第1話

文字数 2,714文字

 ぼくは『クロ』。(くろ)いしっぽとケモノの(みみ)()つ、オオカミのもののけだ。オスなのにからだが(ちい)さくてひ(よわ)だったぼくは、役立(やくた)たず、と一族(いちぞく)()てられ、(よわ)っているところを鬼の国の王子様(おうじさま)……シロ様に(ひろ)われた。


 シロ様は上品(じょうひん)羽織姿(はおりすがた)がかっこいい、若々(わかわか)しくてとてもきれいなオスの鬼だ。()はお月様(つきさま)のように神秘的(しんぴてき)金色(きんいろ)で、()(ひかり)にきらきらかがやく()(しろ)な長い(かみ)を、いつもみつあみにしているんだ。


 いつだって(やさ)しくて、ひなたぼっこをしながらぼくの(あたま)をなでてくれる。それがすごく気持(きも)ちよくて。


 勉強(べんきょう)(おし)えてくれた。文字(もじ)()めるようになったぼくは、ご(ほん)がだいすきになった。シロ様もそれは一緒(いっしょ)で、(かお)()せあって()んだ物語(ものがたり)感想(かんそう)を、にこにこしながら(かた)りあった。


 いつからかぼくは、そんなシロ様に(こい)をするようになった。


 シロ様に()れたい。シロ様の(うす)くて(かたち)(ととの)ったくちびるにキスしたい。ぼくの()ずかしいところを、いっぱいいっぱい(さわ)ってほしい。欲情(よくじょう)したとき、シロ様はどんな声音(こわね)(あい)をささやくの?


 ……でも、ぼくでは『だめ』なんだ。

 シロ様とぼくは、種族(しゅぞく)も、きっと(おも)いも、なにもかも『(ちが)う』。


 だって多分(たぶん)、シロ様が(おも)っているのは……。


「どうしました、クロ? 最近(さいきん)元気(げんき)がないようですね?」

 王家(おうけ)のお屋敷(やしき)のいつもの縁側(えんがわ)で、ぽかぽか陽気(ようき)とは裏腹(うらはら)にそんなことを(かんが)えていたら、そばにいたシロ様が心配(しんぱい)そうに、ぼくの(かお)をのぞきこんできた。

「っ、そんなことないよ、シロ様。シロ様と一緒(いっしょ)なだけで、ぼくはハートがハードにハードルぴょーんっていうか……!!」

「……よくわからないけれど、(うれ)しい、ということでしょうか?」

「そう、とっても大正解(だいせいかい)! うれしかったから、(いん)()んでみました!! ドヤァ、だよ!!」

「……ふっ。ふふふ。可愛(かわい)い、クロ」

「ドヤァ、ドヤァ!!」


 ぼくが必死(ひっし)にごまかしていると、ふわりと、(すこ)(にが)いような、大人(おとな)っぽい(こう)(にお)いが(ちか)づいてきた。ぼくは(はな)がいいから間違(まちが)えない。この(かお)りは。


「……おい、じゃれ()いはそのくらいにしろ」

「クレナイ!」

「……こ、こんにちはです、クレナイ様」


 クレナイ様は、()えるように(あか)(かみ)立派(りっぱ)(つの)()つ、和装(わそう)似合(にあ)う鬼の国の官僚(かんりょう)さんで、シロ様の(おさな)なじみでもあるオスの鬼。そして……。


「クレナイ、クロが(こわ)がっているだろう。(すこ)しは愛想(あいそう)よくできないのか?」

無理(むり)だな。お(まえ)王子(おうじ)職務(しょくむ)をほっぽりだして、(いぬ)っころと(たわむ)れているから、(いま)(はら)()っているんだ」


 シロ様が唯一(ゆいいつ)言葉(ことば)(くず)す――(こころ)(ゆる)している存在(そんざい)


 シロ様にはクレナイ様がいる。

 ふたりはとてもお似合(にあ)いだし、鬼でもないぼくは、この国の『じゃまもの』だから。

「あっ、えと、シロ様。ぼくがごめんなさいだから……()って」


 シロ様は名残惜(なごりお)しそうに、ちらちらとぼくを()ていたけれど。


「……お仕事(しごと)、すぐ()わらせてきますから。クレナイ、すまなかった。()こう」

 ぼくに()()けるシロ様。今日(きょう)のぼくは、なんだかそれが、すごく、たまらなく(せつ)なくて。()がついたらシロ様の(そで)()いていた。

「クロ?」

「……っ、シロ様、しゃがんで!」

「?」

「あの、あの……! お仕事(しごと)がぴゅーんって()わるおまじない!」

 ぼくの()()わせてかがんでくれたシロ様のほっぺに、ちゅっ、と(くち)づけた。

「……」

 シロ様はしばらくぴくりとも(うご)かなくて。

 不安(ふあん)になったぼくは、涙目(なみだめ)になってしまう。

「……め、迷惑(めいわく)、だった……?」

 シロ様は、ハッ、と(われ)(かえ)った表情(ひょうじょう)になったかと(おも)うと、にっこり(わら)って、(やさ)しくぼくの(あたま)をなでた。

「……いいえ。すごく元気(げんき)をもらいました。雑務(ざつむ)五倍速(ごばいそく)くらいで()わりそう」

 へにゃっと(くち)もとが、やわらかくゆるんでいる。これは、シロ様が本当(ほんとう)にうれしいときの表情(ひょうじょう)だ。ぼくのキスで、(よろこ)んでくれた……?


 (しあわ)せがこみあげて、胸が(あつ)くなる。

「ほんと!? じゃあ、いい()()ってるから! 今日(きょう)一緒(いっしょ)()ようね!!」

「はい、約束(やくそく)です」

「シロ様、だいすき!!」


 そう()って、()けだすぼく。

 (いと)しいシロ様。(いま)はクレナイ様が一番(いちばん)だとしても、未来(みらい)はわからない。

 (いのち)一回分(いっかいぶん)、しかも(かぎ)られた期間(きかん)しかない。だから、(いま)(こころ)に『すき』があふれているなら、(ひる)まず全部(ぜんぶ)(しめ)したい。


 ぼくは、()けない!!



✿✿✿✿✿



【おまけ】


執務室(しつむしつ)にて。(つくえ)()()し、身悶(みもだ)えるシロと、淡々(たんたん)書類(しょるい)整理(せいり)するクレナイ。


「クレナイ〜!! なんなんだ、あの可愛(かわい)すぎる()きもの〜!!? さりげなく私、毎日我慢(まいにちがまん)しているのだけれど!? やばい興奮(こうふん)する無理(むり)、もう(おか)していいよな!?」

()るか仕事(しごと)しろ」




【終】

ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

クロ


 弱っているところをシロに拾われた、オオカミのもののけ。

 シロがだいすき。意外と大人だったりする。

シロ


 鬼の国の王子。

 一見穏やかで、柔らかな物腰の紳士だが、内心ではクロをはちゃめちゃに想っている。

クレナイ


 鬼の国の官僚。

 正直、クロを構ってみたいし、シロにはガチで引いている。

ビューワー設定

背景色
  • 生成り
  • 水色