第24話  芽の闇

文字数 1,916文字

 こうした受け入れ方は、実にともらしかった。
 中三で母親が出奔したときも、二年後に父親が突然死した際も、少し嘆いてあとは、淡々としていた。ともはちっとも変わっていない。
「それより、ちょっとこっち来て。いいもの見せてあげるから」
 と初を招いたのは、先日ガラクタを片づけた檀の書斎、今は芽が暮らす部屋だった。
 静かな廊下からゆっくりドアを開ける。床を埋める衣類や雑誌が目に飛び込んだ。濁った汁の入った容器、髪の絡まるヘアブラシ、得体の知れないスプレーもある。段ボールからだらしなく垂れ下がるスカートは、先日身につけていたものだった。
「あちゃ。悲惨だね。どうしちゃったの、芽さん」
「前から片づけられない人だったけれど、びっくりよ。
 ちょっとはきれいにして、って言うと、勝手に人の部屋を見たわね、ってキレるの。訴えてやる、って大騒ぎ。
 だれもわかってくれない、娘にまでひどい仕打ちを受けて、ってどこかに電話で泣きついているし。こんなに面倒を見てやっているのにさ」
「芽さんは今日、お出かけ?」
「さっき庭に出たのが見えたから、いるはずよ。ほら」
 あごで示す先に、白いガーデンチェアーで優雅に足を組む芽がいた。携帯電話を使う様子は、どう見てもいい家のマダムだ。
「ああやって一日中電話を離さないの。やっぱり寂しいのかな、って最初は心配したけれど、違うのよ」
「違うの?」
「ビジネスよ、ビジネス」
「なんの?」
「ねずみ講みたいなやつ。今の言葉だとネットワークビジネスっていうのかな。
 得体のしれないサプリメントを仕入れて、だれかに売りつけるの。でもそういうこと、あのひとうまくできないから、在庫抱えちゃってね。少しは飲んでいるようだけれど、どんどん溜まっているみたい。
 衣類って書いてあった段ボールも半分はサプリメントよ。すぐに隠していたけれど、どこに置いたってバレるよね、狭い家だから。サプリ飲んでインスタントラーメン食べていたら世話ないわ」
「芽さん、そんなジャンクフードもイケるの、意外」
「大好きよ、インスタント食品。そこの床にもあるでしょ、汁の残ったカップ麺の容器が」
「このあいだ、泡立て器でお米を研いでいたけど? ご飯は一緒に食べないの?」
「料理らしい料理を自分ですることはないね。作ってあげると口にするけれど、二度目のものには箸をつけない。ほら、おかずって多めに作って次の日も食べるでしょ。ああいうことは絶対ないな。
 いいとこのお嬢様ですもの、そんなことをするぐらいならカップ麺の方がずっとよろしいの、オホホホ」
 ともの視線の先には芽がいた。つば広の帽子と色の濃いサングラスで紫外線対策は完璧である。モスグリーンのサマーニットに白い麻のスカートを揺らし、細いヒールのサンダルで芝を台なしにしている。だれと話しているのか、ときおり笑い声が響いた。
「早く出て行ってもらいたいわ。やることなすこと腹が立つ。変な裁判まで持ち込んで、被告だなんてかっこ悪い」
「そんなこと言ったらかわいそうだよ。住み始めたばかりだし、多めに見てあげたら? 芽さんなりに頑張っていると思うよ」
「勝手に押しかけたのよ。家事でもしてくれりゃまだしも、大声で一日中、お経を唱えるし、部屋は汚すし。今のうちにゴキブリ退治の毒餌でも撒かないと、悲惨。このままじゃこっちが追い出されちゃう」
「そうだ、とこちゃんに引き取ってもらったら? 一緒に暮らすのはだめなの?」
「とこはもっと折り合い悪いもん、あのひとと」
「二人でお金を出してアパートを借りるとか」
「それ、無理。やったことあるけれどすぐに終わった。火の不始末でボヤを出したの。一人暮らしはできない」
「シニアマンションは? 老人向けのサービスがついたマンション。 高いのかな、あの手の施設は」
「老人ホームも検討したけれど、分不相応に贅沢な物件にしか興味を示さないの。何様だと思っているのかしらね」
 と眉間を厳しくしたところに芽が入ってきた。
「あら初さん、いらっしゃい。お変わりなく? お父さま、大変らしいわね。一段落しましたか? 手術はなさるの?」
 サングラスを外し、マダムはおっとり微笑む。
「だいぶ迷っていましたけれど、最後はやるって決めてくれて。ひとまずほっとしました」
「膵臓がんは大変よね。私のお友だちのところもね、ご主人が手術を受けたのに再発して、あっけなかったわ」
「ママ、止めて。縁起でもない」
「おっしゃるとおりです。膵がんはその手の話がほんとうに多くて」
「うちの教団にね、祈祷がうまい方がいらっしゃるの。私から頼んでみましょうか、ご病気の平癒を」
 芽はなにがおかしいのか、ふふふと不気味な音を立て、ねっとりと首をかしげた。

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