第15話:静香さんの早期退職と和子が医師目指す

文字数 1,686文字

 その後、大学近くの学生寮に入って勉強を続け江成和男は、大学卒業後、ソニーに就職することを目標に頑張っていて1998年にソニーを受験して採用の内定をもらった。江成和子は医学部卒業後、医師の教育実習のため、忙しく、橫浜市内の病院を飛び回っていた。

 静香さんが2000年2月22日33150円でソニー株を800株売り、税引き後利益2152万円で残金が2432万円となった。勇三さんは同じ時、ソニー株500株売り税引き後利益1345万円で残金が1545万円となった。その頃、静香さんはヤフーの急上昇し、ネットバブル崩壊後、急降下していたのに注目した。

 そして2001年9月3日にヤフー株を202万円で5株を1010万円で勇三と静香で、それぞれ購入した。静香の方は、とにかく勉強時間を取るように、工夫して、2年後の2000年に医師国家試験を受験して不合格となったが、翌年2001年に合格。

 臨床経験を積み自己判断で内科系、特に、これからは高度な検査が診断の重要な鍵になると考えて放射線科で研修を受けることにし2003年に橫浜市立大学放射線科の医師となり折しも、MRI・磁気共鳴画像診断が導入され、脳梗塞、脳腫瘍、脳出血などの頭蓋内病変を診断が飛躍的に向上した。

 また造影剤を用いること無く血管を明瞭に描出できるため脳動脈瘤や血管狭窄などの診断に有用。これ専門科を目指して大学病院や橫浜市内の大型病院にMRI画像診断の名人と呼ばれるように徹底的に1例でも多くのMRI画像診断を経験すべく若いうちに要請があったところに直ぐ飛んでいける体制をとって待機していた。

 ヤフー株は上昇して2000年以前と同じように2倍分割を5回を2004年4月迄に繰り返し32分割した。そして静香さんが遂に2004年4月30日に140万円で全株、勇三さんの株も含め合計192株売却し税引き後利益1.7億円ずつを手にして、ヤフー株だけで約3.5億円、江成夫妻の全資産が5億円近くにした。

 そのため静香さんは家の近くの国道沿いに食堂を借りて調理師免許を持つ仲間と店を持つことを考えてコック修行中の若者を4人雇う計画をたてた。一方、勇三は、その金で梨の木を安く手に入れ農協の若手を雇って、梨農園で梨狩りや簡易食堂で梨のジュース、ジェラード、食事を提供する事にして奥さんの静香さんにも手伝ってもらい調理師も募集してもらった。

 また自宅の農家が古くなったので立て直し近代的な大きな住宅と作り、廊下で繋がった離れに両親に住んでもらい6千万円で木造2階建て大きな家を新築した。その他、梨の木と農園の改修、簡易食堂も含めて1億円を投じて新しくした。2004年、2005年と食堂の経営や若者の指導で忙しく休みが取れなかった。

しかし、2005年3月に熱海温泉に1泊旅行して、ゆっくりした休息する時間を取った。その後、静香さんの食堂が場所が良かったせいもあり、お客さんが順調に増え、賃料、食材費を引いても黒字経営になった。更にアメリカ資本のコストコで安くて良い食材があると噂を聞き勇三と静香が行って見ると間違いなく安くて良い商品が多い。

 そのためコストコを中心、調達先にして目新しい料理を開発し、お客さんを喜ばせた結果、来客数が増えてきて、黒字が大きくなった。若い女性中心に高級デザートの人気が高いと聞くとデザートの種類を増やして高級サンドイッチ、ピザ、パスタなども充実させて収益率重視のメニュー作りを励んでいた。

 そして、そのメニューを江成家のガーデン食堂でも導入して収益を上げることに成功した。静香さんの店では、今年はクリスマスパ-ティーの予約も増え、忘年会、新年会の予約も増えた。しばらくして2006年があけた。2006年は江成夫妻の食堂が成功なのを見て農協の直売所の食堂も企画して欲しいと言われた。

 食堂の賃貸料を安くしてもらう代わりに、農協の野菜、果物を優先的に使う契約とを結んだ。農協食堂では地元特産物のヤマメ、アユ、タケノコ、キノコ、山菜を季節順に買い付け、その他、規格外野菜、果物も大量に買って食堂で使う様にした。
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