第13話「アビシス」

文字数 3,362文字

 やっと、アビシスに到着した。
 アビシスは、旅人が立ち寄るオアシスの街だった。
 池の近くにはヤシの木が生え、石造りの建物が立ち並び、砂埃が風に舞っていた。
「ヤマトもいい街だったけど、これはこれで面白い街だね。」
 スミレが言った。
「スミレ。何度も言うけど、観光で来たんじゃないんだからね。」
「分かってるってば。ユリカは厳しいね~。」
「で?ここに来て何するんだっけ?」
「ツルギまで!忘れたの?ここから東に、幻の島があるっていう話。」
「ああ、そうだったな。んじゃ、夜まで時間があるし、街の奴に話を聞いてみるか。」
「そういう話だったら、酒場とかで聞いた方が早いよ。旅人たちはそういう場所に集まるからね。」
「では、酒場へレッツゴーですね。」
 
 アビシスで一番大きな酒場へやって来た。
 人が大勢いた。酒を飲む者、カードゲームに興じる者、おしゃべりに夢中な者。
「あんたら、旅人だね?それも、幻の島を探している…。」
 奥の方の席に占い師のような姿の老婆がいた。
「お!よく分かったな。」
 ツルギが、老婆の向かい側に座った。
「俺たちは、幻の島…、いや、幻の塔を探しているんだ。どこにあるのか教えてくれ。」
「その質問は、もう何度も聞いてきたよ。何人もの旅人からね。」
 占い師は、テーブルの上に置いた水晶玉に両手をかざした。
「…しかし、何も見えないんだ。このあたしにもね。」
「なんだ。分かんねーのかよ。」
 がっかりして、ツルギは席から立ち上がり、その場を離れようとした。
「しかし、幻の島ならあるよ。」
 それを聞いて、ツルギたちは振り返った。
「ここから東…。船で行けるよ。運が良ければ、そこで幻の塔が見つかるかもしれないね。」
「船か。」
「さすがに、ヤマトから出てた船を勝手に使うわけにはいかないわよねえ。」
 スミレは考え込むように腕組みをした。
「占ってやろうか?船を手に入れる方法を…。500でどうだい?」
「500?まあそれで分かるんなら、安いかもね。いいよ。」
 スミレが金を払うと、占い師は水晶玉を撫でるように両手をかざした。
「…元海賊の男。足を怪我している。そいつが船を持っている。男は宝を探している。その宝と交換で船が手に入るだろう。」
「宝?」
 ツルギが聞いた。
「ここから西の洞窟の奥にある。」
「よーし、それじゃあ、そこに行ってみようぜ。」
「待って。本当にその元海賊の男がいるのか、まず確かめないと。そして本当に、宝を探しているのか聞いてみましょう。」
 ユリカは慎重だった。
「ほほほ。わしは嘘はつかんよ。その男なら、この街で一番立派な屋敷に住んでいるよ。」
「ばあさん、ありがとう。」
 ツルギたちは礼を言って、酒場を立ち去った。

 広い街を歩くのは大変だった。
 しかし、一番立派な建物は、すぐに見つかった。
「あれだと思うけど…。」
 ユリカが指差した。街の遠くの方に、まるで宮殿のような豪華な建物があった。
「あれって、王様のお城とかじゃないの?」
「アビシスに王様はいないはずよ。ここは海賊が治めてるんだって。」
「じゃあ、ほぼ王様じゃん!…てことは、その男って、ここの主ってこと?」
「そうみたいね。」
 宮殿に着くと、門番以外は、特別厳重な警備もなされていない様子だった。
 門番に用を伝えると、すぐに中に入れてもらった。
 そして通された部屋には、一人の大きな体の男が、赤いソファに座っており、数人の女たちをはべらせていた。男の片足は、義足だった。
「なんだい、お前たち!」
 女の一人が、声を上げた。そして、槍のような武器を持って構えた。他の女たちも武器をそれぞれ構えて、男を守った。
 それを、男が制して、グラスから酒をゆっくりと飲み干したあと、鋭い目でツルギたちを見た。
「なんか用か?」
「俺たち、幻の島へ行くために、船が欲しいんだ。」
「船か。確かに、俺は船を持っている。」
「それを貸してほしい。」
「条件がある。俺は世界中の宝をコレクションしてきたが、今はこの体のおかげで、旅を続けられなくなった。俺の代わりに、宝を探してきてほしい。宝は、『人魚の涙』だ。もし本当に持ってきたら、船を貸すのでなく、船をやろう。まあ、それが出来たらの話だがな。」
 男は笑って言った。どうやら、ツルギたちを見下しているようだった。
 周りの女たちも、どっと笑った。
「ふん。絶対宝を見つけて、船を手に入れてやるさ。」
 宮殿を出ると、ツルギは悔しそうに拳を握り締めた。
「人魚…ですか。サキュバスといい、なんだか嫌な予感がしますね。」
 ヨロイが身震いした。
「人魚はサキュバスとは違うよ。まあ、美しい女の魔物とは言われてるけどね。でも、それは宝の名前であって、人魚が本当にいるってわけじゃないと思うよ。」
「そうですか…。」
 ヨロイはほっとしたような顔をした。
「占い師のお婆さんが、ここから西の洞窟に宝がある…って言ってたわよね。そこに出現する魔物は…。」
 ユリカが、魔物図鑑を開いた。
「ここにも、サキュバスが出るのね…。気を付けないと。」
「ひいい…!僕はもうこりごりですよ!」
「それに、ブラインバット、その名の通り、暗闇攻撃をしてくるバット。ゾンビ、アンデッド系で闇属性の魔物ね。闇属性と、暗闇対策をすれば良さそうね。」
「それじゃ、早速装備を整えようか。」
 ツルギたちは、武器防具屋で、闇属性に強い光属性の鎧とローブを買って、すぐに装備した。また、暗闇を防ぐ眼鏡をツルギとヨロイが装備した。暗闇状態になると、攻撃の命中率が下がるので、直接攻撃役の二人が眼鏡を装備するのが最善。魔法も命中率が下がるが、ヒールやキュアなどの回復魔法に影響はないので、ユリカとスミレが暗闇になった状態でも、キュアをユリカが唱えることで暗闇を解除できる。
 装備と道具を揃えると、四人は宿屋へ向かった。
 アビシスの宿屋は、広くて立派だった。そしてこの宿の自慢は、プールのように広い大浴場だった。
「風呂はいいな。この旅で、ますます風呂が好きになったぜ。ほら、ヨロイ、背中流してやる。」
 ツルギは、ヨロイの背中を、石鹸をつけたタオルでごしごしと洗って、お湯で泡を流した。それから向きを変えて、今度はヨロイがツルギの背中を洗って流した。
「風呂はいいですよね~。そうだ、泳ぎませんか?誰もいませんし。」
 ツルギとヨロイは、大浴場の湯の中を泳ぎ回った。
 湯の温度は熱くもぬるくもなく、丁度良かった。
「はあ~~~~~。」
 二人は、泳ぐのをやめて、風呂のふちに座った。
「…やっぱり、ショックですよ…。」
 いきなりヨロイが言った。
「何が?」
「サキュバスなんかに唇を…。」
「なんだ。そのことか。別に大したことじゃないだろ。減るもんじゃねーし。」
「じゃあ、ツルギはどうなんです?キ、キスしたことがあるんですか?」
「ねえよ。」
「ほら。じゃあ、やっぱり初めての相手は、ユリカさんと決めているんでしょう?」
「それは、そうだろうな。」
「僕は、スミレさんに思いを打ち明けました…。ツルギは打ち明けないんですか?ユリカさんに。」
「今はそのときじゃねえ。やることをやってからだ。そんな中途半端は、俺は嫌だからな。」
「そうですか…。」
「俺は昔、呪いの剣だった。ある人間に憑りついて、そいつの使命を手伝っていた。そいつは孤独だったが、あるとき、相棒を見つけた。それから奴は変わっていった。そして、俺は浄化された。おそらく奴も今、孤独じゃなくなっているだろう。」
 ヨロイは黙って聞いていた。
「だから俺もこの世界で、幸せになりたいんだ。勝手な願いかもしれないが、俺は、ユリカと結婚したいと思っている。子供も欲しい。家庭を持って、まっすぐに生きていきたいんだ。」
「きっと、ユリカさんも同じ願いですよ。だって、僕を見る目と、ツルギを見る目は、明らかに違いますからね。」
「…そうならいいが…。」
 ツルギは照れ笑いをした。
「なんか、そうは思ってんだけどよ、ユリカが近くにいると、変に緊張しちまってさ。うまくしゃべれなくなるんだ。」
「それこそ恋ですよ。僕も同じですから。あー、なんか嬉しいなあ。こんな話をツルギとしゃべれるなんて。仲良くなった証拠ですよね?」
「…風呂に入ると、つい気が緩んで色々しゃべっちまうな。」

 翌日。
 西の洞窟に向かって、ツルギたちは出発した。
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