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文字数 960文字

 プール清掃が終了する時刻になっても、俺は保健室のベッドに潜り込んでいた。次の授業は体育だったから、誰かが見舞いに来てくれるなんてことはまずないだろう。カーテンに覆われた向こうから射す光を漠然と目に入れた。
 保健室に着いて先生が俺の顔を見て、「熱計って」と言って体温計を手渡してきた。余程具合が悪いように映ったらしい。三十六度五分という平熱だった。横になっていなさいと促された。
 ぼんやりと意識を宙に遊ばせることには慣れているが、どうしても虚しくなる。誰か来てくれないかと思ったりするが、まだ誰かに期待する余裕があるのかと何時しかの自分に自嘲されている気がして考えるのも止めた。
 自分の元にはっきりと視界を取り戻したのは、扉の開く音がしたからだ。どれくらいの時間が経ったのかは分からないが、今さっき頭部を強打したという会話が聞こえてくる。だとしたら運動していた際に起こった可能性が高いので必然的に同じ学年になってくる。女子生徒の声だ。聞き覚えがあると考えている間に、先生が暫くベッドで安静にしていなさいと促していた。
 突如、視界が開けて強い光が目を射した。掛け布団をゆっくりと頭に被った。
「……失礼。こっちじゃなかった」
 先生の手によって直ぐに光が弱まった。カーテンが閉じる前に除き見れたが、あれは隣の席の人じゃなかっただろうか。鈴木だったか中島だったか。
 また扉が開閉して、足音が遠ざかっていくのが聞こえた。方向的に、廊下の突き当りにあるトイレだと覚った。
「中島?」
 天井に向かって声を発すと、カーテン越しにうんと聞こえる。此方に首を向けているらしい。中島は俺が誰かが解るようで、鸚鵡《おうむ》返しに訊いてくることはなかった。仕方ないので、口を開いた。
「どうしたん」
「ボール投げの球が頭に当たって……それで」
「へえ」
 体力テストのボール投げに使う球は確かに、結構固い造りをしていた気がする。だがその感触は思い出せない。
「災難だったね」
「うん」
 俺が保健室に居る理由を中島は尋ねてこなかった。いつもおちょくってくるような女子だった気がするが、だいぶ気が沈んでいるらしい。
 また遠くから足音がやってきて、先生のフウと息をつく声が扉の向こうからした。俺は口を噤んで天井のシミを探し始めた。
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