第3話 推理

文字数 1,285文字

 「お目覚め?」

 千冬ははっと顔を起した。隣の席で弓原がにやにやしている。週が明けて火曜日、六時間目の数学の授業で眠ってしまったのだ。
 千秋は唇を尖らせた。
 「『お目覚め?』じゃないよ。起こしてよ〜」
 「悪いね。気持ちよさそうだったからさ」
 「授業はどうだった?」
 「それも覚えてないの⁉︎ 自習だったよ。この教室がどうなったか、想像つくだろ?」
 谷屋先生は病欠だったらしい。
 千冬は二年F組の面々を思い浮かべて情けない気持ちになった。
 相当うるさかっただろうに、熟睡していたわたしって……。
 「今日の放課後は暇?」
 帰りのホームルームでざわつく教室の中、弓原が声を低めて聞いてくる。
 まだ寝ぼけ眼の千冬は、
 「一緒に帰ろうって誘ってくれてるの?」
 「ちちちち違うっ!」
 「どうしたの。弓原くんがうろたえるなんて珍しいね」
 「べべべべつにうろたえてなどいない」
 「めっちゃうろたえてるじゃん」
 「その、つまり、話したいことがあるんだ」
 「あ、土曜日の内緒話だね!」
 「頼むから黙ってくれないか」
 周囲をきょろきょろ見回している弓原を見て、千冬は思った。弓原くんってやっぱり変だ。

 話し合いはまた「寿限無」だった。何か千冬には理解できない高尚な理由から、弓原は教室から一緒に歩いていくのではなく店で待ち合わせると主張した。店に着いたのは千冬が先で、空調の効いた店内はしみじみ暖かかった。
 「謎が解けたんだよ」
 月曜日の休み時間で「事件現場」の理科室に行き、大貝先生と谷屋先生にも話を聞いてきたと、遅れてきた弓原は言う。
 「ふたりの証言は佐藤の話と一致した。つまり、二人とも泥棒を追いかけていて、あの池の近くにいたことを認めたんだ。ただひとつ違いがあった。泥棒を、谷屋先生は『ぼんやりとしか見てない』、大貝先生は『見た。大人の男だった』と言ったんだ。どう思う?」
 「カッコイイね、弓原くん。探偵みたい」
 千冬がにこにこすると、弓原はコーヒーをしたたかにむせた。
 「だ、大丈夫?」
 「と、とにかく。これは変だよ。佐藤の話だと、大貝先生より前にいた谷屋先生がどうして泥棒を『ぼんやりとしか見てない』んだ?」
 弓原は簡単な図を千冬に見せた。




 弓原の言わんとすることがようやく分かった。泥棒が前方にいるなら、谷屋のほうがその姿をはっきり見ているはずだ。
 「大貝先生に、僕はさらにこう聞いた。『谷屋先生と一緒に泥棒を追いかけていたんですよね?』先生はびっくりしていたよ――『谷屋先生に何の関係があるんだ?』」
 千冬は狐につままれた気がした。
 あの二人はてっきり同じ相手を追いかけていると思っていたのに。
 「じゃあ、二人はそれぞれ単独で泥棒を追いかけていたのかな」
 「二つに一つだ。今佐藤が言ったのが第一の可能性。第二の可能性は」
 「?」
 「どちらかが嘘をついているって可能性だ。僕はこっちに賭ける」


 (続)
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