ばず・ます

文字数 2,032文字

 深夜。
 真新しいコインランドリー。
「ぐるんぐるん……ぐるぅんぐるぅん……」
 洗濯機の前。
 下着姿でしゃがむ女がひとり。
「……ぐるぅんぐるぅん……なぁ?」
「…………」 
「なぁってば?」
「……なに?」
 椅子に座り、外を眺めていた下着姿の男が返事をした
「回ってる」
「見りゃわかる」
「見てないやん」
「……見んでもわかる。洗濯機やし」
「ふぅん……ぐるぅんぐるぅん……まわれまわれ~♪」
 女は男を見る。
「…………ん?」
「メリーゴーランドやろ」
「え?」
「くぼたとしのぶ」
「……あぁ」
「……とんでとんでまわってまわって~♪」
「……まわる?」
「まわるまわるよ~♪」
「時代はまわる?」
「ええ調子やん」
「とんでは9回、まわっては4回や」
「さすが関西人」
「お前もや」
 女はくすくすと笑う。
「なあ」
「なに?」
「落ちるんかな、血」
「……どうやろ」
「落ちんかったら困るわ」
「お互いな」
「そーなの?」
「目のやり場、困っとる」
「ふぅん」
 女は笑みを浮かべると男の視界に入り、くるくる回る。
「……とんでとんでまわってまわって~♪」
「…………」
「困った?」
「…………そうでもないわ」
「えー……」
「歌が悪いわ歌が」
「まどかひろしのせい?」
「ちゃうわ」
「えー」
「その格好で飛んで回られても色気ないねん」
「色気? 色気かあ……色気ほしいん?」
「…………あったら困る言うとんねん」
「なんで?」
「なんでて……コーキョーの場やから」
「コーキョーの場やとなんで困るん?」
「……ちんこ勃ってもなんもできんやろ」
「……人殺して逃げてんのに、そんなん気にするの?」
「……殺したからこそやろ」
「そうなん?」
「ヤッとる時、まともに逃げれんやろ」
「……あー……じゃあもうヤレへんの?」
「コーキョーの場言うとるやろ。どっか隠れたらええねん」
「……そっかぁ」
 女はまた洗濯機の前に戻る。体を揺らしながら拍をとった。
「服がとんでとんでとんでまわってまわって♪」
「……あと何分?」
「5分やって」
「……5分かあ」
「乾燥もあるけどな」
「あ~……」
 男、頭を抱えた。
「まわる~まわる~よ時計は進む~♪」
「はよ進んでほしいわ」
「……今だれか来たらどうする?」
「…………考えたないわ」
「逃げる? また殺す?」
「……逃げるかなあ……」
「えー」
「この格好、防御力0や」
「……確かに……でも逃げたら服ないまんまやで」
「……隠れるか」
「どこに?」
「洗濯機の中」
「……見えるやん、中」
「せやねんなぁ……」
 男は近くにあった空の洗濯機を開け閉めする。
「…………色気なあ」
 ガチャガチャという音が響く中、女がつぶやいた。
「……色気、そんな大事?」
「…………大事な時もあるんちゃう?」
「例えば?」
「ヤル前とか」
「それはな……あとは?」
「…………」
「……歌う時ってほんまに色気、いるんかな?」
「……俺にはわからん」
「……どんな気分なん?」
「なにが?」
「人前で自分のオンナが色気出してるって。どんな気分なん?」
「……気分よかったらこんなとこでこんな格好しとらんよ」
「……せやなー」
「お前は?」
「なにが?」
「どんな気分なん?」
「んー……そんなつもりちゃうねんって」
「……せやな」
「好きに歌えたらええねん」
「……うん」
「売れるとかどうでもよかったしな」
「……うん」
「……なんでこうなったんかなあ……」
 女は床に寝そべった。
「……汚れるで」
「もう汚れとる。色々」
「……せやな」
「やっぱ隠れる? 洗濯機」
「なんで?」
「中入って洗ってもらうねん。まわってまわってまわってまわんねん。ぴかぴかなるで」
「その前に死ぬで」
「……それも悪ないかなあ……」
 男、女の足を持った。
「どしたん?」
「……まわすー、まわすーよ女をまわす~♪」
「最低すぎるやろ……みゆきさんにあやまれ」
「……なかじまさんごめんなさい」
「……素直か」
「…………色気出てんねんお前」
「……ふうん」
 女は足を持っている男の手を取りそのまま引き寄せた。
 男はそのまま女によりかかる。
「やる?」
 女は耳元でささやく。
「…………後でな」
 男は女の隣に寝転ぶと手を握った。
「逃げれんくなるやろ」
「おー、我慢ができる男」
 二人で天井を見上げる。
「できんやろ、人殺してんのに」
「……一緒一緒。ファンあっての歌。我慢しろ。何度言われたか」
「…………」
「我慢できんかったから今この格好やけど」
「……お客様は神様です、かあ」
「ま、死んだし神様みたいなもんや」
「神様が泣くで。一緒にしたら」
 車の光がランドリーの中を一瞬照らした。
「…………」
「…………警察来るんかなあ」
「まだ大丈夫ちゃう? 夜やし」
「……夜やと探偵がくるで」
「……ないとすくーぷ?」
「かみおかりゅうたろう」
「……いつの時代やねん」
「……ぱっぱーぱらー」
「始まってもうた」
「ベッドのまわりに何もかも脱ぎ散らして♪」
「床やし、脱ぐもんないで」
「週末だけの秘密の部屋 おどけて~……」
「……どしたん?」
「……知らんわ。こっから……」
 回っていた洗濯機が止まった。

 おしまい。
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