回転寿司の証明②

文字数 2,091文字


   ☆★☆★☆

「はいお茶」
「ありがと」
「大丈夫?」
「大丈夫。……なんだか久々に頭痛がしただけ」
「バファリンいる?」
「食べ終わってからにしとく」
「で、まあさ。話の続き、いくぞ?」
「こうなったら覚悟を決めるわ。……どうぞ」
「まず、地球は自転しているわけだよな?」
「はあ」
「で、地球の上には寿司が乗っているわけだ」
「なんというか……地球の上には人間が、とか海が、とかいう前に、まず寿司なのね」
「寿司はたとえベルトコンベアの上に乗っていなくても、地球の自転にあわせてくるくる回る」
「……」
「これを回転寿司と言わずしてなんと言うワケ?」
「いや、あのね……」
「さらに、地球は太陽のまわりを公転しているらしい」
「……らしいわね」
「とすると、地球の上の寿司皿が太陽のまわりをくるくる回っているのと同じことだ。そう考えるのが自然だ」
「凄く不自然な気がしてしまうの」
「気のせい」
「……」
「ともかく宇宙から見ればさ、すべての寿司は地球の自転と公転の影響を受けて複雑な軌道を描いて回転している回転寿司なんだよ。それはカウンター席だろうと変わりゃしないんだ、寿司が地球にある限りな。お、なんかこれって名言じゃない? 『寿司が地球にある限り』」
「どうして寿司の話から宇宙の話になるのかしら……」
「要はさ、回転の定義の問題なんだよ」
「はあ」
「んと、ちょいマテ」
「……」
「……っと、ここに一冊の国語辞典がある」
「やたら重そうだと思ったら……」
「暇つぶしに使えるから、持ち歩いてるんだよ」
「暇つぶしに……?」
「うん」
「どうやって」
「たとえば……そうだな……。『茶碗蒸し』。鳥肉・野菜・ぎんなん・しいたけなどに、鶏卵をだしでうすめてかけ、茶わんに入れて蒸した料理」
「……」
「おもしろいだろ?」
「なにが」
「……『へんてこ』。変なようす。妙なようす。みょうちきりん。へんてこりん」
「……」
「……おもしろいじゃないか」
「だからなにが」
「中学のときの塾の先生が、とても楽しそうに国語辞典のシュークリームの説明を朗読してた」
「それを見ているのは、確かにある意味面白いかもしれないけど」
「で、まあ……『回転』。くるくるまわること。転回」
「……」
「回転の説明で、転回って……」
「深く考えないことが肝心よ」
「まあ、くるくるまわること、ってあるよな」
「はあ」
「地球は自転しているわけだから、地球上のすべてのものは、くるくるまわっているよな?」
「うーん……」
「くるくる回っている……つまり回転している。当然、寿司もだ」
「それでも……普通そういう見方しないでしょ?」
「普通って」
「だから、地球上の人間から見て、回って見えるかどうかが問題なの。宇宙から見なくていいの」
「その場合、地球上で、自分でくるくる回っている人間がカウンターの寿司を見た場合、それはやはり回転寿司になるんだろうな」
「待って。お願い待って。どうしてそんなおかしな人間を持ち出すの?」
「差別は良くないな。彼はただ回っているだけだ。法は犯していない」
「そういう問題じゃないわ。もっと普通の人間を例にしてよ」
「何事も例外を考慮しようぜ」
「ともかく……地球上にいる、しかも動いていない人間の目から見て」
「動いてる人間の目から見たら、君が言うところの動いてない人間も動いてることにならないか?」
「ならないの」
「それに地球上から見て動いていなくても、宇宙から見れば動いているわけだし」
「ねえお願いだから簡単に宇宙に飛ばないで。あなたにはどうか地球にいてほしいの」
「なるべくいるつもりだけど」
「ともかく……地球上にいる、しかも地球上の観測者から……もちろんその観測者は動いていない、地球に対して……でそんな観測者から見て動いていない人間の目から見れば……ああもうわけわかんなくなってきたじゃないっ」
「それが狙い」
「ともかくそうすれば、カウンターの寿司は回転してないの」
「だったら辞書には、『回転』。地球に対して静止している地球上の観測者から見てくるくるまわること、と書いてなきゃおかしいじゃないか」
「書いてある方がおかしいわ」
「国語辞典がそんな不正確なことでいいのか」
「あなたの正確さに合わせてたら世界は滅亡するわ」
「ともかくこんな曖昧な書き方である以上、宇宙から見た回転だけが無視されるいわれはないといえる」
「いえるのか」
「で、そうすると、すべての寿司は回転寿司ということになる」
「なるのか」
「まあつまり、君が夢見ている回転じゃない寿司なんて、幻想にすぎないのさ。現実には、そんなものは存在しないんだ」
「……」
「だからカウンター寿司への夢なんか捨てちまえよ。そうすれば楽になれる。な?」
「なんか物凄く自己を欺いているような気がするけど」
「気のせい。まあ、以上、すべての寿司屋は回転寿司であることが示された。Quod Erad Demonstrandum」
「くぉど……?」
「Q.E.D.……証明終了ってコト」
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