第20話 父親の不慮の死

文字数 2,899文字

携帯に未希から電話が入る。丁度午後一番での室内の打合せが終わったところだった。父親が事故で亡くなったとのことだった。青物横丁の品川警察署に来てほしいという。すぐに行くと答えた。

室長に知人の父親が亡くなったので、手伝いに行きたいと言って、午後の休暇を提出した。そのまま、警察署に駆けつけた。遺体安置室には父親の遺体と制服姿の未希がいた。

「どうした?」

「父親が事故で亡くなったと警察から学校へ連絡が入りました。昨晩、誤って水路に落ちて溺れたらしいです。酔っていたみたいです。先ほど警察の方が説明してくれました」

「そうか、これからどうする」

「どうしてよいか分からないのでおじさんに来てほしかった」

「分かった。それならお葬式をしなくてはならないな。葬儀社へ頼むのが手っ取り早い。任せてくれ」

葬式なら両親が亡くなったときに経験しているので、大体のことは分かる。すぐに近くの葬儀社に連絡する。ほどなく担当の人が来てくれた。

未希のほかには近親者がいないので、通夜、葬儀はしないで、火葬してもらうように頼んだ。これなら費用も安く上るだろう。未希の負担も少ない。遺体は葬儀社で預かってもらうことにした。

それから、未希と今後のことを相談した。まず亡くなったと聞いた事故の場所へ行くことにした。そこはアパートから1㎞ほど離れた用水路だった。花束が供えられていた。土手には花壇があっていろんな春の花が咲き乱れている。

「おとうさんはここの用水の中で今朝見つかったそうです。手に花壇にある黄色い花を握っていたとのことです」

「柵があるけど乗り越えたんだね」

「柵に乗り越えた靴の後が残っていたから自分で乗り越えたそうです」

「花を摘みたかったのかな?」

「そうみたいです」

二人で手を合わせて父親の冥福を祈った。

それから一緒に父親のアパートに行った。父親の持ち物に中に鍵があった。死亡したのだからいずれ部屋を空け渡さなければならない。未希が家財を整理するのを手伝ってやることにした。

鍵を開けて中に入るとムッとした匂いが充満している。この前に来た時と変わっていない。布団が敷きっぱなしで酒臭い。すぐにカーテンを開けて、窓を開けて新鮮な空気を取り入れる。部屋を春の風が通り抜ける。

2DKなので、台所から整理を始める、ゴミが散らかっているので集めてゴミ袋に入れる。冷蔵庫の中にある調味料を台所に流す。空瓶、空き缶を集める。食器を未希が見ている。母親が使っていたものは持って帰ると言うが、いらない食器は不燃ゴミ。それに使えそうな鍋を選んでいる。

テーブル、椅子、食器棚、冷蔵庫、電子レンジ、炊飯器、洗濯機はリサイクルショップに引き取ってもらうか、粗大ごみだ。次々に整理・分類していく。二人で整理すると早い。

押入れに布団が2組入っていた。未希と母親のものだと言う。廃棄することにした。これは粗大ごみ。クローゼットにある父親の衣料はすべて廃棄で、これは燃えるゴミ。

あとは整理ダンス。上には親子3人の写真が飾ってあった。未希の高校の入学式の時の写真だった。そばに一輪挿しがあって枯れかかった花が一輪生けてあった。この時がこの家族で一番幸せな時だったのだろう。3人共笑顔だ。未希はそれをじっと見つめていた。

「お父さんはここに生けるためにお花を摘んでいたのだと思います」

「そういえば、この枯れかかっている花が花壇にもあった」

「昨日はお母さんの命日だったんです」

未希が泣き出した。母親を思いだしたのか、それとも天涯孤独になったのを悲しんでか分からない。未希の肩に手をやる。

「お母さんがお父さんを呼び寄せたのかもしれません」

「確かにお父さんの死に顔は安らかだったね」

未希はその写真と一輪挿しを持ち帰りの箱にしまった。

上の引出の中にケースがあった。中には父親名義の郵貯銀行の通帳、印鑑、簡易保険の証書が入っていた。

二人で通帳を調べる。入金は不定期ではあるが毎月25日に5万~10万が入金されていた。これはおそらく給料だろう。

120万円ほどあった預金が数万円にまでなったところで35万円が入金されていた。先月渡した10万円も入金されていた。

支払いを見るとガス、電気、水道、携帯代、家賃が毎月引かれている。それから、カンポとして毎月3000円が引き落とされている。

残金は50万円余りあったから、俺が渡した分はそっくり残っていたことになる。

「50万円残っているが、未希の親父さんに俺が渡した額と同じだ。そっくり残っているのは未希のために残しておいたのかもしれないな」

「お父さんが私のために?」

「俺が未希にしていることを見透かしていたのかもしれない。だから未希のために俺から金をゆすった」

「そんなことないと思いますが、どちらだっていいことです。今となっては」

「そういうな。少しでもお金が残っていえば未希のものになるから良かった」

簡易保険の証書を調べると父親が死亡時100万円の簡易保険に加入していた。未希に聞くと母親が亡くなった時に保険金が100万円出たので父親が喜んでいたそうだ。おそらく両親が同時に入ったものだろう。

早速、郵貯銀行での手続きを勧めた。これが出れば未希の通学も楽になるし、暫くアルバイトの必要もない。これが父親の未希にできた唯一の善行だった。

大体の整理が終わったところで、未希が大家さんのところへ挨拶に行ってきた。今月分の家賃は入金されているから、今月末までに空けてくれればよいとのことだった。

火葬の日が3日後の4月21日(金)午後1時に決まった。学校には親族だけで葬儀をすると伝えた。そして二人だけで火葬に立ち会った。遺骨はアパートに持ち帰った。葬儀にはそれでも20万円ほどかかった。未希には俺が立て替えておくが、保険金が入ったら返してくれるように頼んだ。未希は必ず返すと言った。

それから月末まで、未希は学校の帰りに父親のアパートに寄ってゴミ出しや不用品の搬出をすると言っていた。それからガス、水道、電気、携帯の契約を月末で中止する連絡もしなければならない。

郵貯銀行の口座は料金引き落としのため、しばらく残しておいた方がよいとアドバイスした。また、区役所での手続きや簡保の死亡保険金請求の手続きを手伝った。これでしばらくすると未希の銀行口座に100万円が振り込まれるはずだ。

1週間後、保険金が入金されたと未希が嬉しそうに教えてくれた。そして、20万円を返してくれた。俺は「これは未希が払うべきものだから受け取る」と言った。

未希は頷いて「他のお金も返そうか?」と言った。俺は「返さなくてもいい、それは身体で返してもらえばいい」と言った。

未希も俺がそう言うのを分かっていて聞いてくる。もう足元を見られているようだ。いや、お金が入って心に余裕ができたんだろう。貯金があると安心感があるのは良くわかる。

俺との同居が嫌なら、これまで自分にかかったお金を俺に返して、ここを出ていくこともできるのだが、未希はそれをしなかった。俺は内心ほっとした。未希に頼りにされている? 未希に俺の思いを見透かされている? それならそれでいいと思った。ずっと、ここに居てくれれば。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み