第34話 メシア

文字数 1,886文字

 お父様が、少年に話しかける。
「君の名前は、ボクトというのだな」

「はい。何故、おわかりになられるのですか?」
 と母親が不思議そうに問うた。

 その問には答えず、再び少年に問いかける。
「ボクト。あなたはトート神を心から信じますか?」

 少年は、行き絶え絶えではあるが、
「はい。ぼくは神様を信じています」
 と答えた。

 お父様が慈愛に満ちた顔に変わり、祈り始めた。
 シャレムの左腕を治してくださったときと同じだと思った。
「我が先祖にして偉大なるトートの神よ。あなたの愛を癒しの力に変えこの者の病気を肉体を癒したまえ」
 と、手で空を仰いだあとその手を少年のみぞおち辺りにあてる。
 お父様の手から白い光が広がり、少年の身体全体を包んだ。

 すると信じられない光景が目の前に展開した。
 少年の左足が現れたのだ!
 そして少年の顔色も健康そのものに戻った。
 広場中にどよめきが起こる。

「ボクト。ゆっくりで良いから立ち上がってごらん」
 と優しく(ささや)きかける。

 ボクトの母親が少年の身体を支える。
 そして少年は、ゆっくりだが立ち上がったのだ。
 母親が喜びに震えながら、少年を支えていた手を離す。
 しかし少年は倒れるどころか、しっかりと2本の足で立てていた。

「お母さん! 凄いよ。身体が軽い」
 そういうと、いきなり走り始めたのだ。
 スクリーンには、その一部始終が映しだされていた。
 会場中のどよめきが一層大きくなった。

「き、奇跡だ!」
 誰ともなく口にだす。
 広場が歓声に溢れる。

「王様は‥‥アカシック王は‥‥‥メシアに違いない!!」
 そう叫ぶ者もいた。
 大歓声に包まれる。

 ボクトの母親が、またも頭を地面にこすりつけて、
「王様! アカシック王、本当に本当にありがとうございました!!」
 もう涙が枯れんばかりに叫びながら御礼を述べていた。

「良いのだ。あなたとボクトのトート神への信仰が純粋だからできたのだよ。そのことを誇ると良い」
 そう言うと、お父様は何事もなかったように檀上に戻っていった。



 檀上に戻ったお父様に対して広場中から、
「奇跡の王。忠誠をお誓いします。トート神への信仰も深めて参ります」
 と聞こえてきて、収まらない。

 お父様が手を振って答える。

「皆、静まって欲しい」
 と語り掛けると、ピタっと静かになった。

「こういうものは本来、見えないことろでやるべきであったが至急を要したため許して欲しい」
 と謙虚に説明した。

「皆もトート神への信仰を、是非深めていって純粋であって欲しい。くれぐれも神に見返りを求めてはいけないことを心に刻んで欲しい」
 会場が熱気に包まれた。

「質疑応答は、また次回にしよう。本日はこれまでとする」
 と宣言すると、会場から不満そうな雰囲気がした。

 だがお父様はお気になさらず、
「本日も皆の貴重な時間を割いて、私の話を聞きに来てくれて改めてありがとう。また来月も是非、聞きに来て欲しい」
 そう述べると、檀上から降りていった。

 その日は、会場から国民の撤収がなかなか終わらなかった。
 少年と母親に、語り掛ける者が後を絶たなかった。
 無理やり解散にもできず、会場が国民が落ち着くのを待つしかなかった。



 その晩の家族での会食では、この話で持ち切りだった。
 私はシャレムのときに一度目撃していたので、まだ落ち着いていたがラファティア姉さまでさえも大興奮して話が止まらなかった。



 いつもの政府の一室。
 宰相のバレスタインが愕然としていた。
 軍最高司令官のガバル、マッドサイエンティストのマシュロンも閉口していた。
 王族担当のゴーランさえ、驚きに満ちていた。

「こ‥‥こんなことがあるのか? き‥‥きっと何か仕掛けがあるに違いない! あの少年は最前列近くにいた。何故あの場所にいたのだ。そして説法中にタイミング良く倒れた。きっと前々から話がついていたに違いない」
 とバレスタインが、力なく言った。

「そうは申しましても、足が生えてくるなど、どうやって? 何も機械はありませんでした。本当に光る粒子が集まってきて足が形成されたとしか見えませんでした」
 そうマシュロンが説明する。

「何を言う、お前は科学者だろう! そのお前がこんなからくりを肯定してどうする! きっと何か仕掛けがあったのだ!」
 そう叱るガハルも、イマイチ弱気な叱り方であった。

「信じられません。こんなことが実際に起こるなど‥‥アカシック王は本物のメシアなのでは?」
 ゴーランが言い出す。

「まずいぞ。あんなことを仕出かした王が、クローンの存在を否と言ったのだぞ。明日以降、影響が出るに違いない」
 バレスタインは歯ぎしりしていた。
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登場人物紹介

アトランティス王家最後の第二王女で、本作の主人公

ラムディア・ラァ・アトランティック

「皆さま、どうかアトランティスの悲劇を現文明で繰り返さないようお願いします」

アカシック王

アトランティス滅亡を防ぐため降臨した救世主(メシア)

「愛とは奪うものではなく与えるものである。爽やかに吹き渡る風のように」

「創造神は人に完全なる自由を与えた。しかし自由には責任が伴うのだ」

後世、イエス・キリストとして降臨する。

アモン(第一王子)

アカシック王の後継者。

アカシック王の第一子。

性格は温厚で優しく、遠視や未来を視る能力を持つ。

重要な役割を負うことになる。

ラファティア(第一王女)

アカシック王の2番目の子で、巫女を務める。

能力が高く結界の守護者。

性格は早くに亡くなった母のように母性の高く思いやりに満ちている。

アーク(第二王子)

アカシック王の3番目の子で、近衛隊長を務める。

性格は正義感が強いが、気性が少し荒い。

曲がったことが嫌い。

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