第6話

文字数 2,743文字

 同じサークルで同期で同学部の彼とは、一年生のときから、たまにふたりで飲みに行く仲だった。
 レポート貸してとかノート貸してとか(もっぱら借りるのは彼のほうだ)、好きなコがいるとかフラれたとか。
 愚痴も冗談で包むような前向さと、こっちの泣き言にはとことん付き合ってくれる面倒見のよさを持つ彼と過ごす時間は、男女の壁を越えて楽しかった。
 
 そんなとき、いきなり「夢を見たんだよね」と言われたのは、フラれた相手が友達と付き合うことになったのを知ったショックで、そうとうヘベレケになっていた大学一年の終わりごろ。
 後期試験が終わっていてよかったと冷静に思いながらも、選ばれなかった自分に打ちのめされていた、焼き鳥屋の片隅。
「夢ですか、そうですか。私も夢だったらいいなぁって思いますよ、ほんとに」
 サワージョッキをドン!とテーブルに置いて、肘をついた片手に頬を埋めた。
「まだ吹っ切れてなかった?」
「いや、吹っ切れてたよ?でも、気まずいっていうか、劣等感煽られるっていうか……。これからどんな顔して、友達に会えばいいんだろ。素直にオメデトウ!とかも、まだ言えないし……。そっちはどうなのよ。コクったの?」
「いや、あれはもうしゃーない。だってアイツ、オレのことカケラもなんとも思ってないからさ。それに、夢見たんだよね」
「夢でなんとかなるもんですかね。夢っていうのはあれですか、寝て見るほうじゃなくて、胸に(いだ)くほうですか」
「オイ、コラ聞けよ。夢見て、起きてから気がついたんだよ」
「ふぅ~ん?」
「一面のビート畑の真ん中に、アンタが立ってたんだよね」
「ということは、寝て見る夢のほうですね。……ビートって、砂糖大根だっけ」
「そう。実家の目の前がそうなんだけど、やたら広いんだよ。だから、オレは思いっきし大声をだしたんだ。”おーい!”って」
「一緒にいるんじゃないんだ」
「ちょっと距離があって、聞こえなかったみたいだったから、何度も呼んだ」
「ふぅん」
 ビートも、やたら広い畑もなじみがなくて想像できなくて、この話の着地点も見えなくて、なんだか気のない返事になってしまった。
「やっとアンタが振り向いてくれたときすごく嬉しくて、何度も手を振った。こうやって」
 胸の前に上げた彼の腕が、土砂降りに大活躍する車のワイパーのように、もしくは主人を迎える大型犬の尻尾のように振られる。
「それで気がついたんだよね」
「なにを」
「アンタが好きだって」
「寝言は寝てから言うって相場が決まってるんだよ」
「ちゃんと寝てたよ?夢見てたんだから」
 かみ合わない会話の末に、「アンタだってオレのこと嫌いじゃないだろ。吹っ切れてんなら付き合ってみようぜ」と言われて、うなずいたのがなれそめ。
 酔っぱらい同士がなし崩し的に始めた関係だったけれど、くだらないことで一緒に笑って、落ち込んだときには、体温を分け合うような日々を過ごしていった。

「デートだって何だってワリカンで、学生だから当たり前だってアンタは言うけど、これだけはオレが連れていきたいんだ。だから、ちょっと頑張りたいんだよね」
 顔をくしゃくしゃにした、幼い顔で笑うのがずるい。
「そっか。まぁ、目標があるのはいいことだよね」
 彼の人生だし、彼が当てた宝くじだ。
「でも、水道料金は払いなね」
「払うよっ!明日!」
「やっぱり。まだ払ってなかった」
「う……、いや、来月でもいいかなって」
「そういうとこだぞ」
 なんて余裕があったのは、彼が当てた金額では、教習所に通うのが精一杯だと思ったから。
 割のいいバイトをしたいと、旅行に連れていきたいと言ってくれた彼には申し訳ないけれど、バイクを購入できるほどの貯金もないはずと知っていたから。
 だから、免許を取ることに対しては、何も言わなかったのだけど。

「アイツがバイク買うの、反対してるんだって?」
 就活の合間に顔を出したサークル個室で、他学部の男子から強めの声をかけられたのは、ゴールデンウィークを過ぎたころだった。 
「いきなり、なに」
 スーツのスカートのすそを押えながら長椅子に座り、真っ向から同期をにらむ。
 ニックネームが「おとうちゃん」というくらい貫禄ある容姿をしているからなのか、スーツ姿も妙に堂に入っている同期が、大げさなため息をついた。
「せっかく免許取ってバイトも一生懸命やってんのに、何が悪いの?なんで反対なの?」
「反対してるわけじゃない。悪くもないよ。ただ、もう少し、よく考えてって言っただけ」
「考えてなんか変わんの。就職してからにしたらって言ったんだって?」
 そういえば、目の前の「おとうちゃん」も彼とは仲がいい。
 少し前に電話で言い合いになってしまったことを、彼が話題に出したのだろう。
 
 教習所に当選金をつぎ込んでも、春休みに連日バイトを詰め込んだ結果、中古バイクなら買えるほどの貯金ができたと言った彼の声は、相当嬉しそうだった。
 ケンカになってしまったのは、バイト漬けの毎日で春休みは一度も会ってもらえなかったとか、それなのにサークルの飲み会には参加してたとか、そんな不満も積み重なって、ヘソが曲がっていたからかもしれない。
 大好きな人だ。
 自由で無邪気で、豪胆で懐が広い。
 けれど、とても危なっかしいところがあると思っていた。
 
 やらかして指導室に隔離されても、窓から脱出して教室に戻ったという、高校生のときの武勇伝。
「教室、三階だったんだよね」
「バカじゃないの?!」
 飲み会のあとで、無防備に駅構内で寝てしまった姿。
「起きなってっ!」
「だーいじょぅぶ、だいじょうぶ。ほら、看板あるし」
「あれロータリーのだよっ!改札にはないよっ」
 ”酔っぱらいの寝込み多し、注意!”の看板を引っこ抜いて、彼の隣に立ててやろうかと思った。
 
 そんな姿を見たり聞いたりしているから、「バイク買うんだね、よかったね!」と、手放しで喜んであげられなかったのだ。

「俺だったら買うけどね」
 視線を外した同期は、あからさまな呆れ顔を作る。
「一度しかない大学生活じゃん。しかも、あいつは留年決まってるんだから、今年は就活ないんだぜ。好きにさせてやったらいいだろ」
 家族面すんなよ、束縛キツイって。
 その独り言、聞こえたぞ。いや、聞かせたのか。
 わかってるよ。
 互いに相手に責任を持つような、持てるような間柄じゃないって。
 わかってるからこそ、ケンカにはなったけれど、「絶対反対」とも言えなかった。
 でも、もう少し考えてくれてもいいんじゃない?
 今買うことが、本当に必要なのかどうかを。
 
 けれど、こちらは就活で忙しくなり、あちらもバイトや再履修の講義に時間を取られたりで、久しぶりに顔を合わせたときには、自慢げにバイクをお披露目される羽目となったのだった。
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