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文字数 798文字

 社会科が終わると、隣の中島に見られながら教室を出た。相談室の引き戸を開くのがこんなにすぐになるとは思ってもいなかった。
 汰瀬はもう居らず、先生が魔法瓶を持って立っていた。
「今日は来るの早いね?」
「……水着持ってくるのを忘れたので」
 先生に勧められ、朝に座ったところに全く同じようにして座った。勿論、手紙もある。
「俺から聞くのもあれですけど、あの後何話したんですか」
「汰瀬君と? カウンセリングをしたよ」
「カウンセリング、ですか」
 紅茶が差し出される。頭を下げ、手に取ったカップを口につけるといつもと違う味がした。
「人を虐げることをするってことは、それ相応に病ましていることがあるってことなんだよ」
「俺がカウンセリングを受けるもんだと思ってました」
「そうする人もまだいるかもしれないね」
 外が騒然とし始める。水着を着た同級がプールサイドを歩き回っているのが目に入った。先生は窓の側に衝立を置いた。
「そうだね、どこから話すか……」
 特に何をとは言わないが、先生はデスクのノートを持ってきて徐ろにページをめくり始めた。
「いくら関係者とは言え、プライバシー的な権利は両者にあると言うことを加味した上で話すね」
 先生は同意を求めるように目だけをこちらに向けた。俺はひとつ首肯する。
「まず、碌君が持ってきていた手紙の内容はほとんど事実で、保護者に話をする運びになりました」
 俺は汰瀬の両親を思い浮かべようとした。だが、具体的な造形で浮かぶことはなかった。
「とはいえ、ずっと話を訊けるほど時間はなくてね。今日の放課後に来てもらうことになってる」
「俺も立ち会うことになりますか」
「その必要はないよ。碌君には別でなにか聞くことがあるかもしれないけど。君だったら授業中でもこういう風に訊けるからなぁ」
「……嫌味ですか?」
「あはは」
 先生は少し乾いた笑い声を出した。
 その日以降、汰瀬と会議室で会うことはなくなった。
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