第4話 お隣さんと夏の始まり
文字数 7,239文字
梅雨も明け、暦も変わり七月に。テストから解放され、あとは夏休みを待つのみ!と言うウキウキワクワクの時期であった。
その日は久しぶりの部活動。わたしの所属するミステリー研究会(略して『ミス研』)にも小さいながらも部室と言うものがあてがわれている。そこへ呼び出しがかかった。
それはいい。今更こんな急な呼び出し驚くことではない。この部活ではありがちな事だ。ただでさえ少ない部員。しかもそのメンバーは全員癖のある人達。まともな人と言ったらわたしくらいだ。特に先輩方は濃い。悪い人達じゃないけど。
「はい、みんな集まったね!じゃあ毎年恒例!!ミス研夏の合宿の詳細をお話ししま~す!!」
と、元気よく話しているのは。現部長の
「ゆいっぺ先輩今度は何処行くんですか!?」
「待て待て、焦るなさっちゃん(咲良君のこと)…」
「勿体ぶらないで下さいよ~!!」
「ふふふ…」
咲良君と唯先輩は何処となく雰囲気が似ている。波長が合うと言うのだろうか。天真爛漫な所とか、人気者であるところとか。唯先輩はカッコイイのだ。女子だけど。背は高く、某歌劇団の男役を思わせる様なハンサムガールだ。ショートカットの黒髪もまた良い。さすがに制服は女子だけど。私服はボーイッシュなので男に間違われることもある。
「ということで~!田崎君、例のものを…」
今度は笑〇風?唯先輩は芸達者だなぁ。
「はい、かしこまりました。」
こっちもこっちでノリいいなぁ。棒読みだけど。
唯先輩に呼ばれ
例のもの
を運んで来た眼鏡男子。「皆も知っての通り、部長はこんなんだから…今回の場所はまだ決まっていない。」
『え~!?』
「ので、今から決めようと思う。」
バサッ!!
そう言って藤先輩は例のものに掛けられた黒い布を華麗に取った。
こ、これは……!?
それを見たわたしは言葉を失った。
「これ、ダー〇の旅形式じゃない!!」
「わぁ~!!面白そ~!!俺投げていいんですか!?」
「あ、あたしがやる!!」
と、早くも奈々ちゃんと咲良君が手を上げる。
そう、これは紛れもなく例のアレだった。手作り感満載でとても本家とは比べ物にならないくらい貧相だけど間違いない。ダーツであった。丸い回転部分に幾つか候補の地名が書かれている。達筆だからこれは恐らく藤先輩が書いたのだろう。唯先輩の命令で。
「去年はうちら学習合宿とかで行けなかったからさぁ~!!」
ああ、そう言えば。唯先輩達二年(今は三年だけど)は、去年ミス研の合宿には参加できなかったんだっけ。通りで静かだと…いや、あれはあれで結構散々な目に遭った気もしなくないけど。特に忍先輩とか忍先輩とか…。
今は卒業してしまった先輩を想い出し、去年の夏合宿を想い出した。蒼の陸上部とも一緒の場所だったんだよね。そこでまぁ…なんやかんや付き合う事になったんだけど。
「今年は新入部員もゲットしたし~!!」
そうなのだ。このミステリー研究部、いかにも怪しい部活にもかかわらず新入部員がなんと三名も入ってくれたのだ。多分、咲良君効果のおかげ。
「よかったわよねぇ!さすが持つべきものはイケメン王子の部員よねぇ!!」
ひょっこり出て来たのは、妖艶な雰囲気のお姉さん。いや、制服を着ているので生徒なんだけど。ミス研セクシー担当(自称)、
「特にこの子とっても可愛いわぁ~!」
「艶子、やめなさい。せっかくの部員が逃げる。」
艶子先輩が妖艶に微笑みかけたのは、新入部員の…えっと、確か白崎君だっけ。名前忘れたけど。わたしにとっては中々のイケメン。華奢で色白でこう儚い美少年って感じで。艶子先輩の悩殺笑顔に顔を真っ赤にしている姿は確かに可愛い。藤先輩がすかさず止めた。
良いバランスなんだよね。この三人の先輩達。前の先輩達もそうだったけど。わたし達もこんな風に良いバランスで成り立っていればいいんだけど。
「あ、あの…合宿ってやっぱりお泊りするんですよね?」
「そうだよ?」
「そ、そうですか…す、すみませんすみません!!」
「謝らなくていいよ~!杏ちゃんはお泊りとか苦手?」
「そ、そういうわけでは!!すみません!すみません!!」
この、やたら謝ってしまう低姿勢なシャイガールは白崎君と同じ新入部員。
「ただ…その…私、お友達とかそう言う人いなくって…その…お泊り会とかしたことがないんです…」
「え!?学校の行事とかは?」
「その…いつも高熱を出して行けなくって……すみません!すみません!!」
「いや、だから謝らなくて良いってば。じゃあ、今回は初だね!杏ちゃんにも楽しんでもらえるよう、先輩がんばっちゃおう!!」
更に張り切る唯先輩を前に、またしても深く頭を下げまくる杏ちゃん。
そっか、お友達とかいなかったんだ。内気な子みたいだし、いじめられたりしたのかな。わたしも積極的な方ではないからなんか親近感。蒼や奈々ちゃんがいなかったら、わたしもそうなっていたかもしれない。
「うっざ。そんな謝ってばっかじゃ誰も寄って来ないっつーの。」
「…すみません!」
「だからそれがうぜーんだよ!!」
と、やたら突っかかって来るこの子。も、同じく新入部員、
男子二人に女子一人。あれ?男子の方が多いな…これって咲良君効果じゃないんじゃ…
「そんで何処行くんすか?」
「やる気満々ねぇ~!いいわ~!!」
「べ、別に!さっさと決めて帰りてーだけだし!」
「あらツンデレ系?かわいい~♡」
「うっせ!俺は別に…」
と言いつつ艶子先輩に迫られ、真っ赤な岳君。意外と可愛いぞ。でもなるべくなら関わらない様にしよう。
「こら、本題に戻るぞ。とにかく、今回はこれで決める。」
「は~い!!これ、誰が投げるんですか?」
冷静な藤先輩に対し、楽しそうに手を上げる咲良君。
それはやっぱり、部長である唯先輩なんじゃ…
「ふふふ、そうだよね?誰が投げるか気になるよね?」
「だから勿体ぶらないでくださいよ~!!」
「そうだぞ、唯。どうせお前がやるんだろ?」
二人に迫られても尚、唯先輩は不敵笑い部員達を見渡した。そして…何故か最後にばっちりとわたしと目が合った。
い、嫌な予感…これは絶対わたしに…
「はい!あかりん!!」
「ええ!?い、いいですよ!!」
やっぱりわたし!?一斉にこちらへ視線が集まり気まずい。なんか岳君とか凄く睨んでるし!!怖い!!
「な、奈々ちゃん!!」
「え?まぁ、灯が言うなら…」
「あ~!!ななちんずるい!!だったら俺がやる!!」
「嫌よ!灯はあたしに託したのよ?責任もって引き受けなきゃ駄目よ。」
な、奈々ちゃん素敵…!!相変わらず男らしい。
きりっと前を向き、咲良君を払い退け投げる体制に……
そんな時だった。
ガラ!!
「お~!!なんか楽しそうだなぁ~!!」
突然部室の窓が開けられると、現れたのは日向君。さすが、空気の読めない男!!こんなタイミングで無邪気に現れるなんて!!
「げ!?馬鹿日向!?」
「あ!唯先輩お久しぶりで~す!艶子先輩も!つかお二人とも相変わらず美人っすねぇ~!!」
ひょっこり現れ、奈々ちゃんの冷たい視線にも気づかず華の女性陣に笑顔でご挨拶。それに笑顔で応える先輩方。ここはちゃんと追い払うべきでは?
「あれ?なっちゃん(日向君)も部活?」
「そっす!」
「相変わらず頑張ってんじゃん!今度私と勝負しない?」
「マジっすか!?俺ぜってー負けませんよ!!のでもし俺が勝ったらデートして…うごっ!!」
と、やっぱりこうなる。奈々ちゃんの無言の裏拳が日向君の顔面を直撃した。
気の毒だけど、これは自業自得だよね。日向君。蒼に連絡して引き取り来てもらおうかな。
「あら~!だめよ~、ななちゃん!!」
「いいんですよこいつは。」
「それにしても…見事に決まったわねぇ~。」
艶子先輩、そこ感心するんですか。まぁ、確かに綺麗だったけど。奈々ちゃん、日に日に日向君のツッコミの腕が上がってるなぁ。
「大丈夫~?」
「だ、大丈夫っす!俺、これはななちんの愛だと思ってるんで!!」
「あら~!!そうなの~?」
日向君も懲りないなぁ…わざとだろうか?澄んだ目で艶子先輩を見つめているのがなんか痛々しい。
「でも艶子先輩も好きなんで俺とデートし…うっ!!」
「あら~、また綺麗に決まったわねぇ~!!」
本当、懲りないなぁ…もういっそ殴られようとしているのかな。この人。
と、まぁ。日向君が乱入してくるのもいつものことだ。前は緋乃先輩にお菓子貰って餌付けされてたり、口説こうとしたら忍先輩に凄く睨まれていたり…蘭子先輩に冷たい目で見られて、なぜか喜んでいたり…そんな光景と同じ。
それにしても、そろそろお引き取り願わないとな。合宿の場所決められなくなっちゃうし。岳君が凄く不機嫌だし、杏ちゃんと白崎君はなんか怯えてるし。
「あの~…援軍呼びますか?」
と、藤先輩に遠慮がちにわたし。彼は無言で頷いた。
「頼む…」
「はい、じゃあさっそく…」
スマホを取り出し、援軍を呼ぼうとした時だった。タイミング良く現れたのは…
「日向君!!何やってるの!!」
「あ、美波ちゃん!」
しっかり者の美波ちゃん。そう言えば美波ちゃんも陸上部だった。その後ろを見ればちゃっかり水城君までいる。
「ほら、帰るぞ。」
「他の人に迷惑かけないの!!」
「三島がキレると怖いぞ~?お!すっげー可愛い子いる!!」
「水城君!!」
おいおい、水城君まで何言ってるんだか…
私の後ろに隠れる様にして立っていた杏ちゃん。それを目ざとく見つけた水城君は目を輝かせた。美波ちゃんに怒られてすぐやめたけど。
水城君、こういう子タイプなんだ。まぁ、確かに杏ちゃんは凄く可愛いけど。今物凄く震えて怖がってるけど。
「すみません、日向君がまた…きつく言っておきますから。」
「いいっていいって!なっちゃん楽しいし。てか君可愛いよね?最近よく回収しに来るけど…」
「え!?ええ!?そんな私なんて…ほ、ほら!行くわよ二人とも!!」
唯先輩にどさくさ紛れに褒められ、美波ちゃんは顔を真っ赤にした。無理もない。唯先輩は女子だが、凄くカッコイイから。美波ちゃんの好みのタイプなんだよね。この顔。
「あはは!可愛いなぁ~!!」
「唯先輩、美波ちゃんまでからかわないで下さいよ。」
「え?美波ちゃんっていうんだ?へぇ~!!」
目を輝かせ、二人を引きずってグラウンドへ戻って行く姿を見つめながら唯先輩。相変わらずとても楽しそう。
確かに美波ちゃんも可愛いけど…
「藤先輩も何か…」
「……」
「先輩?」
見れば、藤先輩は顔を赤くして…唯先輩と同じ様に美波ちゃんを見つめている。それも、恋する乙女の様に…
まさか…藤先輩って…
「駄目ですよ!美波、ちゃんと好きな人いるんですから!!」
「ば!!な、何言ってるんだ葉月!!ちょっと見ていただけだろう!!」
「動揺するほど怪しいのよ…全く、男ってこれだから!!」
本当にね。可愛い子を見ると本当…。こんな所で動揺しないのは蒼くらいだ。
奈々ちゃんに言い訳しまくる藤先輩を見ながら、わたしはため息をついた。この人こんなところあったんだ。なんかちょっとショック。黙ってれば知的なイケメン眼鏡なのに。忍先輩とはまた違った感じの。
その蒼君、一体どうしたのだろうか?こんな騒いでいるのに気が付かないなんて…
「あ、蒼!!こんな所にいた!!」
「ああ、灯か……」
騒がしい部活の後、帰宅した私は夕飯のお誘いをしに蒼の家を訪れた。チャイムを押しても反応が無かったので、念のためと受け取っていた合鍵でお邪魔させてもらったのだ。蒼の両親は共働きで、食事はお隣の花森家で取ることになっているのだ。
部屋を探してもいない、居間を探してもいない…そしてやっと探し当てた場所が書斎。ここは蒼の父、碧琉さんが良く使っている部屋だ。蒼がいるのは珍しい。
「びっくりしたよ!返事ないし!!」
「ああ、すまん。ちょっと眠たくて…」
「眠くて書斎?」
「ここが一番よく寝れるんだよ。涼しいし……」
確かにこの書斎は一段とヒンヤリして心地よい。今は七月、夏の暑さも厳しくなって来ているから尚更だ。そう言えばこの人、暑いの苦手だった様な。
愛用なのか、適当に持って来たのか…水色のタオルケットに包まって転がっていた蒼は、目だけこっちを向けるとまだ眠そうにしていた。
なんか…変な生き物みたいに見えるんだけど…包まってるから。でもそんな姿もちょっと可愛い!なんて思うのはまずいだろうか。
とりあえず、隣にちょこんと腰を降ろすと目が覚めるのを待ってあげる事にした。
「そう言えば…最近眠そうだよね。テストも終わったのに。」
「ん…ちょっと本読んでたら夢中になってな…」
「へ~!!どんな?あ!わたしに感化されて少女漫画読んでるとか!!」
「そんな訳ないだろ。」
「だよね~……」
『そうだ』って肯定されたらちょっとわたしも困るし…
「あ、起きるの?」
「灯と話してたら目が覚めた。」
「あ~、変な事話してごめんね。」
「別に、慣れてる…」
ですよねぇ…ははは…
「そう言えば…今日は一段と騒がしかったな。」
「何が?」
まだ眠いのか、依然横になりながら蒼はぼそり呟くようにそう言った。
一段と?ってもしかして部活のこと?知ってたら助けに来てくれてもいいのに。
「新しい部員はどうだ?」
「え?ああ…ちょっと個性的だけどまぁ…」
「顔はそこそこいいと…」
「そうなの!!白崎君って子は色白で華奢でもう儚げな美少年ってかんじで!来栖君って子はちょっと不良っぽくて怖いんだけどツンデレっぽくて!!」
「……」
「でもねぇ~!!杏ちゃんって女の子も入って来てくれて!あ、この子一番最初に入ってくれたんだ!わたしが誘った子なの!!でね、その子凄く可愛くて大人しいんだけど…」
「なんだ…女子もいたのか。」
「いるよ!!てか、ちゃんと先輩も女子いるから!!ちょっと変わってるけど…」
「また変わってるのか……」
「い、いいんだよ!皆良い人なんだから!!た、多分…」
「お前の『多分』は信用出来ない。」
「じゃあ蒼も入部して確かめればいいじゃん!!」
「いいのか?俺はお前がいいなら別に…」
「や、やっぱり駄目!!」
危ない危ない!!ついノリで入部させるところだった。前々からその気はあったけど…蒼の心配性は本当、たまに異常だからな。
「ふっ…灯は本当面白いな。」
「あ!笑う事ないじゃん!!って笑った!?」
「笑ってない。」
いやいや!今ハッキリ見ましたよ!!蒼さん!!あなた、微かにだけど口元緩んでましたよ?
うわぁ~…凄いレア!!年中無休無表情のお隣さんが笑うとか!!しかも、めっちゃ可愛い!!ていうか萌える!!カッコいい!!
「ねぇねぇ!!もう一回笑ってみて!!」
「笑えと言われて笑えるなら苦労しない。」
「あ、そっか…だよねぇ…」
ああ、やっぱりいつもの蒼だ。もういいけどね。これでも。
「まぁ、俺が笑わなくてもいいだろ。」
「いや、たまには笑おうよ。」
「俺の代わりに灯が笑えばいいだろ。」
「なんで!?」
「その方がいい。」
「いや、わたし疲れるよ!?一人で二人分って……」
「駄目か?」
「そ、そんな目しても駄目です!」
何この上目遣い!?やっぱり蒼、夜な夜な少女漫画を読み漁って寝不足になったんじゃ…
「そうか…俺はお前の笑った顔が好きなんだけどな。」
「な、何それ……」
何だその台詞!!ひょっとして蒼寝惚けてるんじゃ……そうじゃなきゃこんな胸キュン台詞言ったりしないし!!
あ~!!顔が熱い!!夏の暑さのせいにしたいが、ここは冷房が効いて心地よい。こんな時、わたしはどんな反応をすればいいの?何が正しい?
「そろそろ、行くか。」
「う、うん。」
いつの間にか蒼が立ち上がっていて、自然と手を差し出すのでわたしもつい自然に手を握ってしまった。手が意外と大きくてしっかりしてるななんて思ったり。ここでしみじみとお隣さんの成長を感じつつもドキドキしている。
ああ、でも…仕方ない!!だってわたしは蒼が好きだから…
「それで?合宿場所決まったのか?」
「え?ああ、あ~…それね。うん。」
誰から聞いたのか、恐らく日向君からだろう。合宿の話は蒼の元にしっかりと届いていたらしい。やはり心配なのだろうか。去年も肝試しについて来たし。
「言わないと駄目?」
「なら俺も入部して付いて行くことになるぞ。」
「い、言います!!なのでやめて!!」
「冗談だ。」
「蒼の冗談は冗談に聞こえないんだよ!!」
そうツッコミを入れ、顔を見るとまた微かに笑った気がした。
なんかずるくない?そう言う顔をふとした瞬間にするとか。
「やっぱ言わない!」
「まぁ、お前が言わなくても葉月に聞くから。」
「…蒼さん、やっぱり付いて行く気満々なんじゃ……」
「……知らん。」
「知らんて!!何その誤魔化し方!!絶対そうだ!!」
「ほら、腹減ったからさっさと行くぞ……」
やっぱり…蒼は蒼。二年になっても彼氏になっても変わらない。過保護過ぎる!!
けど…冗談を言ったりするところとか…ちょっと成長したのかな?
って今はそうじゃない!!
目を反らしてぎこちなく歩く蒼を見ながら、嫌な予感は増長する。
お隣さん!!そろそろ過保護は卒業してください!!いつまで経っても灯ちゃんが成長できません!!