第113話 3ヶ月と19日目 9月13日(日)

文字数 1,106文字

 やはり、と、言った感じだが朝小説をほんの少し書いたら、その後書けなくなった。
 ここで大事なのは「書けなくなった」が、1・「書く気はあったけど書けなかった」のか、或いは2・「書く気がなかったから書かなかった」のか、3・「単にさぼった」のかだ。
 今日の私の場合は1と3のミックスである。
 さすがに2はない。
 書く気はあったのだ。
 しかしテレビが見れるようになったのだから、今日くらい小説はいいじゃないか。
 そんなぁ、テレビくらい見たって。
 と、言うのも、私のテレビはぶっ壊れていてつい一昨日見れるようになったのである。
 しかしせっかく見れるようになったのに、テレビは詰まらないからニュースしか見ておらず、結局のところアメリカドラマのDVDを観ていた。
 とは言えアメリカドラマがどのように面白いのか、そのことは一旦脇に置いておこう。
 兎に角1日だらだらとして怠慢はいけない。
 明日こそ何処かへ出掛けなければ、とか、考えているうちに今日の競馬の開催時間もパチンコ屋の閉店時間も過ぎてしまった。
 うーん。
 いいのか悪いのか。
 無論競馬やパチンコで損をしていないのは良いことだが、何もしないのは良くない。
 とは言え肉体労働の翌日は身体全体が痛い。
 だから1日寝転がるのだ。
 この悪循環を何とかせねばなるまい。
 思うに金があれば問題は即解決するのだが、貧乏だけは如何ともし難い。
 金持ちであればマッサージを呼んだりエクササイズで身体をほぐしたり。
 或いはヨット遊びでも、乗馬でも、ゴルフでも、何でも出来るのだ。
 しかし貧乏な私にはそんな金の掛かることは出来ないのである。
 そう考えれば貧乏な私に出来ることと言えば、競馬場とパチンコくらいのものか。
 と、依存症治療中の私としたことが、不謹慎に過ぎる。
 しかし今思えば貧乏ですることがなかったから競馬依存症になったとも言える。
 そうか競馬依存症の治療には、金持ちになることが一番なのだ。
 よし。明日から私は金持ちになるぞ。
 と、阿保なことを言っていられるのも競馬やパチンコをしていないお蔭か。
 やはり今日の無事は阿保なことを言っていられる自分自身に感謝だろう。
 そして明日の無事は何処かに出掛けることで確実な筈。
 そうだ、取材があった。
 銀座へ行こう。
 それだ。
 気分だけでも金持ちになれるし、競馬依存症の治療にもなる筈。
 これは試してみる価値あり。
 気分だけ金持ちになることが依存症の自主治療になるなら、新たな治療法に銀座に出掛けることを加えてみよう。
 で、ついでに、田園調布と松濤にも行ってみるか。
 
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