004.とある作家の都合

文字数 1,542文字

祝日の午後。池森のマンションに安崎が訪れる。


特に仕事のない池森はヒマそうにYou◯ubeを眺めているのであった。

どうしたんですか先生、ヒマそうですね。
お前のせいだろ! 全部打ち切りになってんだぞこっちは!
あれ……先生他の出版社とお付き合いなかったんですか。
デビューからずっと共創文芸に世話になってるよ! 編集なのにそんなことも知らねえのか!
僕、本とか読みませんからね。
編集、とは……
でも先生、のんきにYou◯ubeなんて見てて、随分余裕ですね。



やっぱり昔ヒットした時に、相当貯め込んだんでしょう。

それがだな……



全部使ってしまってもうないんだよ……

無くなるの早くないですか!


デビュー作の『すべてがパーになる』は新人作家としては異例の大ヒット、


一番売れた『加害者Aの放蕩』なんて、映画化にまでなったんですよ!

いや、それはそうなんだが……




逆に聞くけど、お前のところ……共創文芸社だって、その大ヒット2本分の貯金はねえのかよ。文庫化もして結構売れたろう。



こないだ「希望生徒の画集がなかったらガチで潰れてました」なんて言ってたが。

全部使ったんでしょうねえ……
他人事みたいに言うなよ! お前の会社だろ!
いや、やっぱり出版社は固定費がかさみますからね。特に人件費。




労働組合のトップがうるさいんですよね……

だからそのトップがお前だろ!
……そうでしたね。




社員の生活を守るため、毎回ボーナス争議の時期は3日間寝ないで交渉しますからね。ええ。

その熱意を仕事に多少向けろよ!
だってカネにならないんですもん。僕の担当。




特に先生ですよ! カネになる原稿書いて下さいよ!

うるせえな……




自分では書いてるつもりなんだが、5年前に書いた『地を這うホイール』が結構当たってから、何故か急に売れなくなったんだよな。

もはや伝説になってますよ。



先生が『地を這うホイール』を書いた後、「次は俺の小説家の集大成を見せる」と言って……


構想2年、執筆1年をかけて書いた



『うみへびのわらう時に』




これの大コケってレベルじゃない大コケ。出版界に大きな爪痕を残してますよ。出版不況の原因とも言われています。



我が社がリアルに傾きましたからね。在庫の重さで物理的に。

言いすぎだろ!


あと嘘を混ぜるな!本の重さで傾くなんてどんなビルだよ!




……まぁ、なんであんなに力を入れたのにヒットしなかったのかという思いはあったな。

だって面白くなかったですもん、あれ。
なんてことを言うんだ!




というか俺の原稿読まないんじゃなかったのかよ!

先生の作品は原稿としても本としてもほとんど読んでいませんが、あれだけは最後まで読みました。
おかしいだろ! ピンポイントすぎるぞ!



試しに「これどの辺りから面白くなるんだろうか」と読んでいるうちに、結局そのまま読み終わってしまった次第です。
どんな次第だよ……





というかお前、今日何しに来たんだ? なんか用でもあったのか?

あ、そうそう。



先生の連載人生相談、


『池森圭治のいつもギリギリで生きていたいから、アッー!』 


ですけど、編集長が「やっぱりタイトルが長過ぎる」ということで、変えるように言われまして……


そっちが勝手に決めたんだろ! そっちでなんとかしろよ!
編集部の案としては、


『池森圭治のいつもアッー!』


か、もっと短くして


『池森圭治のアッー!』



なんですけど、どっちが良いですかね?

短くする場所がおかしいだろ!
え……じゃあ、『いつもアッー!』ってことでしょうか。
名前を消すな!




『池森圭治のいつもギリギリ』とかでいいだろ!

『いつもギリギリの池森圭治』の方がリアル感あって良いんじゃないですか。
それはリアル感じゃない、リアルだ!







『池森圭治のいつもギリギリ』 

 

 第4回 おわり



ゲスト……安崎(弊社編集)

聞き手……池森圭治(作家)




(次号へ続く)

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登場人物紹介

池森 圭治 KEIJI IKEMORI



32歳男性。作家。漫画原作者。

過去にはヒット作もあった作家だが、近年は鳴かず飛ばず。


ジャンルは本人の主張によると純文学だが、世間的にはイロモノ扱いされている。



<代表作>


『地を這うホイール』(著)

『すべてがパーになる』(著)

『加害者Aの放蕩』(著) 


『こんにちは希望の生徒』(原作)

安崎  ANZAKI




34歳男性。共創文芸社の編集。労働組合の委員長。


万年窓際族だが、巧妙にクビだけは回避している自称敏腕編集者。

那古野 絵見 EMI NAGONO



主婦。第5話に登場。

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