ぼくは『クロ』。黒いしっぽとケモノの耳を持つ、オオカミのもののけだ。オスなのにからだが小さくてひ弱だったぼくは、役立たず、と一族に捨てられ、弱っているところを鬼の国の王子様……シロ様に拾われた。
シロ様は上品な羽織姿がかっこいい、若々しくてとてもきれいなオスの鬼だ。目はお月様のように神秘的な金色で、陽の光にきらきらかがやく真っ白な長い髪を、いつもみつあみにしているんだ。
いつだって優しくて、ひなたぼっこをしながらぼくの頭をなでてくれる。それがすごく気持ちよくて。
勉強も教えてくれた。文字が読めるようになったぼくは、ご本がだいすきになった。シロ様もそれは一緒で、顔を寄せあって読んだ物語の感想を、にこにこしながら語りあった。
いつからかぼくは、そんなシロ様に恋をするようになった。
シロ様に触れたい。シロ様の薄くて形の整ったくちびるにキスしたい。ぼくの恥ずかしいところを、いっぱいいっぱい触ってほしい。欲情したとき、シロ様はどんな声音で愛をささやくの?
……でも、ぼくでは『だめ』なんだ。
シロ様とぼくは、種族も、きっと想いも、なにもかも『違う』。
だって多分、シロ様が想っているのは……。
「どうしました、クロ? 最近、元気がないようですね?」
王家のお屋敷のいつもの縁側で、ぽかぽか陽気とは裏腹にそんなことを考えていたら、そばにいたシロ様が心配そうに、ぼくの顔をのぞきこんできた。
「っ、そんなことないよ、シロ様。シロ様と一緒なだけで、ぼくはハートがハードにハードルぴょーんっていうか……!!」
「……よくわからないけれど、嬉しい、ということでしょうか?」
「そう、とっても大正解! うれしかったから、韻を踏んでみました!! ドヤァ、だよ!!」
「……ふっ。ふふふ。可愛い、クロ」
「ドヤァ、ドヤァ!!」
ぼくが必死にごまかしていると、ふわりと、少し苦いような、大人っぽい香の匂いが近づいてきた。ぼくは鼻がいいから間違えない。この香りは。
「……おい、じゃれ合いはそのくらいにしろ」
「クレナイ!」
「……こ、こんにちはです、クレナイ様」
クレナイ様は、燃えるように赤い髪と立派な角を持つ、和装が似合う鬼の国の官僚さんで、シロ様の幼なじみでもあるオスの鬼。そして……。
「クレナイ、クロが怖がっているだろう。少しは愛想よくできないのか?」
「無理だな。お前が王子の職務をほっぽりだして、犬っころと戯れているから、今は腹が立っているんだ」
シロ様が唯一、言葉を崩す――心を許している存在。
シロ様にはクレナイ様がいる。
ふたりはとてもお似合いだし、鬼でもないぼくは、この国の『じゃまもの』だから。
「あっ、えと、シロ様。ぼくがごめんなさいだから……行って」
シロ様は名残惜しそうに、ちらちらとぼくを見ていたけれど。
「……お仕事、すぐ終わらせてきますから。クレナイ、すまなかった。行こう」
ぼくに背を向けるシロ様。今日のぼくは、なんだかそれが、すごく、たまらなく切なくて。気がついたらシロ様の袖を引いていた。
「クロ?」
「……っ、シロ様、しゃがんで!」
「?」
「あの、あの……! お仕事がぴゅーんって終わるおまじない!」
ぼくの背に合わせてかがんでくれたシロ様のほっぺに、ちゅっ、と口づけた。
「……」
シロ様はしばらくぴくりとも動かなくて。
不安になったぼくは、涙目になってしまう。
「……め、迷惑、だった……?」
シロ様は、ハッ、と我に返った表情になったかと思うと、にっこり笑って、優しくぼくの頭をなでた。
「……いいえ。すごく元気をもらいました。雑務が五倍速くらいで終わりそう」
へにゃっと口もとが、やわらかくゆるんでいる。これは、シロ様が本当にうれしいときの表情だ。ぼくのキスで、喜んでくれた……?
幸せがこみあげて、胸が熱くなる。
「ほんと!? じゃあ、いい子で待ってるから! 今日も一緒に寝ようね!!」
「はい、約束です」
「シロ様、だいすき!!」
そう言って、駆けだすぼく。
愛しいシロ様。今はクレナイ様が一番だとしても、未来はわからない。
命は一回分、しかも限られた期間しかない。だから、今、心に『すき』があふれているなら、怯まず全部、示したい。
ぼくは、負けない!!
✿✿✿✿✿
【おまけ】
※執務室にて。机に突っ伏し、身悶えるシロと、淡々と書類を整理するクレナイ。
「クレナイ〜!! なんなんだ、あの可愛すぎる生きもの〜!!? さりげなく私、毎日我慢しているのだけれど!? やばい興奮する無理、もう犯していいよな!?」
「知るか仕事しろ」
【終】