老婦人と青年Ⅱ

文字数 962文字

 その日から、青年は庭師として、老婦人のお屋敷に住みました。
 お手伝いさんは、青年のことを不審に思っていましたが、二人分の食事の手当てとしてお給料が増えたので、何も口出しはしませんでした。
 青年は、庭をすっかりきれいにしました。
 季節ごとに花が咲けば、その場所まで手をひいて、老婦人を外に連れ出します。
 青年にマッサージをしてもらうので、彼女の腰の痛みも和らぎました。
 毎日朝食をとった後、二人は庭を散歩します。
 午後は老婦人のそばで、ごろんと長椅子に横になり、青年は猫と昼寝をします。
 眠りにつく前に、青年がいつも老婦人にせがむ話がありました。
 その話を聞くと、とてもいい夢が見られるのだと青年は言います。

「どんな夢?」

 老婦人が尋ねると、

「わかりません。ただその夢を見たあとはいつも安らいだ気持ちになります。なつかしくて温かい。そんな気分で目が覚めるので、その夢をまた見たのだとわかるのです」

 青年は、夢の入り口に立ちながら、軽く目を閉じ答えます。

 老婦人は、子守歌でも聞かせるように語りだします。今までは、猫に語るしかなかった昔話を。

「この丘の先、さらに上りつめた場所に一本の大きな木があるの。とてもとても古い木よ。子どもの頃、その場所まで行くことは、私には大冒険だったわ。広い庭を抜け出して、丘の上にある木を目指したのよ。近くて遠い場所だった……。
 その木は町を見下ろして立っていた。小さな屋根が連なって見えた。何かつらいこと、悲しいことがあったときは、いつもその場所に立って、その木にもたれて町をながめたわ。
 やがて日が暮れて夜になると、小さな屋根の家々に、灯りが一つ一つともってゆく……。
 この小さな家の一つ一つに、灯りをつける人たちが住んでいる……。
 何だか自分の悩みがとてもちっぽけなものに思えてきたわ。
 その灯りの一つ一つが、やさしくて、あたたかくて……。
 気づけば私は、私の家の灯りを目指して家路についていたの……」

 青年は、もう眠りの中にいました。とても穏やかな寝顔です。

「ふふ、一体どんな夢を見るのかしら」

 老婦人は、青年にそっとブランケットをかけ、揺り椅子に座り直して目を閉じました。
 夢の中で老婦人は、少女の姿になって、あの木のところまで駆け出していくのです。
 誰かと待ち合わせているかのように。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み