第4話 サムライ・ソウル

文字数 2,297文字


 多くのやじ馬に囲まれた、体育館のバスケットゴール下で。
 ぽかんとしたハルジと一緒に、男バスのキャプテンと対峙させられていた。

 やっぱ、あたしってバカなんだろうな。

 ――実は知らないうちに事件に巻き込まれていた。

 なんて一瞬でも「学校にテロリストが侵入してくる」レベルの妄想をしてしまった。

 恥ずかしすぎて、体が(ねじ)れるわ。
 そういうの、ないから。
 あたしはもの凄くフツーの――っていうか、明らかにフツー以下の高校生だから。

「オマエか!? 例のイケメン留学生ってのは!」

 短い茶髪をさらに刈り込んだキャプテンは、いきなりご立腹の様子。

 そうだよね。
 どう考えても狙われるとしたら、あたしじゃなくてハルジの方だよね。
 ハルジは生い立ちからなにから、全部特別。
 あたしは普通。

 だから、あっちに行ってていいかな。
 もの凄い注目を浴びるとか、耐えられないよ。

「例のって?」

「とぼけんな! 史菜(ふみな)を『商売女』って、ハリウッド映画なみにディスりやがって!」

「……ハリウッド?」

「オマエにも、大勢の前で恥かかせてやる!」

 あー、そういうことか。
 さすが災厄の女王、史菜様。
 朝のアレ、やっぱ許せなかったんだ。
 どうしても力を見せつけるために、男バスのカレシに泣きついたんだ。

 けどあれって「商売女」って意味なのかな。
 まぁ、どうでもいいか。
 ともかく本気で恥ずかしいから、早く終わって欲しいよ。

「なに言ってるか、サッパリわからん……っていうか、アマネ!」

 体育館中の視線が、一斉に突き刺さってきた。
 ざっ、と全身の毛穴から汗が噴き出す。

「ちょ、え……? は、はい!?」

「ニホンではこういう時って、ヤッちゃっていいの?」

「あーっ、ダメダメ! 学校でケンカはダメだって!」

 カッと目を見開いたキャプテンが、ボールを小脇にハルジを指さした。

「バカヤロウッ! 男は正々堂々と『バスケ』で勝負だ!」

 館内の視線は、すぐにふたりへと戻って行った。

 マジでカンベンしてよ、一瞬だけ心臓が止まったから。
 けどホントにあるんだね、こういう1on1の勝負とか。
 まぁ、男バスのキャプテンがバスケで勝負する時点で卑怯だけど。

「玉遊びかよ、バカらしい……帰る」

「た、玉遊びィ!? あ、待てコラ! 逃げるなコノヤロウッ!」

 格の違いというか、生き物の種類の違いというか。
 ハルジはキャプテンをまったく相手にせず、背を向けてしまった。

 このキャプテン、どうするんだろ。
 わりとみんな、なにかを期待して集まってきてるけど。
 まぁ、いいや。
 ともかく、あたしも消えよっと。

「おいッ! ツレの女ァ!」

「は? えっ!? あたし!?」

 しゅぱっと指さされて、また毛穴から汗が吹き出す。
 赤くパンパンに腫れたように、顔が熱くなった。

「オマエも黙ってないで、責任持ってあいつになんとか言えッ!」

 責任!?
 ヤメてよ、あたしマジで関係ないから!
 ていうか、話をめんどくさくしたのって史菜だから!

「なんであたしが――」

 ざわつく館内に、無責任なブーイングが広がりはじめた。
 なにか面白そうなことが起こりそうだから来てみたけど、なにも起こらない。
 これは、そういった種類のものだ。

『で、結局なんなのこれ』

『バスケ勝負っしょ? 知らんけど』

 1on1だと思ってたら、ぜんぜん始まらない。
 そもそも、なにがどうなっているのか分からない。
 期待したドラマは起こらず、尻すぼみな幕切れになりそうなゴール下。

『これで終わり!?』

『えーっ。吉屋って2年の子を、奪い合ってるんじゃないの?」

 そんな中で、なにかカギを握っていそうな女がここにいる。
 ならばそいつを引きずり出せば話は進むはずだと、館内の多数決で決まったらしい。

『けどなんか本人、知らん顔してるし」

『まじ? なにそれ、感じ悪くない?」

 耳元をかすめる無責任な(デマ)が、次々と心臓に突き刺さっていく。
 あたしはこの騒ぎに関係ない――と、思いたい。
 なのになぜか、非難の風向きがあたしの方に変わっている。

 耐えきれず、ハルジを呼び止めてしまった。

「……ねぇ、ハルジ。なんか、帰っちゃまずい空気なんだけど」

「クウキ? サムライ・ソウルのことか?」

 ハルジは人目なんか関係ないだろうけど、こっちは大問題なんだよ。
 明日からの学校生活に、多大な影響を及ぼすの。
 これ以上、学校で居場所を失うわけにはいかないの。
 だからこの場を丸く収めるには、なにかイベントが必要なんだって。
 少なくとも、なんとなく決着がついた感じに終わらせないとダメなんだって。

「すごく悪いとは思うんだけど……ちょっとだけ、つき合ってあげてくれないかな」

「はぁ? それホンキ?」

「ごめん、ダメかな……」

 ハルジは渋い顔で溜め息をついた。

 だよね、わかる。
 なにこれ状態だよね。

 そこをなんとか、と必死に手を合わせていると。
 ハルジはその節くれ立った手で頭をぽんぽんしてくれたあと、上着を脱ぎ捨てた。

了解(コピー)

「ほんと!? ありがとう! あたしもハルジのマラーイカ探すの、手伝うからさ!」

「ニホンのコーコーって、めんどくさいな」

 ようやく試合が始まったと、湧き上がる観衆の中。
 シャツの袖をまくりながら、ハルジは悠然とゴール下に向かって行った。

 その頼もしい背中を見て、ホッとした瞬間。
 体の内側から、激しい自己嫌悪が襲ってきた。

 バスケが得意かどうかもわからないハルジを観衆の前に差し出し、この場をやり過ごして胸をなで下ろす女。
 ともかく、視線を自分以外に向けたかった女。
 その場から、自分だけ逃げ出したかった女。

 そんな女が、ハルジの天使であるはずがない。

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