1-2
文字数 4,075文字
マスターが立ち去ると、茉莉花は改めて真子を見つめてにこりと笑った。
「春休み、忙しい?」
「あ、ええ。まあ」
真子は改めて茉莉花をまじまじと見つめた。
くせのないまっすぐな黒髪が背中に流れるさまは、まるで日本人形のようだ。
伸ばした前髪は後ろで一つに結ばれ、つるりとしたなだらかな額が見える。
眉はくっきりとしていて、意志の強さを感じさせた。
そして、大きな黒い瞳――まるで子鹿のようだ。
名前の『小鹿』からの想起かもしれないが、彼女を見ているといつも”子鹿のバンビ”が浮かぶ。
しなやかな長い足と運動神経の良さも、鹿のイメージを後押ししていた。
目立つ外見と優秀さで、茉莉花は文芸部員のなかでも異彩を放っていた。
体育は苦手で国語が得意という大半の文芸部員と違い、彼女は理数系も得意で体育祭やスポーツ大会でも活躍する、文武両道の才女だった。
そして、極めつけは十七歳とは思えない、落ち着いた雰囲気――それがいつも真子の心を波立たせた。
たった一歳違いなのに、なんでこんなに自分と違うのだろう。
幼くて世間がよくわからず、いつも焦るだけで何も成し遂げられず、なおかつ愚かな行為に走ってしまう自分と。
八つ当たりとはわかっていても、つい恨めしく思ってしまう。
「お待たせしました」
柔らかなマスターの声が頭上から降ってくる。
「わあ……」
目の前に置かれたクリームソーダに、真子はつい見とれてしまった。
鮮やかなグリーンの泡立つソーダの上に、丸いバニラアイスが載せられている。
緑と白の爽やかな色の組み合わせ、酸味と甘みのバランスの良さにうっとりする。
真子のお気に入りの飲み物だ。
なめらかな手つきですっと茉莉花の前に置かれたのは、白地に金色の縁取りがされているカップだった。
中には白いクリームがたっぷり山盛りで載ったコーヒー。
マスターは最後にそっと砂時計をテーブルに置くと、「ごゆっくり」と言ってカウンターへと戻っていった。
真子の目はコーヒーカップに釘付けだった。それは見たことのないコーヒーだった。
ミルクのような液体ではなく、明らかにクリームが載っている。
真子は堪らず尋ねた。
「その白いクリームってなんですか?」
「生クリームよ」
「ええっ!!」
コーヒーに生クリームなど初めて聞いた。
だが、『ウィンナーコーヒー』という名前があるということは、一般的な飲み物ということだ。
真子の興味を感じ取ったのか、茉莉花が補足してくれる。
「名前のとおり、”ウィーン風のコーヒー”なの」
「ウィーンって、オーストリアの首都の?」
「そう。でも、実際には『ウィンナー・コーヒー』というのは存在しないの。
似た飲み物はあるけど、別の名前で呼ばれてるんだって。アインシュペナーだったかな。要はナポリンタンと一緒で、外国の名前を使った日本のオリジナルメニューなんだよね」
「……そうなんですね」
真子は再び敗北感に襲われた。
自分の前に置かれた、緑と白のクリームソーダがやけに子どもっぽく見えた。
茉莉花はいつだって、私の知らないことを知っていて、大人びている。
改めて、茉莉花は著しく自分のコンプレックスを激しく刺激する相手だと認識する。
真子はストローの袋を虚ろな気分で破った。
薄い袋は簡単に破け、真子はそれをくしゃりと丸めた。
ぺらっぺらな存在。まるで自分のようだ――。
惨めな気分が加速していく。
「それで、用件は何ですか?」
真子は目を合わせず、早口で言った。
早く用事を終わらせて家に帰りたい。自室に戻ってお気に入りの本をめくれば、やりきれない気分は和らぐだろう。
茉莉花が、生クリームをすくいとったスプーンを静かに置く。
「新入生歓迎会用の部誌の原稿なんだけど……」
茉莉花の口から飛び出した言葉に、真子はほっとした。
やはり、アレではなくその話か。
「田代さん、まだ出してないわよね。どうして?」
「……書く気があまり出なくて」
これは本心だ。
最近、めっきり創作意欲が減退していた。
そして、その最たる原因は目の前に座っていて、思わしげな視線を自分に向けている。
そっとストローでソーダを吸うと、ぴりっと舌がしびれた。
真子は慌てて上のバニラアイスをスプーンですくい、口に含む。
舌のしびれは取れたが、あまり甘さは感じなかった。
まっすぐこちらを観察している、茉莉花の視線が気になる。
文芸部は週に三日集まりで、基本的には雑談をしている交流会のような楽な部活だ。
しかも、主な活動は年に四回、春夏秋冬の部誌への投稿のみ。
部誌への投稿は毎号義務づけられているものの、真子や茉莉花のように曲がりなりにも”小説”を投稿する人は多くない。
ほとんどが、一ページくらいのエッセイだったり、本や映画の感想文を書いてお茶を濁している。
一番力を入れる行事は文化祭で配布する部誌――秋号で、今回のような新入生歓迎用の春号は、学校やクラブの紹介などが主になる気楽な号だ。
だから、春号への原稿について、わざわざ部長が近所のカフェまで足を運ぶなんて思いもしなかったのだ。
「すいません。すぐに書きます。……部活の紹介でいいですよね」
投げやりな言葉を発する真子を、茉莉花がじっと見つめた。
「前回も、『ほしぞら寮物語』を書かなかったわよね?」
「えっ……」
「冬号のことよ。第三話を楽しみにしてたのに……」
茉莉花の言葉に、真子は心底驚いていた。
全ての原稿に目を通す部長とはいえ、いちいち誰が何を書いたか覚えているのだろうか。部員は三十人くらいいるのだ。
ちなみに『ほしぞら寮物語』とは、とある森の奥にある男子寮のお話だ。
家族に疎まれて寮に来た昴は、ルームメイトの嵐と出会う。嵐はやんちゃな不良で、真面目な昴とは反発しあうが、次第に仲良くなっていく――というストーリーだ。
「二話目で、昴 くんの秘密を嵐 くんが知っちゃったじゃない? どうなるのかすごく気になってて……」
「……!!」
茉莉花はタイトルだけでなく、登場人物の名前やストーリーまでちゃんと記憶している。
つまり、お世辞ではなく、ちゃんと読んで楽しんでくれたと思って間違いないだろう。
嬉しさが込み上げてくる。
部誌は各クラスや学校図書室にも置かれるが、これまで誰からも感想を言われたことなどなかった。
それはそうだ。素人の書く話などわざわざ読まないだろうし、そもそも自分の書いたものがちゃんと面白いと思ってもらえるのかもわからない。
だが、茉莉花が褒めてくれているということは、一応自分の書いた話は楽しめるレベルにあるということだ。
先ほどまでの不安や惨めな気持ちは、どこかへ吹き飛んでしまった。
真子は密かに小説家に憧れていた。
自分の本が店頭や図書館に並ぶのを夢想するのは楽しかった。
その夢を見ているときは、地味な自分が特別な存在に感じられた。実際、少し自分は他の子と違うとはわかっていた。
そもそも、真子の周りで真子より本を読んでいる子はいなかった。ましてや、創作などしている子などいなかった。
そう――中学までは。
高校に上がり、当然のように文芸部に入部した。職員室で顧問の先生に、入部届と交換のように部誌を手渡された。
真子は部誌の春号を、ぱらぱらとめくってみた。
有象無象の生徒がいた中学時代とは違い、進学校として名高い都立高校に入学したのだ。
もしや、高いレベルの生徒がいるのではないか、という淡い期待と恐れが入り交じった気分だった。
だが、部誌に書かれていたのは、義務感漂う部活や部員の紹介ばかりだった。
一応、小説もあったが、明らかに稚拙で独りよがりな読むに堪えないレベルだった。
――高校の文芸部って、こんなものか。
落胆しかけた真子だったが、ある短編のタイトルに目を奪われた。
それが、『鍵の王国物語』だ。
異世界ファンタジーもので、不思議な鍵を手に入れた少女が隠された扉を開け、別世界で活躍する話だ。
少女がたった一人で不思議な世界に飛び込んでいくという、『ナルニア国物語』や『不思議の国のアリス』を彷彿させるストーリーは、真子を夢中にさせた。
短いながらも、生き生きと描かれたキャラクターたちの熱いドラマやぐっとくるエピソード。
洒脱でテンポのいい会話。
もし自分が主役の少女ならば――と想像の翼をはためかせてしまう。
真子はあっという間に物語に没頭し、読み終えると夢から醒めたような心地になった。
この感覚は覚えがある。数多 ある小説のなかで、胸を波立たせ、強い感情を刻むもの。
プロ並みの傑作だと興奮した作品の作者が、小鹿茉莉花だった。
たった一つ上、しかもその洒落た名前が筆名ではなく本名だと知って、さらに驚愕した。
――どんな人なんだろう。
胸をドキドキさせながら部室に行き、本人を見て衝撃を受けた。
自分の理想を絵に描いたような少女がそこにいた。
くっきりした目鼻立ち、なめらかなカーブを描く華奢な体、さらさらと揺れるまっすぐな黒髪。
選ばれしもの、という陳腐な言葉が頭をよぎる。
そに比べて自分はどうだ。周囲に埋もれがちな地味な外見と内気な性格。ちょっと小説が書けるからと、狭い世界で自分を特別だと思っていた。
真子は膨れ上がる憧憬と嫉妬を、小さなプライドで必死に押し隠し、茉莉花をそっと観察した。
知れば知るほど、茉莉花は自分の憧れを凝縮したような少女だった。
人見知りで、よく知らない相手の目もろくに見られない自分と違い、彼女は臆することなく新入部員の前で、朗々と笑顔で話していた。
一年後、自分がああなれるなんて、とても思えなかった――。
「春休み、忙しい?」
「あ、ええ。まあ」
真子は改めて茉莉花をまじまじと見つめた。
くせのないまっすぐな黒髪が背中に流れるさまは、まるで日本人形のようだ。
伸ばした前髪は後ろで一つに結ばれ、つるりとしたなだらかな額が見える。
眉はくっきりとしていて、意志の強さを感じさせた。
そして、大きな黒い瞳――まるで子鹿のようだ。
名前の『小鹿』からの想起かもしれないが、彼女を見ているといつも”子鹿のバンビ”が浮かぶ。
しなやかな長い足と運動神経の良さも、鹿のイメージを後押ししていた。
目立つ外見と優秀さで、茉莉花は文芸部員のなかでも異彩を放っていた。
体育は苦手で国語が得意という大半の文芸部員と違い、彼女は理数系も得意で体育祭やスポーツ大会でも活躍する、文武両道の才女だった。
そして、極めつけは十七歳とは思えない、落ち着いた雰囲気――それがいつも真子の心を波立たせた。
たった一歳違いなのに、なんでこんなに自分と違うのだろう。
幼くて世間がよくわからず、いつも焦るだけで何も成し遂げられず、なおかつ愚かな行為に走ってしまう自分と。
八つ当たりとはわかっていても、つい恨めしく思ってしまう。
「お待たせしました」
柔らかなマスターの声が頭上から降ってくる。
「わあ……」
目の前に置かれたクリームソーダに、真子はつい見とれてしまった。
鮮やかなグリーンの泡立つソーダの上に、丸いバニラアイスが載せられている。
緑と白の爽やかな色の組み合わせ、酸味と甘みのバランスの良さにうっとりする。
真子のお気に入りの飲み物だ。
なめらかな手つきですっと茉莉花の前に置かれたのは、白地に金色の縁取りがされているカップだった。
中には白いクリームがたっぷり山盛りで載ったコーヒー。
マスターは最後にそっと砂時計をテーブルに置くと、「ごゆっくり」と言ってカウンターへと戻っていった。
真子の目はコーヒーカップに釘付けだった。それは見たことのないコーヒーだった。
ミルクのような液体ではなく、明らかにクリームが載っている。
真子は堪らず尋ねた。
「その白いクリームってなんですか?」
「生クリームよ」
「ええっ!!」
コーヒーに生クリームなど初めて聞いた。
だが、『ウィンナーコーヒー』という名前があるということは、一般的な飲み物ということだ。
真子の興味を感じ取ったのか、茉莉花が補足してくれる。
「名前のとおり、”ウィーン風のコーヒー”なの」
「ウィーンって、オーストリアの首都の?」
「そう。でも、実際には『ウィンナー・コーヒー』というのは存在しないの。
似た飲み物はあるけど、別の名前で呼ばれてるんだって。アインシュペナーだったかな。要はナポリンタンと一緒で、外国の名前を使った日本のオリジナルメニューなんだよね」
「……そうなんですね」
真子は再び敗北感に襲われた。
自分の前に置かれた、緑と白のクリームソーダがやけに子どもっぽく見えた。
茉莉花はいつだって、私の知らないことを知っていて、大人びている。
改めて、茉莉花は著しく自分のコンプレックスを激しく刺激する相手だと認識する。
真子はストローの袋を虚ろな気分で破った。
薄い袋は簡単に破け、真子はそれをくしゃりと丸めた。
ぺらっぺらな存在。まるで自分のようだ――。
惨めな気分が加速していく。
「それで、用件は何ですか?」
真子は目を合わせず、早口で言った。
早く用事を終わらせて家に帰りたい。自室に戻ってお気に入りの本をめくれば、やりきれない気分は和らぐだろう。
茉莉花が、生クリームをすくいとったスプーンを静かに置く。
「新入生歓迎会用の部誌の原稿なんだけど……」
茉莉花の口から飛び出した言葉に、真子はほっとした。
やはり、アレではなくその話か。
「田代さん、まだ出してないわよね。どうして?」
「……書く気があまり出なくて」
これは本心だ。
最近、めっきり創作意欲が減退していた。
そして、その最たる原因は目の前に座っていて、思わしげな視線を自分に向けている。
そっとストローでソーダを吸うと、ぴりっと舌がしびれた。
真子は慌てて上のバニラアイスをスプーンですくい、口に含む。
舌のしびれは取れたが、あまり甘さは感じなかった。
まっすぐこちらを観察している、茉莉花の視線が気になる。
文芸部は週に三日集まりで、基本的には雑談をしている交流会のような楽な部活だ。
しかも、主な活動は年に四回、春夏秋冬の部誌への投稿のみ。
部誌への投稿は毎号義務づけられているものの、真子や茉莉花のように曲がりなりにも”小説”を投稿する人は多くない。
ほとんどが、一ページくらいのエッセイだったり、本や映画の感想文を書いてお茶を濁している。
一番力を入れる行事は文化祭で配布する部誌――秋号で、今回のような新入生歓迎用の春号は、学校やクラブの紹介などが主になる気楽な号だ。
だから、春号への原稿について、わざわざ部長が近所のカフェまで足を運ぶなんて思いもしなかったのだ。
「すいません。すぐに書きます。……部活の紹介でいいですよね」
投げやりな言葉を発する真子を、茉莉花がじっと見つめた。
「前回も、『ほしぞら寮物語』を書かなかったわよね?」
「えっ……」
「冬号のことよ。第三話を楽しみにしてたのに……」
茉莉花の言葉に、真子は心底驚いていた。
全ての原稿に目を通す部長とはいえ、いちいち誰が何を書いたか覚えているのだろうか。部員は三十人くらいいるのだ。
ちなみに『ほしぞら寮物語』とは、とある森の奥にある男子寮のお話だ。
家族に疎まれて寮に来た昴は、ルームメイトの嵐と出会う。嵐はやんちゃな不良で、真面目な昴とは反発しあうが、次第に仲良くなっていく――というストーリーだ。
「二話目で、
「……!!」
茉莉花はタイトルだけでなく、登場人物の名前やストーリーまでちゃんと記憶している。
つまり、お世辞ではなく、ちゃんと読んで楽しんでくれたと思って間違いないだろう。
嬉しさが込み上げてくる。
部誌は各クラスや学校図書室にも置かれるが、これまで誰からも感想を言われたことなどなかった。
それはそうだ。素人の書く話などわざわざ読まないだろうし、そもそも自分の書いたものがちゃんと面白いと思ってもらえるのかもわからない。
だが、茉莉花が褒めてくれているということは、一応自分の書いた話は楽しめるレベルにあるということだ。
先ほどまでの不安や惨めな気持ちは、どこかへ吹き飛んでしまった。
真子は密かに小説家に憧れていた。
自分の本が店頭や図書館に並ぶのを夢想するのは楽しかった。
その夢を見ているときは、地味な自分が特別な存在に感じられた。実際、少し自分は他の子と違うとはわかっていた。
そもそも、真子の周りで真子より本を読んでいる子はいなかった。ましてや、創作などしている子などいなかった。
そう――中学までは。
高校に上がり、当然のように文芸部に入部した。職員室で顧問の先生に、入部届と交換のように部誌を手渡された。
真子は部誌の春号を、ぱらぱらとめくってみた。
有象無象の生徒がいた中学時代とは違い、進学校として名高い都立高校に入学したのだ。
もしや、高いレベルの生徒がいるのではないか、という淡い期待と恐れが入り交じった気分だった。
だが、部誌に書かれていたのは、義務感漂う部活や部員の紹介ばかりだった。
一応、小説もあったが、明らかに稚拙で独りよがりな読むに堪えないレベルだった。
――高校の文芸部って、こんなものか。
落胆しかけた真子だったが、ある短編のタイトルに目を奪われた。
それが、『鍵の王国物語』だ。
異世界ファンタジーもので、不思議な鍵を手に入れた少女が隠された扉を開け、別世界で活躍する話だ。
少女がたった一人で不思議な世界に飛び込んでいくという、『ナルニア国物語』や『不思議の国のアリス』を彷彿させるストーリーは、真子を夢中にさせた。
短いながらも、生き生きと描かれたキャラクターたちの熱いドラマやぐっとくるエピソード。
洒脱でテンポのいい会話。
もし自分が主役の少女ならば――と想像の翼をはためかせてしまう。
真子はあっという間に物語に没頭し、読み終えると夢から醒めたような心地になった。
この感覚は覚えがある。
プロ並みの傑作だと興奮した作品の作者が、小鹿茉莉花だった。
たった一つ上、しかもその洒落た名前が筆名ではなく本名だと知って、さらに驚愕した。
――どんな人なんだろう。
胸をドキドキさせながら部室に行き、本人を見て衝撃を受けた。
自分の理想を絵に描いたような少女がそこにいた。
くっきりした目鼻立ち、なめらかなカーブを描く華奢な体、さらさらと揺れるまっすぐな黒髪。
選ばれしもの、という陳腐な言葉が頭をよぎる。
そに比べて自分はどうだ。周囲に埋もれがちな地味な外見と内気な性格。ちょっと小説が書けるからと、狭い世界で自分を特別だと思っていた。
真子は膨れ上がる憧憬と嫉妬を、小さなプライドで必死に押し隠し、茉莉花をそっと観察した。
知れば知るほど、茉莉花は自分の憧れを凝縮したような少女だった。
人見知りで、よく知らない相手の目もろくに見られない自分と違い、彼女は臆することなく新入部員の前で、朗々と笑顔で話していた。
一年後、自分がああなれるなんて、とても思えなかった――。