十 翠令、円偉の本を読む

文字数 7,789文字

 昨日降り損ねた雨は、今日降ることにしたらしい。しとしとと柔らかい雨が庭の植木を濡らしている。

 佳卓(かたく)がハクを連れて昭陽舎を訪れた翌朝のこと。姫宮の朝の身支度を整えていた梨の典侍に誰かからの文が届いた。

 それに目を走らせた典侍が姫宮に申し上げる。

「宮様、今日は雨でございますが、燕服をお召しになられませ」

「私はいいけど、どうして?」

「今日の午後は円偉(えんい)様がお出でになるそうでございます。昨日佳卓様がお出ででございましたから、今日は円偉様ですね」

「ああ、円偉は燕風が好きだって言ってたものね」

 (ひさし)近くにいた翠令が典侍に尋ねた。『昨日が佳卓なら今日は円偉』と言う理屈がよく分からない。

「今日は円偉様というのはどういうことですか? 私は誰がお越しでも同じように警備をするだけですから構いませんが……」

「円偉様は佳卓様と双璧を為す御方。片方がお越しなら、もう片方もお召しになられなければ均衡を欠きます。宮中ではこのお二人を何かと比較する口さがない者も多うございますれば……。要らぬ噂が立つ前に円偉様の方からお目通り願うことになさったのでしょう」

 利発な姫宮はすぐ事情を飲み込まれる。

「分かった。この二人のどちらも依怙贔屓(えこひいき)しちゃいけないのね」

 典侍が「宮様は物わかりが大変およろしいこと」と口元をほころばせた。

 事前に連絡があったため、姫宮は階隠(はしがくし)の間に座を設えてお待ちになる。

 装束を礼儀正しく着こなした円偉がしずしずと簀子(すのこ)を歩み、姫宮の御前で座った。従者に書物の載った盆を持たせている。

 その落ち着いた風貌を改めて目にすると、双璧と並び称される佳卓との違いを改めて感じる。
 それが、円偉が中年の域にさしかかろうとするほど年長だからなのか、文官と武官の違いなのか、単に個性の違いなのかは翠令には分からないけれども。

 従者を簀子に座らせると、円偉は姫宮に向かって首を垂れて平伏し、そして低くゆっくりとした口調で挨拶を述べる。

「姫宮におかれましては、旅のお疲れも取れ、こうして臣ともお会いなされるほどに御所にお慣れあそばされたこと、喜びの念に堪えません」

「ありがとう。うん、だいぶ色んなことに慣れてきたところよ。あの……顔を上げて」

「ありがとう存じます」

 身を起こした円偉は、ふっと口角を上げてから話し始めた。この国のものとは異なる言葉で……。

 ――你喜歡學習嗎(あなたは勉強が好きですか?)

 姫宮は一瞬だけ目を見開かれたが、すぐにニコリと笑んだ。

 ――我喜歡。了解新事物真是太有趣了(好きよ。新しいことを知ることはとても楽しいわ)

 円偉が続ける。

 ――你讀什麼樣的書(あなたはどのような本を読みますか?)

 姫宮は楽々お答えになる。

 ――任何一本書都很有趣(どんな本でもおもしろいわ)

 錦濤育ちの翠令も燕語は容易に聞き取れる。そして心の中だけで苦笑した。円偉の発音は少々訛りが強く、あまり美しくはない。
 円偉本人も同じことを感じているようだ。ごくわずか、本当に微妙な変化だけれども、最初の得意げな表情が翳っている。

 これまでも何回か経験があった。燕語の心得のある者が幼い姫宮をからかうように燕語で話しかけ、自分より正確で流暢な姫宮の燕語に舌を巻くということは。そして相手は多かれ少なかれ、きまり悪そうな顔をする。円偉も今は少しばかり面喰っているのだろう。

 翠令自身は、別に燕語を話せるかどうかは大して重要ではないと思う。円偉は別に燕語で商談をすることを生業(なりわい)にしている訳でもない。政治に必要な文献を読みこなせているならそれでいいはずだ。

 円偉は自分から燕語の遣り取りを打ち切った。壇上にいらっしゃる姫宮から視線を外し、典侍や女房そして端近にいる翠令をぐるっと見渡す。

「あまり姫宮と二人にしか分からない言葉で会話していると、皆が困りましょう」

 典侍が二人を眩しいものを見るかのような目で見つめ、袖を口に当てて笑った。

「ほほ。まことにその通り。私どもには燕語など難しくてとてもとても分かりませぬゆえ……」

 翠令は何も言わなかった。自分も姫宮と同じく燕語を解するが、円偉はただの近衛舎人ごときにそんな技能があるわけがないと思っているだろう。

「姫宮はご本がお好きだとおっしゃっる。では、これらの書物をいかがですかな?」

 円偉は従者から盆を受け取り、その書物の中から何冊かを姫宮にお渡しした。
 姫宮はぱらぱらと頁をめくってご覧になる。

「うーーん。これは難しすぎるわ。えっと、哲学書か何かかしら」

「さようにございます。大学寮で学ぶ、天道を説いた書籍でございます」

 円偉がふっと笑った。その笑みに微かながら優越感が混じっているように思われ、翠令は心の中で首を傾げた。十歳の子供が自分の本を読めない。いい大人がいちいち気に留めるようなことだろうか。

 円偉は滑らかに続ける。

「姫宮、初めてお会いした際にも申し上げましたが、帝の御位にお就きになる方は徳を備えていらっしゃらなければなりません。仁、義、礼、智、信について理解を深め、そして民に思いやりを持たねばなりません」

 姫宮は神妙な顔で頷かれた。円偉も姫宮のご様子に満足げな表情を浮かべる。

「御所の奥深くで貴い存在として崇められても、一人一人の民草に思いを寄せること決してお忘れになりますな」

「いろんな人たちのいろんな暮らしを聞くのは好きよ。楽しいわ」

 翠令も思う。姫宮の好奇心は物だけでなく、物を生み出す人々にも向けられる。燕をはじめとする異国も、この国の北の果てから南の果てまでも。錦濤の外の世界とそこに住む人々に幅広く興味をお持ちだ。。

「ならば……姫宮に私が書きました書物をお渡しすれば、ご覧いただけましょうや?」

 円偉の問いかけは謙虚な風に聞こえるが、翠令は一抹の押しつけがましさを感じた。文脈からして、その本は民の暮らしについて書かれたものなのであろう。民に関心を持てという話の直後、姫宮が断るのも角が立つだろうに。

 だが、姫宮は翠令のように何かに引っかかることなど全くなく素直にお返事なさる。

「あら、どんなご本?」

「私も時間が許す限り、あちこちを見て回っております。京からそれほど離れるわけには参りませんが、何日かまとまった休暇があれば遠くに出かけ、その土地の人々と触れ合うようにしております」

「そうなんだ!」

「先の帝は御所の中だけにしか興味をお持ちでなかった。為政者たるもの、そんなことでは困ります。私も朝廷より政を預かる身でございますゆえ、市井の人々に混じって知見を広げなければと思ったのです。そうして旅先で目にしたものを文章にしたためて書物にまとめた次第」

 姫宮は無邪気におっしゃった。

「知らない世界の話を人から聞くのも楽しいけど、文字を目で追うのも好きよ。円偉が書いたその本も読んでみたいわ。……でも、さっきの本みたいに難しくない?」

「真名ではありますが、紀行文でございますから。難解な文章ではございませんよ」

 円偉は盆の端に載せてあった青い表紙の書物を手に取り、姫宮にお捧げする。

「私は空を飛ぶ鳥のように自由でありたいのです。その願いを込めて、青を染め出した料紙を表紙に用いております。燕の優れた紀行本が手元にございまして、綴じ方もその本を真似て同じようにしております。筆の運びなども参考にしておりますよ」

 姫宮は頁をめくり、目に入った一文一文を試しに読んでみられ、「うん、これなら読めそう」と円偉の本を受け取られた。

 そして、その日の夜から姫宮はその本をお読みになられた。
 しかし……。

「翠令も読んでみて」

 遅めの菜種梅雨のせいか、この数日天気がぐずつきがちだった。その分、姫宮の読書がはかどり、円偉の紀行文を読了された。そして、翠令にその本をお渡しになる。

 燕文で書かれたその本を翠令も広げてみた。

志麻国(しまのくに)」という文字が目を引いた。東国と呼ばれるほど遠くはないが、京の都から東に歩いて数日ばかり離れた、海に面する国だという。翠令も姫宮も京の南西の錦濤から京より東に行ったことはない。そんな、足を踏み入れたこともない見知らぬ土地。

 ――どんなことが書かれているのだろう……

 円偉の文章は、入り江の描写から始まった。静かに凪いだ夕暮れ時に鳥が鳴く、どこかわびしく旅愁をかきたてられる光景。書き手の文章力の高さを見せつけるような何行かが終わると、そこで出会った少年の挿話が綴られる。

 京の都からいくつか山を越えると出るとそこは鄙。その訛りのせいで少年が何を言っているのか分からないし、向こうも円偉たちの言っていることが分からない様子。
 けれども、その純朴で善良な少年は、旅人に休息が必要だろうと手招きで自分たちの住む村に誘い、そして粗末な家の奥から餅のようなものを取り出して歓待してくれたのだという。

 ――へえ、心温まる話だな……

 翠令は次の話に進む。

 次は京の西北に広がる暗い森の国だ。山に分け入ればそこに鬼が住むという伝承は錦濤でも知られている。
 しかし、円偉は自身の書物に子どもっぽい鬼の伝承は不要だと考えたようでそれについては触れず、山道の険しさを巧みな筆致で描く。

 そして、円偉が坂を上る途中で息を切らせて座り込んだとき、芝を背に負った中年女が手に持っていた竹筒から水を分けてくれたと話が続く。「世知辛い人々が住む京の都から離れることで、人情味ある人々に出会うことができた」と円偉はその国の話を締めくくっていた。

 翠令は首を傾げた。

 ――都人だからって皆が世知辛くて不親切ってわけじゃないだろうに……

 例えば梨の典侍だ。初対面では無表情な近寄りがたい女性と思われた彼女は、今となってはそんなことは感じない。

 ――あまり決めつけるのは良くないのではないだろうか……

 その次の話は京の南の話だった。河を南西に下ると錦濤に出るが、川を下らず東から南に伸びる街道がある。その街道沿いの、その地の豪族の邸に招かれた話が記されていた。

 その豪族の子弟は、京から来た円偉に京風の言葉で話しかけようとしたらしい。
 それを円偉は嘆かわしいと憂う。「その土地の、訛りしか喋らない素朴な民と触れ合いたかったのに残念だ」と。「都の俗世間のつまらぬ風潮が、せっかく風情のある鄙の暮らしに持ち込まれようとしてるのは白けるものだ」と。

 翠令は眉根を寄せ「失礼じゃないか?」と小さく呟いた。

 いや、円偉自身には誰かを貶めているという自覚はないのだろう。都会の人間が世俗の垢にまみれているのに対し、田舎の人間は清らかで、都会の人間が忘れてしまった高貴な精神を持っている――と言うのが彼の主張のようだから。円偉は何の悪意もなく単純に褒めているつもりなのだろう。

 けれど……。別に都の人々が愚劣だとも翠令は思わないし、鄙にも良い人もいれば悪い人もいるだろう。鄙に住んでいる人にとっては、京風は珍しく、洗練された様子が気に入れば真似てみたい人間もいておかしくない。また、訛りを話す人にとってはそれが日常の生活で使う言葉なのであって、珍しがられるのは愉快ではない気がする。

 ――田舎の人間は訛っていなければ風情が無くて白ける? 民に心を寄せている?

 翠令は困惑した顔を姫宮に向けた。

「何といいますか……。鄙に住む者を無垢だとお思いになるのは結構なんですが。しかし……」

 姫宮も小さくため息をつかれた。

「なんだか、動物を可愛がっているみたい」

「はあ……」

 姫宮は庭をご覧になった。飼い犬のハクが走り回っている。

「女房達が仕事で疲れたときに、ハクををもふもふと撫でるでしょう? そして『邪気のないな動物って癒されますねえ』って言うじゃない? なんだか円偉はそれを鄙の人達相手にやってる感じがする」

 そうだ。円偉の鄙の人々に向ける視線は、対等な存在と言うより、珍しい生き物を眺めているようなのだ。

「さようでございますね……」

 そして、自分の思い描くように行動すれば愛でるが、そうでない者はあっさり冷淡に切って捨てる。もし彼が犬を飼うとしても、あまり良い飼い主にはなれないだろう。

「翠令はどこまで読んだ?」

「はい、南の方の、京風を喜ぶ豪族の話おあたりまでです」

 姫宮はひらひらと片手をお振りになられた。

「そこから先も話は同じよ。京の都から東へ行こうが、西に行こうが。そこが険しい道の先の山深い農村でも、波が足元を洗うような海べりの漁村でも。話の内容はほとんど変わらない。素朴で純情な田舎の人が親切だったら褒めて、都の文化の影響を見つけると『俗世に毒された』と嘆くの」

 辛辣だな、と翠令とて思う。乳母の言う「はしたないほど目端が利いてお口が回る」とは、まさに姫宮のこういう面を指したものだ。

 傍にいた乳母が顔を顰めて「これ、姫宮」とたしなめる。乳母が姫宮に目で指し示す先で、梨の典侍が目を白黒させて固まっていた。

 女君、しかも御年十の少女がこうも舌鋒鋭いとは、淑やかな女性が集まる後宮で暮らしてきた典侍にはさぞ驚きだろう。

 姫宮もご自分が梨の典侍を驚かせたことはお分かりで、「ええと、ね……」とご説明なさろうとする。

「あのね、典侍。例えば『志麻国』ならね。真珠が採れるでしょう?」

 典侍が当惑しながらお答え申し上げる。

「え、ええ……。真珠とは白珠(しらたま)のことでございますね。当代の女君は首飾りや髪飾りなど致しませんが、帝の御物の飾りには使われておりますので目にすることはございます」

「とてもきれいだと思わない?」

「ええ、非常に美しいものでございますね。独特の照りと輝きがございます。大変珍しい……」

 姫宮はお続けになる。

「私も錦濤で見たことあるわ。貝の中から偶然に採れるものなんですってね。そして、めったに見つからない……。生き物の中から宝玉がとれるなんてとても不思議。小さい頃、この白珠をたくさん欲しいって騒いで、翠令達のお父さんたちを困らせてしまったわ」

 乳母が大きくうなずく。翠令も覚えている。幼い姫宮は輝く白珠にとても心惹かれて、欲しい欲しいと一時期それはもう大騒ぎされたものだ。
 ただ、姫宮は聞き分けがよく、周囲を困らせたたのも一日か二日程度だったかと記憶している。

「とっても珍しいものだから、大陸から来た商人も欲しがるの。両手いっぱいの銭でも買えない燕の珍しい物品でも、白珠一粒で手に入れることもできるのよ。だから、錦濤の商人にとって燕からの荷の取引にとても重要なものなの」

 梨の典侍はまだ驚きを顔に残しているが、姫宮が舌鋒鋭い一方で聞き分けの良い御子であることに安心はしたようだった。

「大人が必要とされるものゆえ、宮様も駄々をこねるのはおやめになったのですね。およろしゅうございますこと」

「でも、欲しいなあって気持ちは残っててね。だから、どうして珍しいのか周りの人に尋ねてみたの。貝が生み出すのならどうして錦濤の海では採れないのかしらって。その辺の海岸で手に入れられたらいいのになあって思って」

 典侍の姫宮を見る目に興味深そうな色が混じる。

「どうして採れないのでございます?」

「白珠を育てやすい貝とそうでない貝があるんですって。錦濤には育てやすい貝があまりいないの」

「ほうほう」

「それから、環境も錦濤とは違うらしくて。教えてくれた人によると、切り立った海岸線で、海が静かなところだと、貝も落ち着いてじっくり真珠を育てられるみたいよ」

 姫宮は東の方をご覧になる。平野部に開けた大きな港とは異なる海。見たことのない光景を想像されていらっしゃるのだろう。

 典侍が微笑む。

「宮様は物知りでいらっしゃる」

 姫宮はにんまりとお笑いになった。

「ありがとう。どうやって採るか知ってる?」

「いいえ。考えてみたこともありません。教えてくださいますか?」

「もちろん! あのね、女の人が海に潜って探すんですって」

「ほう、女君がですか?」

「そうなの。女の人だけで行動することもあるんだけど、夫婦で漁をすることもあって……。その場合は、夫の方が船の上にいて、妻の方が腰に縄を付けて潜って、そして海から上がるときに夫が妻の縄を引っ張り上げるんですってよ」

「まあ、さようでございますか」

「でもね」

「はいはい」

 梨の典侍は意外と楽しそうに姫宮と話す。

「どうしてなのか不思議だわ。力仕事は、男の方が筋力があるからって男の人がすることが多いのにね。網を引く漁も男の人がするっていうし、潜るのだけは女の人がするのはどうしてなのかしら」

「さようでございますね。何故でしょう……」

「それに、海の神様は女君が嫌いだって、だから船に乗せないって聞いたことがあるわ。なのに、白珠採りは女君の方がいいのはどうしてかしらね……?」

 典侍も「なるほど、妙なことでございますな……」と思案気な表情で呟く。 

「だから、私、いつか志麻国の人に会ったら聞いてみたいと思っていたの」

 ううん、と姫宮はおっしゃる。それだけじゃない、と。

「他にもいろんなことを聞きたいわ。女の人は子どもの頃から潜るための訓練をするのかしら、とか。だったら私もやってみたら出来るのかしら、とか。どんな貝からどんなふうに取り出すのか、とか……」

 姫宮はふうと溜息を漏らされた。

「そういうことが円偉の本には書かれていないのよねえ……」

 円偉の書物の中では、海の存在は旅情を演出する風景に過ぎず、そこから生まれた産業や暮らしには触れられていない。

 姫宮は「そりゃそうよね」とお続けになった。

「だって、円偉の本に登場する人たちは都の言葉を知らないもの。かといって円偉が志麻国の言葉を知ろうとするわけでもないし。片言の言葉ではお互いのことを詳しくは分からないわ。誰かに聞けばいいのに……。それか、国府の役人を連れて出歩けばいいのにね。国府の役人ならどちらの言葉も喋れるでしょう?」

 そうすればその国をもっと詳しく知ることができるはずだ。だが、円偉はそれを厭うだろうと翠令は思う。他人を介せず直接に自分自身が現地の人々と触れ合った、という己の美談を書きたいのだから。

 彼はあちこちを旅して紀行文を書き記すが、彼が表現したいのは「旅をする自分自身」だ。円偉は、どこに旅をしようと旅先の人々について知りたいと思っているわけではない。己自身に向ける以上の関心を、鄙の人々に向けることはない。鄙の人々は円偉にとって「鄙の者とも触れ合いをした自分」を描く、その背景でしかないのだ。

「円偉の本では、円偉があちこちに行ったことは分かるけど、その土地のことは分からない。円偉が何が好きで何が嫌いなのかは分かるんだけどね」

「……」

 梨の典侍は考え深そうにしばらく黙って姫宮を見つめた。

「なるほど……宮様のお考えは分かり申しました。とはいえ、円偉様は朝廷の重臣でいらっしゃります。そのような職にある方がお書きになられたもの、宮様が不足に思われましても、意気込みについてご評価なさってくださいませ。将来、宮様の政を補佐する方でございますれば」

 翠令もそう思う。自分も円偉を少し鼻持ちならない人物ように思うが、何と言ってもこの朝廷で評価が高く、将来を嘱望されている存在だ。足りないところに不満を持つより、長所に目を向けて親しく交わった方がいい。

 姫宮も素直に同意された。

「うん、いいところも探してみるわ」

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