前は家の中でずっと飼われてるイヌが来たからな。おまえさんもまあ悩みがあるんだろ」
「ぼくでもヘリコプターにしてくれますか?」
「ああ、かまわんよ。……ただし、元には戻れないぞ?」

 その言葉に大きくうなずいているうちに、こぶたくんは眠ってしまったようでした。思い出せないたくさんの夢がちかちかと舞い踊って、目が覚めるとヘリコプターになっていました。

 最初は新しい体になじめないで、うまく歩くこともできませんでしたが、やがてコツが飲み込めてだんだん空に舞い上がることもできるようになりました。……ヘリコプターになってから、いろんなところへ行って、いろんなことを経験しました。カメラマンを乗せて火事を見に行ったり、山で遭難した人を助けたり、恋人たちを乗せて大きな街の上を回ったり。

 でも、自由に飛ぶなんてことはできませんでした。ちゃんと言われた時間に、言われたとおりに飛んで行かないといけないのです。大空がこんなに狭いものだと始めて知りました。鳥よりも高く、飛行機よりも低いヘリコプターだけの道が見えるようになってきました。

 どこでも降りられると言っても、決められたところに決まったとおりにしか降りてはいけないのです。飛行機よりは自由で、鳥よりはずっと不自由なのがヘリコプターの生活だったのです。

『おねえさんの部屋の方が広かったかもしれない』

 格納庫の中で、だんだん薄らいでいく記憶をなつかしんで、そう思いました。鳥になればよかったのかなって思ったこともありましたが、きっと鳥は鳥で苦労が多いのさって思うようになっていました。……そう、夢が実現したこぶたくんは、もう夢は見なくなっていたんですね。

 ある日、パイロットを別の飛行場に運ぶというとても簡単な仕事をしました。冬だというのにぽかぽかとあたたかく、飛び慣れたコースをパタパタと飛んでいました。……突然、変な音が自分の中から聞こえました。ローターががくん、がくんと止まったり、動いたりします。コースをはずれ、どんどん高度が下がっていきます。体から油がこぼれているのがわかりました。

『ここは見覚えがある』

 おねえさんと一緒に住んでいた街でした。たんぽぽを摘んだ野原が飛び去り、お買い物によくついて行った商店街が真下に見えます。あの部屋に向かって落ちていくのがわかりました。――パイロットはそのすぐそばの小学校の校庭に不時着しようとしましたが、こぶたくんは初めてその指示に逆らいました。

『ぼくはどこまでも飛んで行くんだ』

 電線をかすめるようにしながら、揺れながら飛び、街の外の河原に落ちて、横向けに倒れ、ヘリコプターはすべての動作を終了しました。

 たくさんの人が集まって来て、遠巻きに眺めています。パイロットがころぶように出てきて片手を挙げると、わっと歓声が挙がりました。

「よかったな。無事で」
「うん。よかった。しかし、危なかった。うちなんかすれすれだったぜ」
「うちもそうよ。手を伸ばせば届きそうだったんだから」
「街に落ちてたらって思うと、ぞっとするわ」

 みんなが口々に言う中で、サンダルで走って来たおねえさんだけがぐしゃぐしゃに壊れたヘリコプターをじっと見つめていました。どうしてそれが気になるのか、自分でもよくわからなかったのですが。

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