(二・三)ゼットンフォーラム1

文字数 3,540文字

 そこで登場するのが、ブースカ仏会という訳である。なぜか。失意の中ゼットンフォーラムを退会したら、これだから宗教は嫌なんだよ、もう宗教なんか懲り懲り、って人もいるけど、中には本当に神様に縋り、真面目に信仰したかったって人もいる。そういう人たちの受け皿となっているのがブースカ仏会なのである。ブースカ仏会を選ぶ理由は種々あろうが、新興宗教団体の中では比較的悪い評判が少なく、勧誘の仕方もさほど強引でないのが先ず魅力である。それに駅前で布教している青年信者たちからも清潔、誠実な印象を受ける。そこいらがゼットンフォーラムとのギャップもあって、魅力的に受け止められる要因である。こうしてゼットンフォーラムを退会して間もない人たちが、次々にブースカ仏会へと入信してゆく。しかも元々真面目な人たちだから、まともな教団でさえあれば、信仰だって長続きするのである。
 しかし、面白くないのはゼットンフォーラムの佐谷教祖様である。しつこい性格の佐谷だから、退会した元信者の追跡調査なんて当たり前。また誰々がブースカ仏会に入信しました、などという幹部からの報告に歯軋りして悔しがる。くっそー、あいつら、ふざけやがって。何がブースカ仏会だあ、俺様の信者を横取りしやがって。てめえらなんざ、最後の審判で滅亡しちまえい、と逆恨み。教祖様のまなこには、ブースカ仏会への憎悪と嫉妬の炎がめらめらと燃え上がるのであった。
 加えて近年、ブースカ仏会の大都市部での活発なる布教たるや目覚ましく、まさに飛ぶ鳥を落とす勢い。しかしそれだけに、旧来から布教活動していた宗教団体との摩擦も大きい。現に渋谷駅前など、ゼットンフォーラムが布教する場所に於いてブースカ仏会とのトラブル、衝突、いざこざも増えている。こんな点も、佐谷としたら面白かろう筈がない。
 そもそもゼットンフォーラムは教祖様の御意向が反映し、他宗教に対しては甚だ不寛容であり排他的である。我がゼットンフォーラムこそ唯一無二の絶対的救いの教団であり、他宗教なんぞ認めない。はあ、ブースカ仏会だと。あんなもななあ、邪教であり、悪魔の教えなんだよ。だからいいか、てめえら気付けんだぞ、と事ある毎に信者には口を酸っぱくして説教している。その為幹部はおろか末端信者に至るまで、ブースカ仏会憎しで凝り固まっているから恐ろしい。それでなくてさえ街頭布教に於いて他宗教といざこざの絶えないゼットンフォーラムの布教尖兵だから、相手がブースカ仏会となったら、対抗心剥き出しとなるのである。
 そこへもっていよいよ、ブースカ仏会への憎悪がピークに到達した佐谷教祖様より、直々の報復指令が教団全員に下される。我は遂に悟り得たり。誠に遺憾ではあるが、先般から申してあった通り、あの忌わしきブースカ仏会、その正体は矢張り悪の化身であった。やつらめ、我らゼットンフォーラムの神聖なる人類救済活動をば妨害せんが為、我らの前に立ちはだかって来たのである。何より尊き我らが同志をばたぶらかし堕落させ、次から次へと連れ去っているのが動かぬ証左。ええか者ども、幾ら穏健派、平和主義者のこの佐谷であっても、最早黙って見過ごす訳にはまいりますまい。今やあやつらは、世界の愛と平和にとって最大の脅威であり、人類社会の危険分子と言っても過言ではない。それを悟り得た我らがこのまま指をくわえて放置するなど、決して許されざる無責任行為。なぜなら悪を許すということは、一種の罪悪を犯すことに他ならないからであーる。では、我々に課せられた使命とは一体何でしょう、みなさん、我が親愛なるゼットンフォーラムの同志諸君よ。それは、あの極悪非道集団ブースカ仏会をば、完膚なきまでに叩き潰すことであーる。ブラボー、ブラボー、流石、佐谷大先生……。ご静粛に、みなさん。それが世界平和とユートピア実現の為に必要なる一種の善行、功徳ともなる訳で、即ちこれもひとつの布教、人類救済活動でーす。以上、終わり。ばしっ。
 アイアイサー、ハイル佐谷、佐谷マンセー。わたくしはこの命を、ゼットンフォーラムと救世主佐谷様に捧げ切りまーーす。
 こうして決戦の火蓋は切られた。というか日本の大都市で日夜こつこつと布教活動に励むブースカ仏会信者への、ゼットンフォーラム信者によるあからさまな妨害活動が開始されるのである。とはいってもゼットンフォーラムとしても布教による新しい信者の獲得は重要。そこで的を絞って、取り合えず東京、大阪、名古屋のターミナル駅のみで行うことに。その方が効率的だし、関係ない地域では自分たちの布教に専念出来る。従って東京では上野、秋葉原、東京、品川、渋谷、新宿、池袋の各駅が対象となり、小規模な駅は除外された。これにて我らが祐天寺駅も、無益なる闘争に巻き込まれずに済んだのである。
 そして渋谷である。バルタン協会と同様ブースカ仏会も、JR渋谷駅の布教では、各改札口前、ハチ公前、地下入り口前等の要所要所に人員を配置している。バルタン協会の信者は律儀に男はスーツにネクタイ、女もブレザーやスーツ姿で布教しているから、一見して、ははん、バルタン協会だな、などと分かる。対してブースカ仏会の信者、三上哲雄のような仕事帰りのサラリーマンもいるにはいるが、布教しているのは大半が大学生であるから、カジュアルな服装が多い。だからこちらも一見して、あっ、ブースカ仏会かも、と見分けが付く。ここにゼットンフォーラムの信者が加わる訳である。時に揉めることも有るにはあるが、それでもお互い宗教法人、一般人に悪い印象を与えないように、警察沙汰になどならぬようにと心掛けつつ、今日まで何とか上手く各々の布教を展開して来たのである。
 ところが突然或る日を境に、ゼットンフォーラムの信者たちが、丸で悪魔に取り憑かれたかの如く暴走を開始する。それも布教中のブースカ仏会の信者のみを標的として。
 ハチ公前。「はい、そうなんですよ。ぼくもこの信仰を始めてから、それまでの悩みがすっかり消えましてね。そこで今こうして、たくさんの人にお話させてもらっているんです」
「へえ、それって凄くない。も少し詳しく聞かせてよ」
「何でしたら直ぐ近くにお参りする場所が在りますから。どうです、今からちょっと行ってみませんか」
「そうねえ……」
 一生懸命未信者をお誘いするブースカ仏会の信者。ところがそこへ強引に割り込んで「こんばんは、宜しければあなたに、愛の福音を述べ伝えさせて下さい」とか何とかゼットンフォーラム信者が未信者に話し掛けて来る。えっ、何やってんの、邪魔すんなよと困惑するブースカ仏会信者。
「あの、すいません、今ぼくが話してる最中なんですけど……」やんわりと忠告するも、ゼットンフォーラム信者は完全しかとで未信者に自分の話を続けるばかり。
「わたくしどもの教団では献金を強制することもありませんし、入会をしつこく勧めることもありません。おまけに美男美女揃い、あなた好みのイケメンもおりまっせ」
 はあ、これには未信者のおねえさんも興ざめ。
「結構です。折角ですけど急ぎますので」
 さっさと逃げてゆくおねえさん。後に残されたブースカ仏会信者と、してやったりのゼットンフォーラム信者。
「あのう、今あの人にはぼくが布教してたの、気付きませんでした」語気を強めるブースカ仏会信者に、ゼットンフォーラム信者はけれど白々しい。
「えっ、そうだったんですか、すいません。つい夢中だったもんで、全然気付きませんでした」などと頭を下げ、にこやかに立ち去り、絶対に敵意を見せない。
 かと思えば、通行人に声を掛けようとするブースカ仏会信者にわざとぶつかったり、横取りするように先に声掛けたり。それから酔っ払いをそそのかして、ブースカ仏会の女の子に絡んでいくよう仕向けたり。未信者の振りして近付き、延々と説明をさせたり、議論を吹っ掛けたり。これらのことをメンバーを替えて、一日中何度でもとことんやるから、ブースカ仏会としちゃ堪ったもんじゃない。
 弱り果てたブースカ仏会は警察に相談するも、そんな新興宗教のいざこざなんぞ知るもんか、お互い宗教なんだから仲良くやんなさいよと取り合ってくれない。駄目元でゼットンフォーラム本部に問い合わせてみても、身に覚えがない、我が教団を名乗る偽者ではないか、などと返って来るばかりで埒が明かない。うーん困った。しかし仕方がない、これも神様が与えて下さった試練、修行と受け止め、教団一致団結して乗り切ろうではありませんか。あくまでも宗教的に前向きにとらえ、くれぐれも争ったり対立したりせぬようにと青年たちには呼び掛けながら、何とか細々と布教伝道を続けるブースカ仏会であった。
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