第1話

文字数 992文字

ブーブーッ。
着信を告げるバイブ音が
暗いワンルームの部屋に響き渡った。
うっすらと目を開け手探りで携帯を探したが
その間に音が切れる。
スリーコールで取れねえっつうの、
と思いながら見つけた携帯を開くと
着信の履歴とともに
"寝てるよね、ごめん"のメッセージ。
…またなんかやったのか。
メッセージの送り主の顔を思い浮かべながら
"今どこ"と返せば現在地を知らせる
位置情報が送られてくる。
場所は車で15分程度のコンビニ。
携帯と財布、車のキーを掴み玄関のドアを開けた。
油の足りていないさびれた開閉音が響き渡る。
エンジン音を吹かせゆっくりと発進。
真夜中の住宅街は対向車も少ない。



いつからだろう、
あいつから連絡が来るようになったのは。
大学の同期でゼミが同じ。
写真が好きという共通の趣味で盛り上がり
よく2人で出かけた。景色の良い所で
風景画とお互いを被写体にして
写真を撮る。デートなんてこっ恥ずかしいことは
言えないが、微笑みながら
シャッターを切り合う姿は傍から見れば
似合いのカップルだっただろう。
帰りは決まってどちらかの家で酒を交わした。


でもそれだけ。それだけだ。
酔った勢いで、なんてありがちな過ちもなく
保たれた一定の距離。
心地よくないと言えば嘘になるが
踏み込む勇気があるかと聞かれればそれもない。
典型的な男友達の箱に収まっている間に
向こうには彼氏が出来、
時の流れに身を任せているうちに卒業。
もう会うこともないか、と思っていたが
そうでもないらしく定期的に自分の携帯に
通知を飛ばしてくるのだ。
それも深夜の日付が変わるころ。



"仕事が上手くいかなくて。まっすぐ帰るのも嫌で。なんとなくアルコール入れたくて一杯ひっかけるんだけどその時にあんたの顔が浮かぶの"

いつだったか今日と同じように
迎えに行った時に君は言った。
そんな時に。
場面としては辛くなったりしんどくなったり
した時に。
君の頭に浮かぶのは俺なのか。
3年も付き合った彼氏ではなく。
家まで送りがてら少し遠回りして2~30分
運転する間ポツポツと君がこぼす
愚痴をただ俺が聞き流すあの時間を
心地よく思って毎回着信を飛ばすのだろうか。

寝てたら悪いと律儀にスリーコールで切る
気遣いをしている君は知らないだろうな。
君が俺に求めるSOSのサインを実は
密かに待っていることを。


真夜中の24時50分。
煌々と灯るコンビニの前で俯きがちに
地面を眺める待ち人に向かって
クラクションを鳴らした。
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