第37話 高校3年生 大学入試前日

文字数 2,465文字

 2月上旬のとある日。
 俺と春香が大学入試のために東京に行くことになり、今、母さんが見送りに来てくれている。

 改札に入る前に、母さんが俺の肩をばんっと叩いて、
「じゃあ、頑張ってくるのよ」
 俺は苦笑しながら、笑顔で、
「うん。わかってる」と返すと、隣の春香も、
「おばさん。行ってきます」
と頭を下げた。母さんは、
「春香ちゃん。夏樹がだらけないようにちゃんと見張っといてね」
と言うと、春香が笑いながら、
「はい! 任せといてください」とうなづいた。

 母さんはうなづくと、俺の方を向いて、
「あんたは春香ちゃんの面倒をちゃんと見るのよ。いいわね?」
「もちろんさ」
とうなづくと、満足そうに、
「さ、遅れないように早めに行きなさい」

 俺と春香は改札を通り、ホームに上るエスカレーターにのる前にもう一度母さんの方に振り返って手を振った。
 エスカレーターが上がって行き、改札の向こうの母さんの姿が見えなくなる。春香が振っていた手をそっと下ろした。
「さ、春香。行こう」「うん」

 顔を上げる。新幹線が来るまで、あと15分。

――――。
「次は終点、東京」
 車内アナウンスの声に、眺めていた受験用ノートから顔を上げた。窓側の春香も読んでいた参考書をバッグにしまい始めた。

 もう東京か……。

 車窓から懐かしい東京の町並みを眺める。タイムリープ前には見慣れた光景。春からはまた東京暮らしだ。

 荷物を整えマフラーを首に巻く。春香の方は……、もう降りる準備ができているようだ。にっこりと微笑んでいる。

 新幹線がホームに入っていく。
「頑張ろうね」
「ああ」
 駅のホームに降りると、ちらほらと同じ受験生らしき姿が見える。冬の風物詩といってもいいだろう光景だ。

 二人でスーツケースを引きながら、JR乗り換え口へと向かう。今回のホテルは新宿にあるから中央線に乗り換えだ。
 春香がきょろきょろと周りを見ながら歩いている。ふふふ。まるっきりおのぼりさんだけど、まあ仕方ないよね。
 人混みの中を気をつけながら改札へと向かった。

――――。
 無事にホテルにチェックイン。試験日は明日で、帰るのは明後日の予定だ。
 もちろん部屋はシングル二つで、春香が角部屋で俺がその隣だった。

 部屋に入る前に、春香が、
「ねぇ。勉強にそっちの部屋に行っていい?」
「いや。そんなに広くないから、自分の部屋でやれよ」
「う~。じゃあ、お夕飯はどうする?」
「夕飯……。ちょうどいい。近くにラーメン屋があったな。そこに行こっか?」
「ラーメン? うん。いいよ」
 むふふ。久しぶりの豚骨ラーメンだ。時間は5時くらいにして、ついでにコンビニで買い物をして帰ろう。

「あ、そうだ」
と部屋に入りかけた春香を呼び止めてマスクを手渡した。
「これは?」
「ほら。部屋の中は乾燥するから。あとでポータブルの加湿器も持って行くよ」
「加湿器? もう、本当に夏樹は準備が良いよね」
 まあ、それなりにホテル暮らしした経験があるからね。


――――。
 すっかり暗くなるのが早くなった。けれども東京の街中は、色んなお店のネオンで明るくなっている。
 なぜか隣を歩く春香が緊張している様子だ。
 俺はそっと左腕を出すと、それを見た春香がぎゅっと腕を(から)めてきた。
「ふふふ。ちょっとしたデートだね」
 そう微笑む春香がかわいい。俺も上機嫌で豚骨ラーメンの店に入っていった。

「いらっしゃい」
 まだ早い時間帯なのでお客さんは誰もいない。カウンターのなかに二人の初老のおじさんが調理の準備をしている。
 春香をつれて適当に少し奥の席にすわる。メニューは豚骨ラーメンとトッピングしかない。
「ラーメン二つに卵をトッピングで。後で替え玉一つ。堅さは普通で」
「はいよ!」

 おじさんたちが作っている間に、脇に積まれているコップを二つ持ってきて、水差しから水を注ぐ。
 目の前の鍋からは蒸気が立ち上り、開きっぱなしになっている店の入り口からは外の喧噪(けんそう)が聞こえてくる。
 豚骨ラーメンは麺が細いのでできるのも早い。あっという間にラーメンができて、俺と春香の前に差し出された。
「どうも」と言いつつカウンター越しにラーメンを受け取る。

 豚骨の白濁したスープに細麺、その上には海苔とチャーシューと卵、キクラゲが乗っかっている。
「「いただきます」」
 レンゲでスープを一口。うん。うまい。(はし)(めん)をひと(つか)みして、レンゲの上に折りたたむように乗っけてスープと共に、ずずずっと口の中に運んだ。
 スープのうまみと麺とが混じり合って旨い。

「おいしいね」
 春香の頬がゆるんでいる。なぜか地元のラーメン屋には豚骨は豚骨でも醤油豚骨とかで、純粋な豚骨ラーメンってあんまりないんだよね。
 わずかな豚骨特有のくさみがあるけれど、ほとんど気にならないくらいだ。春香も大丈夫そうでよかったよ。

 それほど多い分量でもないのですぐに食べ終えて、替え玉をスープに入れる。
「春香も替え玉いる?」
「うん。もらう」
ということで替え玉一つ追加。
 そうこうしていると若いサラリーマンのお客さんが入ってきて、入り口近くに座った。

 全部食べ終わって、スープをちびりちびり飲んでいると、
「いよいよ明日だね」
と春香がラーメンどんぶりを真剣な表情で見つめている。
「そうだな。だが安心しろよ。俺と春香なら絶対合格するから」
と励ます。

 実際問題。今までの全国一斉テストの結果から言っても問題ないと思う。とはいえそれでも心配な気持ちはわかるけれどね。
「心配なときはプラス思考で行こうぜ。な、春香。……ちゃんと合格して二人で暮らそう」
「う、うん。そうだよね。プラス思考、プラス思考」
とつぶやく春香さん。お顔が赤いですよ。

 帰り際、お勘定をするときにおじさんが、
「明日、がんばんな」
と短く励ましてくれた。
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登場人物紹介

夏樹。『君と歩く永遠の旅』シリーズ、「時をこえて、愛する君のもとへ」主人公。

後に考古学者となる。チベットの某聖域で霊水アムリタの力によって神格を得て、時間を遡行して幼なじみの春香のもとへと――。

春香。『君と歩く永遠の旅』シリーズ主人公。「時をこえて、愛する君のもとへ」ヒロイン。

夏樹の幼なじみ。互いに好意を持っていたけれど、意気地がなくて告白できずに宙ぶらりんの関係のままだった。父親を亡くして悲惨な運命のうちに命を落とすも、霊水を飲んだ夏樹が時間遡行して――。

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