【トーク版】二年少女~ギャラクシー・ファンタジア・オンライン~

第07話「戦場」

エピソードの総文字数=6,009文字

 遠くでグリフォンが鳴いている。

 おびただしい数の歯車と蒸気パイプに反射して輝く夕日。

 ウェストエンドの街の夕暮れは輝きに満ちていた。


実数は把握していないけど、[BRITZ](ブリッツ)はギルド員40名くらいの小さなギルドだクマ。アップデート直後の週末と言うのを考慮しても、多くて15名くらいしかINしてないと思うクマ。たぶん10名ほどと予想するクマ

 18人の物々しい臨戦態勢の集団の先頭をピンク色の髪の身長140cm程しかない可愛らしい少女と、2m程もあるクマの着ぐるみが歩いていた。

もっと多いんじゃねぇか? ウチは28人の弱小ギルドだけど、それでも18人INしてるぜ?

 少女の口から可愛らしい外見には似つかわしくないゴツいおっさんの声が発せられる。

 ギルドマスターのシェルニー。某人気魔法少女アニメのキャラクターを模した外見だが、彼女の中身は30代中頃の現役ガチムチ消防士だ。

……シェルニー、勘違いしちゃいけないクマ。 ボクらは……いや[もえと不愉快な仲間たち]は特殊なんだクマ。廃人どもがもえのIN時間に合わせてわらわらとログインするんだクマ。普通はそんなにIN率は高くないクマ
ボクらでいいって。あつもりは今でも[もえと不愉快な仲間たち]の名誉メンバーだからな。……しかし、10人程度なら力押しで行けるな

 首を左右に傾け、ゴキゴキと鳴らしながらシェルニーは思いを馳せる。

(あぁそうだった。確かにウチも昔は常時10%以下のIN率だったな。もえちゃんが現れる前は……。もえちゃんのおかげで、小さいながらも賑やかでゲームを楽しめるギルドになったんだ)
シェルニー、我々は今、人質を取られている事を忘れてはいけないのですぞ。この状況で力押しなぞ愚の骨頂。まさにドアホウなのですな

 2歩後ろを歩いていた革製ベルトとスチール製バックルだらけの男が、シェルニーの言葉を聞き咎める。

 ハイハットの下の単眼鏡の位置を直し、その男、コロスケ伯爵は[レアリティ8]調髪鋏シザーハンズをガチャリと背負い直した。

わぁってるよ! でも俺らはストラテジーゲーマーでも戦略家でもねぇ。人質奪還作戦つったって人質の場所すらわからねぇ。でも時間もねぇんだ。正面から挨拶して、後は野となれだってんだよ! いざとなったら力押しも出来るって、そういう意味だろうが

 確かに、話し合った末に長時間の交渉はこちらの不利と判断して全戦力で状況に当たることを決めたのだが、まだ交渉を諦めたわけではない。

 戦力で倍近い差があれば、金品で話が付く可能性も低くはないだろうと言うのが、彼らなりに無い知恵を絞っての結論だった。

 だが誰もその結論に自信が持てていなかったのもまた事実。

 いつも無駄口の多いケンタですらじっと押し黙っていた。


 シェルニーはそんな雰囲気を何とかしようと、無理矢理に無駄話をふる。

ところであつもり
何だクマ?
おめぇいつから語尾にクマとかつけて喋ってんだ?
 表情の読めないクマの着ぐるみが疲れた表情を浮かべ、大きく肩を落としたのが後ろからも良くわかった。
……今日シェルニー達と再会した瞬間からだクマ……。ツッコミ遅いクマ……
おーわりぃ。やっぱネタだったか。すまんな、状況が状況だけによ。……まぁもう普通に喋っていいぞ
……こんな中途半端なところで、今更やめられないクマ……

 これから人質の奪還に向かうという緊迫した状況にもかかわらず、メンバーに笑顔が覗く。

 最後の陽光が山の端に消え、時計台の鐘が7度目の余韻を長く響かせるころ、ギルド[もえと不愉快な仲間たち]のメンバー全員がたどり着いたのは自称暗殺者ギルド[BRITZ]のギルドホール前だった。



 あつもりの呼びかけに応え、ブリッツのギルドホールから現れたのは3人の忍者だった。

 中央の男が一歩前に進み出る。全員が胸につけている紋章は十字手裏剣と日本刀がデザインされたものだが、この男の紋章にだけ赤い中隊長マークのツノが付いていた。

 たぶん、ギルドマスターなのだろう。

ほう、貴様らがあつもり殿の知り合いだったとはな。罪人を引き渡す気はないが、あつもり殿の顔を立てて話しくらいは聞いてやろう

 声に嘲笑が含まれている、いや、嘲笑そのものが言葉となってあふれていると言っても良いだろう。

 この声は嫌いだとシェルニーは思った。

そっちのメンバーが命を落としたのは申し訳ないと思ってる。謝罪や、なにがしかの心づもりを渡す用意もある。だが、その前に不意打ちを受けたのはこっちだってのも分かってくれ。どうだろう、うちのメンバーを返してもらえないか? 代わりに俺達の持っているものなら何でも差し出そう。それで手打ちにしてくれや
 赤いツノの忍者は隣の黒装束の耳打ちを受け、何度かうなづくと、くつくつと喉の奥で嫌な笑い声を漏らした。
この[新右衛門]の報告では、我々が依頼された[追放]を行っている最中に、蘇生呪文をかるなどの邪魔をされそうになったため、依頼主の苦しみを長引かせないために()む無く反撃をした……と言うことだが?
いや、ちょっとまて。まずその[追放]ってな何だ?
昨日からログアウトできないのは知っているな?

 問いかけに答えるように[新右衛門]と呼ばれた忍者が代わって進み出る。

 シェルニーは黙ってうなづいた。

この世界で死亡すれば元の世界に戻れる。しかしGFOのシステム上、自殺は出来ない。町の外に出ればモンスターに殺されることは可能だが、周辺にはレベルが低いモンスターしかおらん。この世界では元々のGFOには無かった『痛み』があるから、速やかに死亡したい。我々はその望みを叶えてやっている。それが[追放]だ
それは前提が間違ってるクマ
 あっけにとられるシェルニー達だったが、一人あつもりが反論をする。
……あつもり殿、先程から気になっていのだが、その語尾のクマと言うのは――
――語尾は関係ないクマ!
 新右衛門の質問を食い気味に遮ると、あつもりはジロリと周囲を見回して言葉を続ける。
……コホン。ボクもさっき確認したけど、現実世界のWebラジオ情報ではゲームにログオンしたまま意識不明になった人の中で、意識を回復した人は今までに一人も確認されていないクマ。それどころか反射機能すら失われて植物状態に陥った人や死亡者も多数報告されてるクマ

 あつもりは肩掛けバッグから[蒸気ラジオ]を取り出しスイッチをひねる。

 ちょうど19時のリピート放送がまさしく今あつもりの口にした情報を告げている最中だった。

――残念ながら未だ意識を回復された方は確認されていません
GFO世界で死んだものは、現実世界に戻ったりしない! ……クマ
そんな! ……御館様……?

 あつもりの言葉とラジオの声に怯んだ新右衛門が、確認するように赤いツノの忍者を振り返る。

 赤いツノの忍者はその場にいる全員の視線を受けて数瞬の間体を震わせていたが、ついに笑いが堪え切れないとでも言うように吹き出した。

ぷっ……ブゥーーーッ!
御館さ……[雷神]お前!?
 すべてを悟ったように新右衛門が叫ぶ。
ブッ……くっくくっ……なんだこれは!? 何の茶番だ!? だいたい分かるだろう、ポリゴンデータやアバターではないのだぞ? 現実に肉体を持っているのだ。殺せば……死ぬのは当然だ! ……殺したんだからなぁ!

 その[雷神]と呼ばれた男は、背中の忍者刀を抜き放ち、ゆっくりと横に移動する。

 あわてて身構えたシェルニーたちの一瞬の隙をつき、雷神は一気に加速して走りだした。シェルニーたちも後を追うが、最初の一歩の差は、致命的な距離の差となった。

 呆然と見送る新右衛門ともう一人の忍者にケンタは詰め寄る。

もえさんは!? もえさんはどこっすか!?

 震える新右衛門が指差したのは、やはりと言うか、一番居てほしくない方向。それは雷神の走りゆく先の建物だった。


  ◇  ◇  ◇


 ボイラー室のパイプを照らすランタンが瞬く。

……大丈夫、私も……私も殺してしまったんです。皆で協力すれば、償える未来もあります。きっと。一緒に償いましょう
 もえは、床に突っ伏したまま声にならない泣き声を上げるカグツチのそばに膝をつき、ワイヤーで縛られた血の滲む両手で一生懸命彼の頭をなで、慰めていた。
……俺は何人も殺してしまった。ゲームだから。人を刺し殺す経験なんか今しかできないと思ったんだ。でも……ここは……ゲームなんかじゃなかった

 顔を起こしたカグツチを、縛られた両手で抱きしめる。

 もえの胸に顔を(うず)め、彼は激しく泣きじゃくった。


 もえも涙を流し、ただカグツチを抱きしめる。


――人を殺してしまった。


 そのあまりにも大きすぎる罪に、二人はただ後悔の涙を流し続けた。

 やがてカグツチは何度か大きく深呼吸をして泣き声を無理やり止める。

 もえの胸から顔を上げずに、カグツチは呼吸を整え、口を開いた。

……もえさん俺……償えるかな……?
償わなきゃ……いけないんです。……あなたも……私も

 数分ほどそのままお互いのぬくもりを感じていたが、やがてカグツチは耳まで真っ赤にして立ち上がり、部屋の奥へと歩いてゆく。

 もう一度大きく深呼吸をすると、意を決したように壁にかかっている鍵の束手に取り、振り返った。

このままここにいちゃダメだ。俺と二人で逃げよう。もえさん


  ◇  ◇  ◇


 GFO世界では、[忍者]の移動速度は一部の移動用アイテムや一瞬だけ使えるスキルによる加速を除いて最速だ。

 暗闇の中、雷神は瞬く間にシェルニーたちを引き離し、もえを監禁している建物に到着した。

おい! 見張り! 女を引きずり出せ

 ドアを蹴り開け、見張りのカグツチに命じる。

 カグツチは今まさにもえを縛るワイヤーを壁のパイプから外したところだった。

貴様! 何をしているか!

 怒号一閃、雷神の刀はカグツチの背中を切り裂き、吹き飛ばす。

 壁と床にバウンドし、背中から血を吹き出しながらカグツチは部屋の奥へと転がり、そのまま動かなくなった。

カグツチくん!

 パイプから外れたとはいえ、未だ両手両足はワイヤーで縛られたままのもえは雷神に髪の根元を引きずられながら叫ぶ。

 雷神はもえを引きずり起こすと首筋に日本刀を押し付け、建物の外に出た。

……まぁ貴様ら慌てるな。慌てると間違えて刺し殺してしまうかもしれんぞ

 余裕を持ってゆったりとそう告げる雷神が表に出ると、建物の前には[もえと不愉快な仲間たち]のメンバーが勢揃いしていた。


 下着姿のもえを見て色めき立つギルドメンバー。

もえちゃん! 大丈夫か!
もえさん!
忍者ぁ! あんただけはっ! 絶対に! 許せねぇっす!
俺のもえを! ゆるさんクマ!
もえ……の……下着……ブフッ(鼻血)

 雷神はもえを抱える左手に忍者刀を持ち替えると、空いた右手で腰の布袋をゴソゴソと探る。

 最後のプルフラスの言った「かっこはなぢかっことじ」と言う言葉に、雷神は面白くもなさそうに周囲を見渡した。

貴様ら……緊張感がないのだな。事実を知っていても理解できないのか、それとも理解したくないだけなのか
 懐から取り出したのは、ちょうど1リットルの牛乳パック程の大きさの八角柱の金属物。
まぁいい。私はもう十分楽しんだ。この世界から[追放]してもらいたい。だがな、厄介なことに私は誰かに負けるのは我慢ならんのだよ
 金属物を脇に挟むとカチカチと数回ひねる。
生憎とGFO世界では自殺が出来ない。負けるのも嫌、自殺も出来ない。ならば……
 金属片に[10]と言う数字が光る。
誰かを殺す巻き添えで死ねばいい! これで終わりだ!

 もえはその金属物にやっと思い当たった。

 グレネードランチャーの換装武器[フレシェット弾]だ。

 フレシェット弾は中規模爆発によって広範囲に金属片を撒き散らし、金属の防具を装備していないものに大ダメージを与える。

 そのダメージは、対人攻撃としてみれば、最強の部類にカテゴライズされるほどのものだった。

みんな逃げて! これは金属片を撒き散らす対人弾です!
 その一瞬、雷神に抱えられ叫んだもえを後ろから突き飛ばし、もえと共に地面に転がるものが居た。
……もえ……さん……伏せ……て!
 背中の傷で満足に身動きもできないはずのカグツチが、驚くもえの上に覆いかぶさり、身を挺して爆発から守ろうとここまで走ってきたのだった。
バカめ! 人間一人くらいの防壁でフレシェット弾が防げるとでも思ったか! お前も一緒に[追放]されるがいい!
 コマ送りのようにゆっくりと、地面にフレシェット弾が突き刺さり、中規模爆発が発生する。
カグ…チく…! 水晶を……して!

 周囲の全てが白と赤と黒が入り混じった風景に染まる。

 一瞬の静寂。そして爆発の中から、無数の金属片が360度高速で飛散した。

伏せろ!

 危うく飛び退ったシェルニーたちにも、大量の金属片が降り注ぐ。

 轟音と爆炎が周囲を包み、全ては光の中へ溶けていった。


  ◇  ◇  ◇


――ガラッ


 割れたガラス窓の破片が地面に落ち、最後の爆煙がふわりと消える。

 瓦礫とホコリが舞う地面に、シェルニーたちギルドのメンバーが転がっていた。

 先頭に居たシェルニーが、盾代わりにかざしていた幅広の大剣を杖に立ち上がる。

……っぐ……いってぇ……。10本以上刺さってんぞ、釘……
 それでも、幸運だったといえるだろう。シェルニーの脚には金属片が突き刺さっていたが、即死する程ではなかったのだから。
……お前らも無事か?

 キーンと響く耳鳴りに顔をしかめながら、後ろの仲間に声をかけると、シェルにー以外に金属片の被害は全く無いようだ。

 不思議に思って辺りを見回す。

 すると、彼女の横で、大きな塊が咳をした。

ごほっ……全く……危なく死ぬところだったクマ……

 シェルニーの横に立っていたのはあつもり。

 最前線に立っていたあつもりの体の前面は、数百本の釘でハリネズミのようになっていた。

 彼が全てを受け止めてくれたおかげで、後ろのメンバーに被害は及ばなかったのだろう。

 シェルニーは脚に突き刺さった金属片を歯を食いしばって抜き取り、あつもりの方へと笑って投げ捨てた。

……もえさん……?
 耳を押さえたまま、ふらりと立ち上がったケンタが爆心地へと歩み寄る。
もえさん、どこっすか……?
 爆心地には十字架のマークと[死亡まで 2 秒]の表示が浮かんでいる。
もえさっ……黄飛虎! 蘇生!
 叫ぶケンタの見つめる先で、[レアリティ7]偽典ゴエティアを握りしめた黄飛虎が肩を震わせうつむく。
平常時に使う武器スキルだよ……? 蘇生なんて設定してる人、居る訳ないじゃないか……

 皆の見ている眼の前で、黒焦げの「人だったもの」は[死亡まで 0 秒]の表示とともに、火花と蒸気の渦となって消える。

 ケンタの伸ばした手の向こう、そこにはただ、蒸気機関の振動音と月の光だけが輝いていた。

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