chapitre71. 地上と地下と
文字数 9,243文字
先月19日付けで送られたメッセージを受け取った。
ラピスが水没するという地上側の予測について、我々“
ついては――
冷え込みがいよいよ厳しくなってきた、12月初頭の朝。
ロンガは起きるやいなや
「何かありましたか?」
「ち、地下から、返事が来た」
寝起きな上に焦ったのでろくに呂律が回っていない。落ち着いて下さい、と言ってフルルがハーブティーを出してくれる。バレンシアにいた頃の宿舎の仲間から譲り受けた乾燥ハーブを使って淹れたものだ。慣れ親しんだ味と香りを楽しんだことで、少し心が穏やかになった。ひとつ溜息をついてから、「ありがとう」とお茶を淹れてもらったことに対して礼を言う。その間にフルルがリヤンを起こしてきて、3人で古酒場の椅子に座り直した。
落ち着いたところでロンガは話を切り出す。
「それで、なんだが」
「はい。“ハイバネイターズ”から返事が来たんですね?」
「そうだ。先月私たちが送ったものへの返答だ」
「届いてたんだね」
暖かいハーブティーの入ったマグカップを両手で抱えたリヤンが、頬をピンク色にしながら言う。
「全然お返事がこないし、ダメだったと思ってた」
「遅くなった理由は分からないが、とにかく返事が来た。それでだ――とりあえず読もう。私もまだ全部は読めていない」
非常電源から給電して、ロンガは壁にメッセージを投影する。長い全文に3人で目を通すのには10分以上かかったが、かいつまんで示せば、こちらの謝罪に対しある程度の重みを持って捉えてもらえたことと、ラピスが水没するというビヨンドの予言に対してそれなりの科学的根拠から裏付けできたことが記されていた。
読み終えたロンガは、冷めたハーブティーを飲み干してから、年下の少女たちを見回した。
「どうする? リヤン、フルル。その――伝えるべきか」
「え、MDPにってこと?」
「いや……MDPに伝えるのは当然だ。私たちはあくまで、地下との交渉を担っているだけで、その主体は最初からMDPだ。そうではなくて、つまり――アルシュに伝えるかどうか」
ロンガが言葉に詰まりながらも、結局は直接的に言うと、穏やかな冬の朝に静寂が降りた。フルルが顔を両手で覆ってうつむく。その右手を肘まで覆う包帯は、まだ取ることを許されていない。
アルシュとフルルが“ハイバネイターズ”と見られる連中に襲撃されてからひと月が過ぎた。
幸いにもフルルの怪我は比較的軽く、右手の骨折を残してほぼ完治した。しかしアルシュはと言うと、フルルと同じく身体の怪我は治りつつあるものの、時折頭痛を訴えることがあった。物覚えも少し悪くなったように見える。
アルシュがそんな調子では、今までのようにMDPの激務に
先日、アルシュの主治医である医療従事者のもとを尋ねた。そのときに、頭部を強く打った後遺症が何らかの形で残っているのではないか、と言われた。
「何とかしてください」
フルルが不自由な手で縋り付いて、今にも泣きそうな顔で頼み込んだが、古びた白衣を羽織った彼は苦しそうに首を振った。
「手術が必要な可能性がありますが、今の設備ではこれ以上はできません」
「どうしてもですか!」
「――できません。設備が不十分なのに無理をするほうが危険です」
「あ、貴方がたの役割じゃないですかっ、それが」
「フルル、ダメっ――」
リヤンが後ろからフルルの肩をつかみ、引き止めようとする。言い過ぎだ、とロンガが割って入ろうとすると、白衣の胸元を掴まれた彼は汗のしたたる顔をうつむけてぽつりと言った。
「――どうして設備が足りないのか分かりますか?」
至近距離で睨んでいるフルルの顔を睨み返し、彼は冷たい声で言った。その鋭い眼光に、フルルだけでなく後ろで見ていたロンガまで背筋が冷たくなった。
「貴方がた統一機関が、医療を
それ以上何も言えず、3人は口数の少ないまま古酒場に帰った。フルルとリヤンは夕食後すぐに部屋に戻ってしまい、ひとり部屋に残されたロンガは長い沈黙の夜を耐え忍びながら、地下から連絡が来るのを待っていた。
あの日のことを思い出すと、今でも胃が握りつぶされたように痛くなる。だが、MDPに協力しているのみならず、アルシュの友人であるロンガたちにとっては、嫌でも考えなければならないことだった。
「どうする?」
もう一度言って部屋を見回すと、目の充血した顔を上げたフルルが、絞り出すような声で「私は」と言った。
「お伝えしたいです」
「……うん、私もそう思う。だって、ロンガとアルシュさんが最初に言い出したことだもん」
「そうです。それに、あんな――酷いことをされても、今でもマダム・アルシュは“ハイバネイターズ”に謝ろうとされてるんです。あの方の悲願がようやくひとつ届いたかもしれないんですから、たとえ第一線を退いていようが、お伝えしない選択肢はありません」
異論はなかった。
2人の言葉に、ロンガは唇を引いて、小さく頷いた。
朝9時にはもうMDPに情報が持ち込まれ、会議室では歓喜と悲嘆の声が上がった。
前者は、半月の時間を経てようやく反応が得られたことに対して、また、“ハイバネイターズ”側に協調の意思があることに対して。後者は、MDP内部でもあまり受け入れられていなかったビヨンドの予言が、科学的根拠をもって裏付けされてしまったことに対してだった。
「どう対処すべきか?」
部分的に回復した配電系統を使って各都市のMDP構成員が議論の場に集まり、あまりにも広い意味を持ってその問いが投げられた。
果てない議論は続いたが、時間的に猶予がないため、あまり複雑なことを考えている場合ではなかった。こちらの現状を包み隠さず“ハイバネイターズ”側に打ち明ける。結局はそれしかないと、誰もが胸の底で悟っていたのだろう、夕刻を待たずに“ハイバネイターズ”側に返信する文章ができあがり、合意が形成された。
遅い昼食のパンをかじりながら、ロンガはアルシュの病室を訪れた。
ベッドから半身を起こしたアルシュは、いつも側頭部で
「良かった」
そう言ってアルシュが口元を緩める。
「うん、MDP側が返事をする気になったことも含めてね、良かったと思うよ」
「アルシュがそう言ってくれて安心した。本当はそこも意見を仰ぐべきだったよな、ただ、急いで結論を出す必要があったから――」
「気にしないでってば。私がどう思うかは、ロンガたちにも分かるでしょう? 良いんだよ、丁寧にお伺いを立ててくれなくても」
「でも……MDPはアルシュの組織だ」
「違うよ。私はただ、責任者なだけ。三百人のなかの一人でしかないんだよ」
アルシュは眉をひそめて言った。傾いたオレンジ色の日差しが差しこみ、痩せた顔に陰影を刻む。
「本当はロンガだって分かってるでしょ」
「――まあ、うん」
頷きながら、口に出して言えるはずもない言葉が胸の奥で沈んでいるのを感じていた。今のアルシュはまるで――MDP総責任者たる自分がいなくなることを見越して、その後の支度をしているように見える。
実際のところ、その日はいつ来てもおかしくなかった。今の彼女は安静を言い渡されているので、仮にラ・ロシェルが“ハイバネイターズ”の攻撃に晒されて逃げる必要が生じたとしても、この部屋から動けない。
そうでなくても頭痛の頻度は増しているようだし、時折、意識が不鮮明になることがあった。頭を打った後遺症が、少しずつだが確実に進行しているのが分かる。
アルシュと会話している途中にも関わらず、ロンガがつい考え込んでしまうと、下ろしたままの髪の毛を引っ張られて我に返った。視線を上げると、
「
そう言って微笑むので、ロンガは彼女に背を向けて座ったが、いくらもしないうちに違和感に気がついた。アルシュは何年もの間、手慣れた仕草でロンガの髪を編んでくれていたのに、今日はやけに仕上がるのが遅い。それだけではない、頭皮をなぞって毛束を拾う指先が細かく震えているように思えた。
「……アルシュ?」
流石に不審に思い、振り向けないままロンガが問いかけると「ごめん」と震えた声が言った。
「やっぱり無理、かも。指に、力が入らないんだよ。何でだろう」
「え――それは」
「待って……こっち、見ないで。ごめん」
呼吸を荒げて、アルシュが絞り出すような声で言った。そう言われると後ろを見るわけにも行かず、部屋の壁に視線を投げたまま「大丈夫か」と問いかけた。しゃくり上げるような声が聞こえる。
「振り向かないで。帰って」
「話をさせてくれ」
「……帰って」
「お願いだ」
「
ほとんど泣き叫ぶような声でアルシュが言った。旧友の激しい拒絶に、胸が突き刺すように痛む。病人にここまで声を荒げさせて、なお居座っている自分はどうかしているとも思ったが、どうしてだろう、ここでロンガが立ち去ってしまうと全てが泡になって消えてしまうような気がした。
「そっちは見ないから――返事も要らないから、話を聞いて欲しい。2年前に塔の上に閉じ込められた日、同じようにアルシュは泣いていて、私が傷つけてしまって、ろくに言葉を交わせないまま別れた。その後に葬送で会ったときも、素っ気ない言葉で別れになってしまった。ここでまた、私が帰ってしまったら、今度こそもう会えない気がするんだよ」
後ろにいるはずのアルシュは答えなかった。ただ息づかいだけが聞こえて、体温の温もりが僅かに感じ取れる。ややあって、「その理屈で言うと」と少し落ち着いた声で言った。
「ちゃんとお別れしないほうが、また会えるってことにならない?」
「……あれ、そうなるのか?」
「ふふ……しっかりしてよ」
やっと少し笑って、アルシュが言った。振り向かないでよ、と念を押すように言いながら、アルシュの手がロンガの手を拾って、包み込むように握る。指先は震えていて、握る力は弱かったが、その手はとても温かった。
ごめんね、と小さい声が言う。
「こう見えて、意地っ張りなんだ。古い友達だからこそ、弱っているところを見せたくない」
「いや、研修生だった頃から知っていたが」
「知らなかったって言ってよ。こういうときは」
「初耳だな」
「もう遅いよ」
アルシュが笑ってくれたので、つられてロンガも笑った。
空気の塊を吐き出すように笑うと、なぜかとても心地よかった。頬の筋肉が引っ張られる感じがどうにも懐かしく感じられた。思い返せば、アルシュが襲撃されてからというもの、笑うことが減っていた気がする。
顔は笑っているのになぜか涙がこみ上げた。ロンガもまた、他人には見せたくない表情になりながら、手のひらに伝わる熱と微弱な握力を、いつまでも忘れないように胸に刻んでいた。
*
メトル・デ・ポルティより、地上を代表して“ハイバネイターズ”に告ぐ。
返事を拝読した。まずは、こちらの声明に目を通していただいたこと、そして応えていただいたことに感謝する。
その上で、地上と地下が連携して問題解決に当たる方法を模索したいと考える。我々以上に高い技術力の集積を所有するであろう“ハイバネイターズ”に期待している。
ついては――
MDPからの返事は翌日の夕刻にやってきた。
ハイバネイト・シティ下層には、いつになく落ち着かない雰囲気が漂っていた。その原因は明らかで、MDPからメッセージが届いていたこと、そしてD・フライヤの啓示によってラピスが水没すると示されたことが、総代サジェスの口から語られたためだった。
夕食後に全ての“
ベッドに腰掛けたティアが、外套の裾を強く握りしめる。
「――どうなるんでしょうか。自分たちの復讐を果たすことを選ぶか、
ソレイユは行き交う雑音の中でどうにか耳を澄まし、サジェスの声を聞こうと努めていた。これだけ混乱した状況の中で、表情ひとつ崩さず、落ち着いた声の調子で話し続けられるサジェスの冷静さはいっそ恐ろしいほどだった。
『諸君の意志を問いたい!』
10万の同胞ひとりひとりを見回して――現実には彼の姿を直接見ている人間はもっと少なく、音声や映像で見ている“
『18万もろとも水底に沈むか、手を取り許し合い新天地を目指すか。春を待つ同胞よ、よく考えて決めて頂きたい』
サジェスが言い終わるのと前後して、激しい衝突音がした。部屋の扉に重たいものがぶつかったような音だった。先ほどからずっと言い争う声が聞こえていたから、それが掴み合いの喧嘩に発展したのだろう。
「
カノンが呟く。
「あんたらも、今日は無理に居室に帰るくらいならここに泊まりな。混乱した仲間がどこで爆発するか分からない、固まって動いた方が安全だ」
「うん、ありがとう」
「……そうですね」
表情の抜け落ちたティアの顔は、薄暗いなかでも分かるほど血の気が失せていた。
「今回の情報公開によって、僕たちの想像していた以上に、仲間は均衡を欠いたように感じます。明日以降、粛々とブレイン・ルームに向かってくれるとは思えません」
「また上に流れる奴が増えるな」
「上に流れるって?」
ソレイユが尋ねると、カノンは苦い顔で顔を背けた。
「あんたが下に来てすぐの頃、襲ってきた連中がいただろう。あいつらはブレイン・ルームで集合意思を形成する作業には携わっていない。銃を持っている奴を中心に連れ立って、中間層、だいたい10から20くらいの無人フロアを徘徊している。時折、あんたみたいに迷い込んだ地上の人間を
「なるほどね。もしかして、ぼく、あのときかなり危ない橋を渡った?」
「あんたと同じ真似を他に10人がやったら、10人全員死んでたね」
「そう……」
ソレイユは溜息をついて、痛む額を指先でつついた。ふと、ラムが自分と同じタイミングで居住区域を脱出しようと目論んでいたことを思い出す。下層にやってきてから一切の音沙汰はないが、どうにか生き延びていてほしいな、と願った。ああ見えて生への執着は人一倍強いはずだが、彼が生き残っているかどうかは、そんなものと何の相関もない。
明日を生きるために膨大なカロリーと物資と希望を必要とするくせに、ほんの小さい銃弾ひとつで簡単に消えてしまう、それが
また激しい衝突音がしたので、ソレイユの意識は短い思考の旅から引き戻された。カノンが小さく舌打ちをして、本棚と机を動かして扉を塞ぐように置く。
「この分じゃ、明日には扉が歪む」
「止めに出たほうが良いかな」
流石に不安になってソレイユは立ち上がったが、ティアが「いえ」と冷静に首を振る。
「その必要はないと思います。そろそろ『撤去』される頃合いかと」
「ええと――どういう意味だっけ?」
ソレイユが首を傾げるのと前後して、嫌なブザー音が廊下に響き渡った。驚きで飛び上がりそうになってから、聞き覚えのあるその音の正体に気がつく。以前、ELIZAのシステムを利用して居住区域を脱出したときにも耳にした、規律を乱す者に対し発せられる警告音だ。
平坦な合成音声が警句を発しているのが聞こえた。ソレイユは壁に耳を当てて、外の音を聞いてみる。どうやら、取っ組み合いをしていた片方はELIZAに忠告されて我に返ったが、他方はそんな喧嘩相手に腹を立ててさらに殴りかかろうとしたようだ。
警告音が鳴り続けている。
心臓を毛羽立たせるような音に、部外者であるはずのソレイユすら胃が痛くなった。ティアが俯いたまま「そろそろでしょうか」と呟くと、それとほぼ同時に息を呑むような音が聞こえた。金属を叩く硬い音、モーターの低い作動音、そして重たい塊がどこかにぶつかった音。それらが混濁して部屋の壁を揺らし、直後に凍るような静寂が訪れた。
ロボットアームよりよほどぎこちない動きで、ソレイユは居室を振り返る。逆光の中でほぼ影一色に塗りつぶされたカノンとティアがこちらを見ていた。震える唇でどうにか問いを投げかける。
「今のが『撤去』ってこと?」
「そうだ。あんたと同じように中間層に送られる」
「送られたらどうなるの」
「俺は知らない。が、予想はできるだろう」
「……相応の装備を持っていない限り、無事に帰ってくることはできないと思います。下層の人間はほとんど認可銃を持っていませんから――多分、殺されるでしょう」
淡々と言うティアの顔を、半ば信じられない気持ちでソレイユは見つめた。カノンすら明言を避けた『殺される』という一言を、11歳の少年であるティアは何の
唐突に、彼のような成長期の少年が、なぜこんな薄暗い場所にいなければいけないのか、と憤りに近い疑問を感じた。ティアはソレイユよりちょうど10歳年下だ。ソレイユにとって10年前と言えば、まだ統一機関に加入したばかりの頃だ。記憶操作を巡ってラムとあれこれやり合った時期ではあるものの、誰かの死と隣り合わせであるハイバネイト・シティ下層よりは、ずっと安全で穏やかな場所に住むことを許されていた。
なぜカノンもサジェスも、こんな危険で心身をすり減らす場所にティアがいることを良しとしているのだろうか。
「――どうしてなの?」
深夜11時、ティアが部屋の片隅で眠りについたあと、小声でカノンに尋ねてみた。
「いくら事態が切迫していて、使える手は全て使いたいからと言っても――子供というのは、もっと守られてしかるべき存在だと、少なくとも以前のラピスなら考えていたはずだ」
「ああ――いや、俺自身もそう思うけどね」
カノンは息を吐いて目を閉じた。
「でも、過酷で暗い世界を生きて、傷つき苦しむことを、ティア君自身が望んでいるように思う」
「どうして――」
「苦痛を紛らわすため、肌に爪を立てるようなものだろう。あんた、今まで生きていた世界から切り離され、言葉すら通じない世界に投げ出され、そこで思いがけず人を殺めてしまった子供の感じる苦痛が想像できるか」
考えるまでもなく、想像できるはずもないことだった。ソレイユだけでなく、全ラピス市民に尋ねて回ったって、誰ひとりティアと同じ経験をしている人間はいないだろう。
「傷つくことでしか、傷つけた対価を支払えないと思っているんだ」
眠っているティアをちらりと見て、カノンが言った。
「そして、その発想自体はおそらく正しい」
「正しくなんかないよ。ティア君がいくら苦しんだって死んだ人が帰ってくるわけじゃない」
「あんたの言っているその、正論めいた言葉のほうがよほど冷酷だ。苦しむことがティア君にとって唯一の救いなんだろう」
「――そんなの」
壁際に座り込んだソレイユは、組んだ両腕に顔をうずめた。
「まやかしの救い、じゃないか……」
「そんなこと言ったら、誰が本物と偽物とを決めるんだ。世の中に揺るぎない真実があると思うのは、あんたら開発部の人間の特徴か?」
皮肉めいたカノンの言葉には応えないまま、ソレイユは横に身体を倒して目を閉じた。熱を持った頭の中で鳴り響くのは、いつかの自分自身の言葉だった。
『ぼくは全ラピス市民の先陣を切って、“
あのときは本気でそう思っていたのだ。
でも、考えるたびに分からなくなる。数で数えてしまえばたった一人を死なせただけのティアが、こんなにも苦しんでいる。そして、その何十倍、いや何百倍もの悲しみや嘆きが、他ならぬ“
まだわかり合える。
手を取り合える。
――本当に?
その「まだ」は、とっくに通り過ぎてしまったのではないだろうか。