柿本人麻呂の謎

文字数 2,509文字

 メガネの<ファイブドラゴンハインドPR(プラチナレア)>が黒騎士の背後から仕掛ける。
 漆黒の機体はニンジャハインドと同様だが、六枚の翼ですべるように天空を駆ける。
 三龍剣は水、火、風、土、光の属性を備えた<五色龍剣>に進化していた。

 ねじまき姫の<ピンクボトムドールGR(ゴールドレア)>、ハネケの<ホワイトボトムドールGR(ゴールドレア)>、夜桜の<ニンジャハインドGR(ゴールドレア)>は十二聖刀を駆使し、ザクロは<毛抜形太刀(けぬきがたたち)>、メガネ隊は聖刀<蕨手刀(わらびてとう)>を振るい、それぞれの固有技で黒騎士に確実にダメージを与えていた。

 何千回もチャレンジしているが、未だ勝てた試しはない。
 メガネには無限に続く敗退の時間に思えた。
 今回も残念ながらあと一息のところで、ねじまき姫の次元転移に辛くも救われた。

「信長様、これ、いつになったら勝てるんですかね?」

 ため息まじりにメガネが嘆いた。

「そうだの。わしが<天女の舞い>を踊らなければ無理かもしれないのう」

「え? そうなんですか? それなら早く踊ってくださいよ!」

 メガネは信長を睨んだ。
 第六天魔王と呼ばれた男にガンを飛ばすとはいい度胸である。
 魔人眼の赤い目で睨み返された。

「メガネ、そう慌てるでない。まだその時ではない」

 信長の表情はふっとやさしくなった。

「わかりましたよ。もう少し頑張ってみますよ」

 ぶーぶー言いながらも、次の戦いに備えて<ファイブドラゴンハインドPR(プラチナレア)>の整備をはじめるメガネであった。

(メガネ、お前の成長がこの戦いの趨勢を決めるかもしれないのう。本人は自分の成長に気づいてないようじゃが)

(ほんと、頼もしくなりましたね。メガネ君は)

 信長の思念波に清明の式神である雛御前が答えた。
 彼女はふと飛鳥時代にいる安部清明に想いを馳せた。
 あちらの方はどうなってるのか。
 この戦いははじまったばかりであることは確かであった。




        †
 

 
 
「柿本人麻呂? そんな名は聞いたことがない」

 三輪高市麻呂(みわのたけちまろ)は安部清明の質問に首を横に振るのみだった。 
 右手で杖をついて、少し右足を引きずっている。
 おそらく、壬申の乱の戦闘の古傷なのだろう。

 深緋色のゆったりとした(ほう)の上着に白い袴に黒い履をはき、黒い漆紗(しっしゃ)の冠をつけている。
 飛鳥時代の持統朝の朝服であるが、大三輪(おおみわ)大神(おおみわ)高市麻呂(みわのたけちまろ)とも呼ばれ、巻向、箸墓などで行われた天照祭祀を司る古代豪族三輪君の一族である。 
 そこはその箸墓遺跡のすぐそばである。

「おそらく、あなたがその人だと考えてるんですが」

 清明は高市麻呂をじっと見つめながら核心に触れる。
 彼は平安朝の青い狩衣に黒い烏帽子を被っている。
 神霊体から仮初めの身体を生成して実体化している。
 清明は柿本人麻呂について高市麻呂にひと通り説明した。

「私が柿本人麻呂? ははは、それは面白い冗談ですな。確かに、私もお上に諌言して筑紫に流されてますが」

 持統天皇6年(692年)の2月19日、高市麻呂は「農作の節に車駕を動かすべきではない」と持統天皇の伊勢行幸に諌言した。
 が、持統天皇はそれを無視して伊勢行幸を強行した。
 大宝2年(702年)の1月17日、高市麻呂は長門守に任ぜられた後、筑紫国に任じられている。
 持統、藤原不比等による実質的な左遷と思われる。
 伊勢で天照皇大神を祀り、新しい世を創り上げようとしたふたりには、古い伝統にこだわる高市麻呂を目障りだと考えたのだろう。

 柿本人麻呂といえば、万葉集で第一の和歌の名手であり、歌聖、三十六歌仙にも数えられる。
 それでありながら、朝廷の公式記録にはその名はなく、謎の人物とされている。
 誰でも知ってる有名な歌人でありながら、その素性がわかってないのだ。

 梅原猛著『水底の歌-柿本人麻呂論』では、人麻呂は朝廷の高官であったが政争に巻き込まれて、現在の島根県益田市(石見国)で水死刑にあったという大胆な仮説を展開している。

 が、柿本人麻呂は作家のぺンネームのようなものだと考えれば、彼の正体がおぼろげながら見えてくるのではないかと思う。
 三輪高市麻呂こそが、その有力候補のひとりである。

「清明殿、どうやら、また、刺客が来たようです。私の後ろに隠れて下さい」

 三輪高市麻呂は仕込み杖から直刀をゆっくりと抜いた。
 周囲に複数の殺気があった。

 その刀は呉竹鞘杖刀(くれたけさやじょうとう)、後に正倉院に納められた七星剣のひとつである。
 竹の包みに被われた木鞘に納められた仕込み杖刀である。
 聖武天皇が儀礼用に使用していた仕込み杖だとも言われている。

「高市麻呂殿、私も少々術を使えます。後陣はお任せあれ」

 清明は咒符(じゅふ)を取り出して息を吹きかけると、周囲に円陣のような陰陽守備陣が現れた。

「なかなか」

 高市麻呂も清明の怪しい術に物怖じしてなかった。
 歴戦の戦士の風格が漂う。

 一斉に農民姿の刺客が現れる。
 が、高市麻呂は迷わず突進し、左右に杖刀を振るう。
 そのきびきびした動きはとても役人のものではなく、壬申の乱の歴戦の勇士の姿が蘇っていた。
 まもなく、二十名あまりの刺客は(むくろ)となり、後には高市麻呂のみがすっくと立っていた。
 
「杖刀人―――そなたは天子を護る武人の家系ですな、高市麻呂殿」

 清明は高市麻呂の本質を見抜いていた。
 杖刀人とは五世紀頃、古墳時代の近衛兵の役職名である。
 埼玉県の稲荷山古墳出土の鉄剣銘に「杖刀人」とある。

「弟子にして下さい!」

 突然、安東要が駆け寄ってきて、高市麻呂の前に跪いた。

「………弟子?」

 さすがの高市麻呂もあっけに取られていた。
 清明は要のミニスカ姿に恥じ入っていた。
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登場人物紹介

 安東要(あんどうかなめ)


 東日本大震災後、名古屋に新政府を移し復興に務める若き民政党の総理。
 陰陽師、安倍清明の転生術で35歳→24歳に転生し過去に戻り、東日本大震災を防ごうと悪戦苦闘する。

 月読波奈(つくよみはな)

 通称≪ブスメガネ≫。今時、珍しい牛乳瓶の底のような丸いメガネをかけている。
 安東要が通う名門大学のラノベサークルの後輩で大学二年生の20歳である。

 安部清明(あべのせいめい)

 名護屋の清明神社で安東要の前に現れ、東日本大震災を防ぐという願いを叶えると約束する。

 神沢優(かみさわゆう)


 公安警察、秘密結社<天鴉(アマガラス)>のリーダー。

 メガネ君


 巨大小説投稿サイトのバイトリーダーメガネ君。
 秋葉原で安東要たちの戦いに巻き込まれ、行動を共にする。
 ネットゲーム<刀剣ロボットバトルパラダイス>の人型機動兵器<ボトムストライカー>の操縦に長けていたため、オタクたちと大活躍することになる。

 織田信長(おだのぶなが)

 某戦国武将だが、秘密結社<天鴉(アマガラス)>の剣の民でもある。

明智光秀(あけちみつひで)

本能寺変後に死ぬはずが命拾いし、僧となり<天海>と名を改める。

ザクロ

メガネ隊の副隊長で<刀剣ロボットバトルパラダイス>の廃課金プレーヤー。
メガネ君と共に人型機動兵器<ボトムストライカー>を駆って活躍する。

ハネケ

メガネ隊の新人。<刀剣ロボットバトルパラダイス>のプレーヤー。
金髪碧眼のオランダ人ハーフ。 

夜桜(よざくら)

メガネ隊の新人。<刀剣ロボットバトルパラダイス>のプレーヤー。
黒髪に黒いくさび帷子を愛用。 

カトウ

神沢隊の副隊長で<刀剣ロボットバトルパラダイス>の微課金プレーヤー。
たまに出てくるがさほど活躍しない。

雛御前(ひなごぜん)

安部清明の式神衆筆頭、ミニスカ十二単衣の美少女。

猫鬼(びょうき)

雛御前の使い魔で猫娘姿のコスプレをしている。

犬神(いぬがみ)


雛御前の使い魔で狼男のコスプレをしている。

魔女ベアトリス

見かけとは違う、この世界をも滅ぼすほどの強大な魔力を持つ。
媚術を使って人を虜にし操る。

リカウド・バウワー

魔女ベアトリスの親衛隊である<薔薇十字騎士団>の団長である。
めんどくさい性格でどこかユーモラスな所があるが侮れない力をもつ。

マリア・アドレラ

魔女ベアトリスの親衛隊である<薔薇十字騎士団>の副団長である。
秘剣<十字剣>の使い手。

魔導師アリス・テスラ

時空間魔法を使うチート魔導師。

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