第4話
文字数 2,734文字
女はこちらに不敵な笑みを浮かべた。けれど気にはしない。こいつの表情などどうだっていいのだ。
純粋無垢な彼女に善悪の判断が付いていないらしい。思わず口をふさいでしまいたいところだったが、ここは嘘でもついて誤魔化そう。悪魔だから聞きなれている可能性もあり得なくないが。
えらく素直になったような気がする。いや、俺に対して確実に偏見の壁が生じているだけか。
彼女は鹿と彼女の作った手錠を指さし息を吸い込む。
鹿は氷に飛び込み青色の光に包まれた。目の前にいたのは、さっきの炎の鹿そっくりの氷の鹿が姿を現した。俺たちの口は開いたままだった。
その声と共に鹿は元の角の色に戻り俺たちの目の前から姿を消した。これがバキリアの能力か。禁忌召喚。何が禁忌かは今のところよくわからないが、自分で戦わずに済むのはうれしいかぎりだろうな。
シミルは目を輝かせていた。
いやできてくていい。俺と氷を合体させたところで弱点が増えるだけだ。せっかくの俺の能力も無駄になってしまうしな。
彼女はそう言うなりやっぱり俺を見た。が、睨みをきかせたら彼女は何も言わなかった。素直になってきているのか?
スキルネーム? 中二病みたいなやつか? 暗黒の右腕が......封印された左目がうずく......とかか? まさか悪魔にもあったとはな。
俺が首をかしげていると、彼女はやれやれといった表情で俺を小馬鹿にするような笑みを見せ、地面に炎と水の絵を描いた。
「例えば彼女が炎の敵と対峙している場合、彼女は圧倒的に不利な状況になる。けれど、水の敵なら話は別。アンタはその眼と耳と感覚を使って、その敵がどんな能力を使用するのかを彼女に伝える。彼女はそれを聞いて迷うことなく攻撃ができる。水使いか水体か、水拳とか、名前を挙げることでその人物がどんな人物、身体能力に優れているかも伝えることができれば完璧ね」
やけに丁寧でわかりやすかった。本当に悪魔なのかと疑いたいくらいだ。とはいえ俺の中ではなおのこと疑いが晴れてはいなかった。
絶対にこいつは裏切りを見せる。俺の考えはより彼女を深く疑った。
彼女の考えに俺も賛成した。確かに自分のものだけはかっこよくありたいのはわからないでもない。だが、俺の能力を名前にするとしたら、どんな名前になるんだ?
彼女の輝く目には誰にも逆らえなかった。おとなしく俺は2人のガールズトークを見守った。
おいおい、いくらなんでも部分的すぎるだろ。お前を例に挙げれば鹿使いっていうことになるぞ。
彼女がそう言うのなら否定はしない。が、今更ながらに思ったことだけは述べさせてもらう。
彼女は俺を睨んだ。え、なんでだ? 隣には小刻みに震えている彼女がいた。その目には涙が浮かんでいた。
バキリアは俺に睨みシミルに笑顔を見せ彼女を慰めた。今更ながらだが、なぜかシミルは同族の俺でなく、悪魔のアイツを信頼している。
ここまでくるとさすがに興ざめだ。俺はテントの中で静かにしていることに決めた。とはいえ簡単に眠れる気はしていなかった。
彼女の言葉は帰ってこなかった。というより俺のことを見て何かをひらめいたような顔をした。まさか......
ぶん殴ってやりたいくらいだったが、怯えを見せるシミルの前でそんなことはできなかった。何より彼女の言っていることも、もっともだった。
傍観者。そう、俺は傍観者としてこの世界にやってきたんだ。