17 脳科学的アプローチ(1)
文字数 1,852文字
人間の脳には何十億というニューロンがあるんだけど、それらがね、局所的に集まり、ある特定の仕事をする専門的な回路モジュールを幾つも幾つも構成している。
でね、これらモジュールがさ、連携し、いわば環境と相互作用しながら勝手に動いている
うん。
たとえば、生理学者ベンジャミン・リベット(1916-2007)による古典的な実験成果があってね、簡単に言うと、ある行動の開始に関わる脳の領域がね、実際に行動を起こす0.5秒前にはすでに開始してる、ってことを明らかにしている
ある行動をするとして、じつは先に脳の方が活動しちゃってる、じつは意識は遅れて後からそれをとらえている、ってことね?
・・・・・・にも関わらず、私たちはそれを転倒させちゃって、意識してから、あくまで決断してから、脳が動いてる、って思っちゃいますよね?
そういうことですね?
そう、そのとおり。
ぼくらの意識はね、遅れて後からやってきたもの(モジュールの活動⇒意識・判断)を、あらかじめ先にあったもの(意識・判断⇒モジュールの活動)だと転倒させてしまうんだ。
これはね、ジャック・デリダ(1930-2004)というフランスの哲学者が用いるキー概念、差延のパターンによく似ているから、いっそのこと用語をパクってしまい、意識の<はたらき>は差延だぁ、なんて言っちゃいましょう
【補足】
ただし、リベットの実験については、様々な観点から疑義が寄せられている。
個人的にも納得させられる反論としては、意思決定が脳活動に遅れるにしても、「そもそも意思決定の瞬間などピンポイントで定められるものか?」というものがある。
なるほど、日常生活における意思決定は重層的なものだろう。
たとえば、河野哲也さんは、「行為の動機は、時間的にも空間的にも広がりをもって醸し出されていく。行為の動機となるような文脈や背景が徐々に形成され、その文脈における自分の内外のさまざまな事柄がきっかけとなって、ある行為が生じるのである」[『暴走する脳科学』光文社新書、P162]という。
そういう意味において、リベットならびにその影響下にある実験については、正直私も疑問を感じる。
とはいえ、そのことは、このチャットノベルの本筋・内容とは無関係の話ではある。
[参考文献]
・スーザン・ブラックモア『意識』信原幸弘訳、岩波書店、2010
・マイケル・S・ガザニガ『<わたし>はどこにあるのか』藤井留美訳、紀伊国屋書店、2014