念い

文字数 2,086文字

その日から
泊瀬(はつせ)をみつけるとその女性は声をかけてくる様になった。


泊瀬(はつせ)も無視はできないので
声をかけられた時だけ、相手をすることにしていた。
その程度の関わりだった。
だが…

「おはようございます。泊瀬(はつせ)さん。」

「おはようございます。(かずら)さん。」

女性の名前は (かずら)と言った
ほぼ、毎日神社にお参りに来るようになった。

泊瀬(はつせ)は名前を呼び合うようになり
すっかり日常の習慣になったように彼女との会話を楽しむようになっていた。
彼女はとてもよく笑う人だった。

神様でも御先でもない普通の人間のはずの彼女の笑顔に
何もない何気ない場所に光が集まりだしてキラキラしているように見えた。
泊瀬(はつせ)は、とても不思議な気分になって、つい長い時間立ち話をしてしまう。

時々、参道を通る見えない人(・・・・・)が彼女を不思議そうにみていく事に気が付くと
泊瀬(はつせ)は『このままではいけない』と思った。
けれどもそれは、(かずら)に言い出せずにいた。
彼女は泊瀬(はつせ)を人間だと思い込んでいるのだのから…。

自分を律せねばならないと思えば思うほど
彼女との会話が楽しい時間になっている事に気付かない振りをした。

それにしても、魔多羅(またら)様から"言寄(ことよ)さし"が無いのが気になっていた。
こんなに熱心に毎日お参りにきているのに御先が誰も動かないのは何故なのだろうか?と。

泊瀬(はつせ)
神々や御先たちとは交流はできてもあちら側の者ではなく
そうかと言って人にあらず。
魔多羅(またら)神社と人間世界の狭間で長い間花守を務めていた。
参道の花々は季節を繰り返して変化していくのがわかる。時が止まっている自分への慰めでもあったのかもしれない。

ある日

「あなたは冷淡…。」

紫陽花をみつめながら、(かずら)が呟いた

「え…?」

泊瀬(はつせ)は思わず動揺してしまった。
自分を律するあまり、言動や態度は葛に必要以上に冷たくしてしまっていたのだろうか?と。
慌てている様子の泊瀬をみてクスクス笑いながら葛は言った

「違いますよ?
泊瀬(はつせ)さんの事ではありません。

紫陽花の花言葉です。
移り気や無情なんて、人間が勝手に付けて…可哀想だなって。」

紫陽花と戯れるように無邪気に笑っている彼女をみて
泊瀬(はつせ)は、もうきっと、自分のこの気持ちを無視できないだろうと悟った。

「ずっと変わらず、そこに在り続けるというのは、人間には難しいですから…
どんなものにも意味を付けたくなるのでしょうね。
おこがましいですね人間は…。」

そして続けて彼女は無邪気な明るい笑顔で

「その様な、おこがましい人間の私は
泊瀬(はつせ)さんがたとえ人でなくても・・・」

と真っ直ぐに見つめて言った。
その続きを聴いてはいけない…泊瀬(はつせ)はその場から逃げ出したかった。

楽しい日々が終わってしまう。
けれど、彼女の真っ直ぐな眼差しから逃げられない…

「貴方をお慕い申しております。」

その言葉をまるで泊瀬(はつせ)は人ではないと最初から気が付いていた(・・・・・・・・・・・)様な口調で言った。

「それは…こ…困った…人ですね…貴女は…本当に…。」

泊瀬は、泣いてしまいそうな痛みと苦しい感情を必死に抑えた。
自分の本当の気持ちを知りたくはない…
最後まで(かずら)に想いを伝えることはできなかった。

それどころか

「もう…ここに来てはいけません…。
貴女の幸せは…代わりに魔多羅(またら)様にお願いしておきますから…
本当に、貴女の幸せを心から祈っていますから…。」

と想いを隠すような言葉しか出なかった。

(かずら)泊瀬(はつせ)が自分の気持ちにはこたえてはくれないだろうと知っていたのか

「わかっていました…困らせてごめんなさい。」

と頭を下げた。
そして強い(おも)いを伝えて満足したような、いつもと変わらない笑顔をみせた。

それから、再び紫陽花を一輪欲しいと泊瀬(はつせ)に言った。
泊瀬(はつせ)は大輪の紫陽花を選んで剪定鋏で切って(かずら)に渡した。

一瞬触れ合った
泊瀬(はつせ)の手も(かずら)の手も
強がっているのが相手に知られない様にと必死に隠し
小さく震えていた。

「私はまた、ここに来ます。
貴方に逢いに。」

(かずら)の想いは感じながらも
人間は儚い
そして気持ちは移ろう…
それは現実だと解ろうとしていた。

それでも…泊瀬(はつせ)は信じてみたくなった。
そして、(かずら)のその気持ちに応えたくなってしまった。

「貴女が訪れる時は必ず、逢えるように
魔多羅(またら)様に御願いをしておきます。」

そう言った泊瀬(はつせ)(かずら)は心から嬉しそうに

「約束ですよ。」

と笑顔を見せた。
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登場人物紹介

大(だい) / 御先


魔多利商店街と魔多羅神社そして人間界を行き来できる。

魔多羅神社にお参りに来た人間の願い事の本質を聴きわけ魔多羅さまに伝える。


直属の神様は大黒様。

鼠の姿の時はハツカネズミ。


人型は精霊の時の髪色に反映されている為白髪。

鼠の本能的に節操はないタイプ。

しかし、玄(しずか)とは同種でありなが仕事仲間のラインはまだ越えていないプラトニックな関係。


玄(しずか)/御先


大(だい)と同じく直属の神様は大黒様。

魔多利商店街と魔多羅神社、人間界を行き来できる。

お参りに来た人間の本質や過去をみて願い事を見極め魔多羅さまに伝える。


鼠の時は黒鼠

精霊の時は黒髪、赤目。

節操はないタイプだが大(だい)には興味はわかない為、今のところお互いに仕事に支障はない。


伯奇(はくき)/御先


魔多利商店街の夢屋


人間が眠っている間に見る夢をコントロールしてお告げを伝える


悪夢を奪い安らぎを与える一方で

伯奇に悪夢を見せられた人間はほぼ抜け出せない。


新月の夜に伯奇に悪夢を見せられた人間は、満月までに抜け出せないと

現実との区別がつかなくなり精神が崩壊する。

崩壊した魂は伯奇が喰らう。

使い捨ての白い手袋を欠かせない様子に潔癖症を疑われているが

それは仕事に対する完璧主義であり慎重派の姿勢の現れである。


獏(ばく)/見習い


見た目はマレーバク。


二足歩行でき人間の言葉も話せるが、夢喰いとしてはまだ見習い

故に人型の精霊姿はまだ無理。


夢屋で雑務をこなしながら修行中。


伯奇が時々くれる不必要になった夢玉は

毎日頑張っている自分へのご褒美なので

大切に時間をかけて喰らう。


白兎(はくと)/御先


魔多利商店街の薬屋


普段は月に住んでいるため

新月にやって来て満月には月に帰る。


人型の精霊の姿の時もウサ耳だけは消さない。(消せないわけではない)

フードをかぶると両耳が折れてなおり難いのが悩み。


レシピは門外不出なので

魔多利商店街には月で調合済みのものを持ってくる。

(薬のブレンドは魔多利商店街でも可能。)

その場でブレンドするセンスと能力は月の兎でトップクラス。



蛟(みずち)/御先


姿が変態する竜の一種、まだ幼生。

由緒正しき水神の系統。


人型のときの姿は小さな少年。


感情のコントロールが難しくなると(特に怒り)鱗が現れ、人の姿は維持が難しくなる。


家守(やもり)/執事


絶対服従で蛟の家系の水神を代々護ってきた。

現在は蛟(みずち)の教育係であり身の回りの世話から護衛まで任されている専属の執事。

百足(むかで)/御先


夢をコントロールしてお告げを伝える。

直属の神様は毘沙門天さま


「良い夢を正夢にする」ことで人間の願いを叶えるというのが夢喰いの伯奇とは大きく違う点。


悪夢を喰らう獏と良い夢を正夢にする百足は七福神の宝船の帆に描かれている事もある様に

魔多利商店街の

伯奇と百足が組んで動く事も多い。


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