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文字数 932文字

 その後、私は眠りに落とされてしまったらしい。布に含んだ薬を嗅がされた訳でも無く、スプレーを掛けられた訳でも無いのだが、突然に意識を失ってしまった様なんだ。そして、気が付くと……。

 私は舗装されていない2車線くらいの往来のど真ん中に立っていた。道の左右には2階建て位の木造の商店が軒を連ねている。それは丁度、親父がよく見る時代劇の目抜き通りの様だった。
 そう言うことならば、これは夢で、私は江戸時代にタイムスリップした夢を見ているということになる。そうして見ると、道を歩いている人が島田髷や丁髷を結っていることも不思議では無い。ま、私の見る夢だから、時代考証は出鱈目に違いないだろうけどな。
 だが、何とも変なのは、彼らの顔だった。彼らは皆、顔が犬の様に毛が生えていて、ギョロっとした目に少し上を向いた鼻が付いている。
 何かチワワにも似ているが、何かが違う。チワワの明るい毛のイメージではなく、もっと地味で焦げ茶と黒の毛色でもっとゴワゴワした感じの毛質のようだ。
 そう、それは直立したアライグマの様な生き物、レッサーパンダだ。
「馬鹿者! 狸じゃ!」
 何か耳の奥から変な怒鳴り声が聞こえてきた。この声には聞き覚えがある。私を拉致した連中のリーダージジイだ!
 私が勝手に夢見てるだけかも知れないが、元々こいつらが悪いんだ。だからこの世界が存在しているのも、こいつらのせいに間違いない!
「手前ぇ、何やりやがった?」
「何、お前さんに狸になって貰い、この世界で一生暮らして貰おうと思ってな」
「ふざけるな! 誰が狸になどなるか」
 頭の中でジジイの含み笑いが聞こえてくる。本当に腹が立つ。
「お前さん、懐に手鏡があるじゃろう? それで自分の顔を見たら良い」
 私は胸の合わせの中に手を入れてみた。確かに手鏡を持っている……って、私、なんで和服なんか着てるんだ? まぁいい。それより顔だ。正直、この展開でいくと間違いなくそういうことになっているだろう。分かっちゃいるが、確かめずにはいられない。私は手鏡を取りだして自分の顔を鏡に映してみた。
 予想通りというか、なんというか、鏡に映っているのは往来を歩いている奴らと同じレッサーパンダ、じゃなかった、狸顔。ま、そんなこったろうと思ったぜ。
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