土佐犬とワタシ。

文字数 1,663文字

土佐犬をご覧になったことはあるだろうか?
フツーのペットとして飼われてるやつじゃなくて、ガチの闘犬として育てられた土佐犬だ。
ワタシが子供の頃、母の兄が大阪市の隣の隣の市で、中華料理店を営んでいた。
府内でもやや田舎の方で、周辺には溜池や田んぼもまだ結構残ってる地域だった。
店の向かいは片側二車線の幅の広い道路だが、田んぼと民家が退かないので、主要な道路まで貫通しておらず、道幅はあるが車通りが異常に少ない。
その道沿いを子供の足で十分ほど歩くと、右手の方に二メートルくらいの鉄壁に囲まれた解体屋さんがあった。
ヤのつくお商売関連だ。
そこでは毎月一度、闘犬が開催される。
その時だけは、解体屋さんの前の路上に高級外車が何台か停まる。そこは賭場だ。
闘犬のある日は、犬はギャンギャン吠えてるし、怖いオヤジが出入りしていて、雰囲気がヤバかった。
ある日曜日、近くのアパートから出前のお皿を下げて来て欲しい。と母に頼まれ、妹と二人で店を出た。
忙しすぎて、出前用のお皿が足りなくなるようなことがあると、ワタシと妹は近所のお皿だけは引き上げに行く手伝いをしたのだ。
歩いてしばらくすると、日曜日にも関わらず、解体屋さんの前に高級外車が停まっているのが見えた。いつもは閉まっている鉄扉も開いている。
闘犬の日だったのだ。
ワタシがもう行くの止めよう。言うと、当時はめちゃくちゃ無鉄砲で怖いもの知らずだった妹は
「大丈夫やって!出てけーへんし、見えへんやん!怖がりやな!!」
と強行姿勢だ。
確かに土佐犬は頑丈そうなガッチガチの折に入れられているし、怖いオッサンは闘犬に夢中で声だけしか聞こえない。
「早よいこ!!!」
そう言って、歩き出した妹に引っ張られる形で、ワタシは渋々歩き出した。
だが、その刹那、体長三メートル(体感)ほどもある土佐犬が、解体屋さんから出てくるのが見えた。
首輪をしてるがリードは無く、ついでに飼い主らしい人も見当たらない。
土佐犬は道路を渡って、ワタシ達の乗る歩道に向かって歩いて来る。
この時、土佐犬との距離は三十メートルほどだったが、土佐犬は地面の匂いを嗅ぎながら歩いていたので、こちらには気づいていなかった。
さすがの妹も、やべ!と思ったのか、立ち止まり、ワタシ達はどないする?と顔を見合わせた。
とにかく気づかれない様に、ワタシ達はゆっくりゆっくり後退ることにした。
なんせ普段から父に「犬に遭遇したら、騒いだり走ったりするな。背中は絶対に見せるな!」と教えられていたからだ。
ところが、こちらの気遣いなどお構いなしに、土佐犬はこちらに気付いてしまった。くるっと体の向きを変え、ワタシと妹の方を見たのだ。
そうなると、ワタシと妹は蛇に睨まれたカエルだ。
なんせ三メートル(体感)もあるし、犬が走りだしてしまったら、色々負ける。
闘犬のある時は、めちゃくちゃ犬が興奮してるのだ。
周りは家もなく、田んぼだけだ。
人も歩いてなきゃ、車も走ってない。
助けはないし、逃げられない。
土佐犬はじっとこちらを見つめていた。
その時の感覚は今も忘れない。
どこから入って来たのか、巨大な外ゴキを家の中で見つけた時の恐怖に似ている。
土佐犬もゴキブリもワタシに取ったら同じ位怖い。
いや土佐犬の方が怖いけど。
二、三十分(体感)、土佐犬との睨み合いが続いた様な気がする。
緊張感が凄かった。
一言でも発したら、土佐犬がこっちへ走ってくる様な気がしていた。
ああ。。。もうダメだ。。。
そう思った時、飼い主らしいおっちゃんが、慌てて走って来て、三メートル(体感)の土佐犬は無事保護された。
ほっとし過ぎてその場で倒れそうだった。
結局、ワタシと妹は出前のお皿を引き上げることもなく、お店に戻った。
母はその後、出前の注文が入った際に、解体屋さんに土佐犬の件を注意してくれたのだが、ワタシは二度とそっち方面には行かなかった。
闘犬とは言え、飼い慣らされた犬なので、いくら三メートル(体感)あっても、何もしないかも知れないが、ワタシの人生で一番、命の危機を感じた出来事だった。
みんなも闘犬開催日には気をつけよう。


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